23.-2


「試験どうだった?」





教室を出て開口一番、ロンはそう言った。





『思っていたよりは出来た。』



「君の思っていたっていうのは、僕とは規模が違うからなあ。」





話ながら生徒の流れに沿って歩く。
皆、昼食を摂るため大広間に向かうのだ。





「あれっ、見掛けない人がいる。」



『…代表選手の家族じゃないか。』



「ああ、そうか。」





大広間は既に沢山の生徒がいた。
その中にチラホラ見掛けない人物がいる。大人も子どももだ。
ホグワーツには沢山の生徒がいる。その生徒が大広間に集まるとそれはもうすごい混雑だ。
しかし毎日見ている光景だからか、そこに見掛けない人物がいると気付くらしい。





「ママ―――ビル!」





グリフィンドールのテーブルに、モリー・ウィーズリーとビル・ウィーズリーがいた事に、直ぐ様気が付いた。
ロンは家族だったから、余計に目についたのかもしれない。





「こんなところで、どうしたの?」



「ハリーの最後の競技を見に来たのよ。」



『こんにちは。お久し振りです、モリーさん。』



「まあまあ、ナマエ!本当に久し振りね!」





ロンの後ろから顔を覗かせて、ペコリと頭を下げる。

するとモリーはロンを押しどけ(ロンがちょっと迷惑そうに顔をしかめた)、両手を広げ、
小柄な体に似合わない結構な力で、ギュッと名前を抱き締めた。





「こうして会うのは何年ぶりかしら。最後に会った時より、また一段と大きくなったわね。ふふ、男前も磨きがかかったんじゃない?
でも、やっぱり痩せ気味だわね…。しっかり食べなきゃダメよ。」



『…はい。…』



「あなたの話はロンから聞いていたのよ。
会えて本当に嬉しいわ、ナマエ。」






体を離し、モリーは名前の顔を見上げた。

微笑みを浮かべる瞳には涙の膜が張っていて、今にもこぼれ落ちてしまいそうだ。





「母さん、抱擁はそのくらいにしておこう。その子の食事の時間が終わっちゃうよ。」



「あらいやだ、私ったら嬉しくって、つい…ごめんなさいね、ナマエ。」



『いいえ。気にしないでください。俺も会えて嬉しいです。』





無表情な上に抑揚の無い声で言っても信憑性に欠ける。
しかしモリーは名前を知っているので、感極まったように、もう一度名前を抱き締めた。

取り合えず気持ちが落ち着いたのか、ロンもモリーもそれぞれ席に着いていく。
さてどこに座るか。名前の視線が、ぽつぽつ空いている席に向けられた。

視線をさ迷わせていると、モリーの抱擁を中断させた男性とバッチリ目が合った。ニコッと微笑まれる。
席を探している間、ずっと見つめられていたらしい。





「どうぞ、ここ座って。」





そう掌で示されたのは、男性とモリーの間の席。
男性ーーービル・ウィーズリーは、親しみやすそうな笑顔を浮かべ、名前が座るのを待っているようだ。

家族の間に図々しくも座っていいものだろうか。と、思わないでもないだろうが、待ち望む笑顔があるのに、断るのも心苦しい。結局名前は、言われたままに着席した。
腰を落ち着けて、改めてビル・ウィーズリーと対面する。

目の高さが近い。
背が高いのだろう、座っている状態でも分かる。





「こんにちは。ナマエ、君のことは家族から聞いているよ。
会うのは初めてかな?ビル・ウィーズリーです。」





ウィーズリー家の特徴である赤毛を伸ばしてポニーテールにしていたり、片耳に牙のような大きいイヤリングをぶら下げていたりと、
中々ワイルドな見た目に反して、口調は穏やかだった。

差し出された手を、名前はそっと握る。





『初めまして、ビルさん。ナマエ・ミョウジです。
俺もあなたのことは、弟さんから聞いています。』



「うちは皆お喋り好きなんだ。悪い話じゃ無ければいいけどね。君の事を困らせてない?」



『いいえ。賑やかで、楽しいです。』



「それは良かった。ああ、そうだ。昼食の時間だったね。話しすぎていてもいけないな。
どれを食べる?手が届かないようだったらとるよ。そういえば、ナマエ、君、少食なんだってね。」





ビル・ウィーズリーはよく気が付く人で、名前が取ろうとするフォークだとか皿だとか、それが遠くにあればサッと近くに引き寄せた。
まるで小さな子どものような扱いだが、ハーマイオニーほど世話は焼かない。
(ハーマイオニーは名前の少食を心配しており、食事に関しては異常なまでに世話を焼くのだ)
いい年こいた少年があれこれと世話を焼かれる光景は異常といえば異常なのだが、周囲の者は既に慣れておりただの日常風景でしかない。

ウィーズリー家長男に友人が手厚く世話を焼かれていると知っているのかいないのか、ロンもモリーも会話と料理に意識を向けていた。
ハリーとは席が離れているし、そもそも気付く気配がない。
朝食の時は不安そうにしていたのに、今は自宅にいるようにリラックスしている。談笑を楽しんでいた。

少しすると、フレッド、ジョージ、ジニーもやって来た。
向かいの席にフレッドとジョージが座り、何やら楽しそうに名前の様子を眺めている。
テーブルを見回すとウィーズリーの面々に囲まれており、ここが学校の大広間だということを忘れてしまいそうになった。





『(ハーマイオニーがいない)』





一通りテーブルを見回したが、ハーマイオニーの姿が見当たらない。
昼食の時間が始まり、もう半分は過ぎようとしているのにだ。





「どうかした?」



『…』





隣から声を掛けられ、視線は声のする方へ固定される。
不思議そうに名前を見つめながら、ビルは首を傾げた。
その動きに合わせて、牙のイヤリングがゆらゆらと揺らめく。





「もしかして、何か食べたいものあった?」



『いいえ、人を探していただけです。』



「人?友達かい?」



『はい。…』





話している最中に目を合わせないのも失礼だと思っているのか、名前はビルを見つめてそう答えた。
しかしハーマイオニーの行方も気になるらしく、時折ビルを見つつも、そわそわと辺りに目をさ迷わせている。
ハリーとロンにハーマイオニーの行方を聞こうにも、席が離れていて出来そうにない。

噂をすれば影がさす。
大広間のドアの方向から、ハーマイオニーがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

ハリーも気が付いたらしい。談笑を止めて、ハーマイオニーの方を見ていた。





「何か分かったの?例の―――」





ハーマイオニーに声が届く距離になると、ハリーは口を開いてそう言った。
リータ・スキーターの件だ。

意味ありげにハーマイオニーはモリーを見て、それからハリーを見て、その続きを遮るように首を横に振った。
今は話すべきではない、と言いたいらしい。





「こんにちは、ハーマイオニー。」





隣から聞こえた冷たい声に、名前は勢いよくモリーを見た。
しかしこちらからはモリーの後頭部しか見えない。
表情までは分からなかった。

発した言葉は短いものだった。
それだけなのに、違和感を抱くのには十分だった。

この違和感を抱いたのは名前だけではない。
ハリーも何事かと、不思議そうにモリーを見ていた。
そしてモリーに見つめられているハーマイオニーの顔も、緊張で強張っていた。





「こんにちは。」





それでも笑顔を浮かべ、挨拶をする。
モリーの纏う空気は柔らかくなるどころか、どんどん冷たいものへ変わっていくのが感じ取れた。

ハーマイオニーはその場へ縫い付けられたように固まって、目だけをオロオロと辺りにさ迷わせている。





「ウィーズリーおばさん、リータ・スキーターが『週刊魔女』に書いたあのバカな記事を本気にしたりしてませんよね?
だって、 ハーマイオニーは僕のガールフレンドじゃないもの。」



「あら!」





二人の様子を窺っていたハリーがそう言うと、モリーは一際大きな声で驚いて、パッと口に手を当てた。





「ええ―――勿論本気にしてませんよ!」





しかしモリーの纏う雰囲気は、途端に柔らかくなった。
声も表情も、よく知る温かく優しいものに戻ったのだ。
その後は和気あいあいと昼食を終えて、名前達は午後の試験に出た。
試験を受けて教室を出れば、夕食を摂りに大広間へ向かう。
今夜は晩餐会だ。

大広間へ入ってまず目に入ったのは教職員テーブルだ。
ルード・バグマンとコーネリウス・ファッジが席に着いていた。
バグマンとファッジの表情は対照的だ。
何やら楽しそうに笑っているバグマンに対して、ファッジは気難しい表情でむっつりと黙っている。
ファッジの隣はマダム・マクシームで、こちらは食事に夢中である。
料理以外には目もくれないその様子は、意図的なものさえ見受けられる程だ。
ハグリッドはテーブル端の席にも関わらず、頻りにマダムを気にするのも不自然さに拍車をかけていた。





『…』





食事は普段よりも豪勢だったが、ハリーはこの後の課題に緊張しているらしく、中々食が進まない。
その様子に触発されたのか、はたまたこの後仕出かす所業を思ってか、名前もいつも以上に少食だ。

ゆっくりと時間をかけて、いつもより少ない量を食べる。
空模様に魔法をかけられた天井が、青から紫のグラデーションに変わっていく。

教職員テーブルから、ダンブルドアは大広間を見回した。
デザートまで食べ終えた者達が談笑を楽しみ、まったりと時間を過ごしているのを見て、ダンブルドアは立ち上がる。
それまで騒がしかった大広間が、途端に静まり返った。





「紳士、淑女の皆さん。あと五分経つと、皆さんにクィディッチ競技場に行くように、わしからお願いすることになる。
三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は、バグマン氏に従って、今すぐ競技場に行くのじゃ。」





他の代表選手と同じくして、ハリーは立ち上がった。
グリフィンドールのテーブルから拍手が沸き起こる。
拍手の中に「頑張れ」「応援してる」などと激励の声が飛び、ハリーは発言の元であるウィーズリー一家やハーマイオニーを見て、返事代わりにかコクリと頷いた。

代表選手が大広間から出ていっても、しばらく拍手は止まなかった。

五分後。
ダンブルドアが先に言った通り、スタンドへ大移動が始まった。
校内ほぼ全員という生徒が一斉に動く為、廊下は大混雑だ。
列になって廊下を進み暫く、ようやく外に出る。
頭上の空は濃紺に変わり、一番星が瞬いていた。





『…』





歩を緩め、徐々に生徒の群れ後方に回る。
最後尾まで来ると、名前はチラリと背後を見た。
誰もいない。確かに名前が最後尾だ。
前を見る。周囲の生徒は、名前の様子を気にしていない。
確認して瞬間、素早く物陰に身を潜めた。

野性動物のように用心深く、名前は辺りを警戒しつつ、
しかし足早に、学校を沿うようにして裏手へと移動した。

周囲に誰もいないことを、再度確認する。
草むらに隠しておいた箒を取り出し、跨がると躊躇無く地を蹴って、なるべく草木のある場所を低空飛行する。
避けきれない枝や葉が肌に当たって切れる感覚があったが、構わず薄暗い中飛んだ。
耳元ではごうごうやらバサバサやら音がする。
風の音か、葉っぱか枝がぶつかる音か、判断できない。






「ソノーラス!響け!」





音の中に、何者かの声が、微かに名前の耳へ届いた。
飛ぶスピードを緩め、背後にある学校の方へと振り返る。






「紳士、淑女の皆さん。第三の課題、そして三大魔法学校対抗試合最後の課題が間も無く始まります!現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。
同点一位、得点八十五点―――
セドリック・ディゴリー君とハリー・ポッター君。両名ともホグワーツ校!」





拡声されたルード・バグマンの声だ。
大歓声と拍手が空に響いた。

驚いたのか、禁じられた森の鳥達が、濃紺の空に飛び去った。





「三位、八十点―――
ビクトール・クラム君。ダームストラン グ専門学校!」





また拍手が響いた。

スピードを上げる。
バグマンの声が切れ切れに聞こえる。





「そ…て、……位―――
フ……デラ……ール……、……バト………カ……ミー!……」





もうすぐに第三の課題が始まる。

ハリーとセドリックがどのくらいの時間でゴールに辿り着くのかは分からない。

けれど二人がゴールに辿り着く前に、名前はこれから向かう場所へ到着していなければならない。





「で………ホ…ッス…が鳴っ…ら、ハ……と…ド……ク!」





何百キロと離れている。
地図を確認する暇は無いだろうと、この日の為に何度も地図を見た。
いくつか目印を覚えたが、方角は定かではない。
しかも、マグルのいる頭上を通らなければならないかもしれない。

これから数分。あっても数十分。
その間に目的地へ到着する。

目立たないよう身を潜めながら、しかしあらんかぎりのスピードで飛ぶ。
無謀な行為だ。





「いち―――
に―――
さん―――」





ピッと甲高い笛の音が響いた。
第三の課題が始まったのだ。

姿勢を低くして箒を握り締め、名前はどんどんスピードを上げていく。
時速何百キロだろうか。
新幹線に乗った時よりも、父親の車に乗って高速道路を走った時よりも、景色はずっと早く変わっていく。

森を越えて、山を越えて、畑を越えて、町を越えて。
空は薄墨色へ変わっていた。





『…』





目的地が近い。
小高い丘に建てられた廃れた屋敷を、目視出来る距離に見付けた。





『…』





もしもあそこに、本当にピーター・ペティグリューがいたら。
箒であそこまで向かうのは危険かもしれない。

屋敷に向けていた目を、自身の足下へ移動させる。
真下には葉が生い茂る小さな森。

箒を地面に向けて降下する。
木々の隙間を通り抜け、名前は静かに地面へ降り立った。
屋敷のある方向へ足を進める。





『…』





森を抜けると見通しが良くなった。

生い茂る枯れた雑草。一枚も葉の付いていない枯れ木。
夢で見た光景が重なる。

小高い丘に建てられた屋敷を見て、名前は姿勢を低くした。
もしもあそこに人がいたら。
きっと彼方からは、此方は丸見えだ。





『…』





森の草むらに箒を隠し、名前は雑草に身を隠すようにしながら、少しずつ屋敷の方へ近付いた。

屋敷の前には、夢で見た通り墓場がある。
月明かりに照らされた夜の墓場はいやに静かだった。

幸い名前はゾンビやオバケを怖がるタイプでは無かったので、墓の影に身を隠しながら、一際大きい大理石の墓へスイスイ近付いていく。
(まあ、学校でオバケをいっぱい見ているので、今更怯えるようなことも無いのだろうが)
墓は長年放置されているようで、墓石が欠けていたり、苔や蔓で汚れていたりした。





『…』





数メートル先に一際大きい大理石の墓がある。
ここからは文字は読めないが、おそらくトム・リドルの墓だ。





『…』





近付くのを止めて、近くにあった墓の影へ身を潜める。

あまり近付きすぎても良くない。
それに、名前の耳には鈴の音が聞こえていたからだ。

危険が近付くと鳴らして教える。
そう言って母親から渡された、持ち主である名前にしか聞こえない鈴の音だ。





『…』





懐にしまった杖を握り締めて、名前はじっとうずくまる。
目だけを動かし、辺りを見渡した。

風の音は無い。生き物の気配もない。
ただ、耳鳴りのように鈴の音が聞こえ続けている。

敵意を持った何かが、必ずこの場にいるのだ。





ドサッ





ふ、と空気の揺れた気配を感じ取ると同時に、名前の背後に何かが落ちた。
反射的にだろう、名前は振り返る。

夢の中では霧がかかっていた。だが現実には霧がない。
今は夜。しかし薄暗くとも、月明かりで姿が見える。

前のめりに倒れ、手から何か―――金属の輝きを放つ、優勝杯だ
ーーーそれが離れ、地面を転がっていく。
倒れていた者が顔を上げた。





「ここはどこだろう?」





ハリーだ。声が名前の耳に届く。

一緒にやって来たセドリックが首を横に振り、立ち上がってハリーを助け起こした。
ハリーは片足を怪我しているのか、庇うようにフラフラと揺れながら立ち上がる。
立ち上がった二人は黙ったまま、辺りを見回していた。

一通り辺りを見たセドリックは、地面に転がった三校対抗優勝杯を見下ろす。
それから、まだ辺りを見ているハリーを見つめた。





「優勝杯が移動キーになっているって、君は誰かから聞いていたか?」



「全然。
これも課題の続きなのかな?」



「分からない。
杖を出しておいた方がいいだろうな?」



「ああ。」





二人は杖を構えて、辺りに目を走らせる。
この状況が異様だと、本能的に感じ取っているらしい。

墓の影に身を潜める名前の耳に、草を踏み締める足音が届いた。





「誰か来る。」





ハリーも気が付いたらしい。音のする方向をじっと見つめる。
杖を構え直しつつ、セドリックも暗がりを凝視した。

墓石の間を通り、ゆっくりと近付いてくる。
フード付きのマントで身を隠した小柄な人影。

人影が近付く度に鈴の音が大きくなっていく。
今までこんな風に鈴の音が大きくなる事はなかった。





『…』





そもそも、「夢が現実になるのではないか」という不安を解消する為にここへ来たのだ。
箒を持ち出し、黙って学校外へ飛び出した。
リスクは大きい。
しかし「もしも」の可能性を捨てきれない。

そして、残念な事に全て夢の通りだ。
このままだとセドリックは死に、ハリーはーーー
結末が分からないまま目覚めたから、どうなるのかは知らない。
しかしハリーもきっと、殺されてしまうのだろう。

「もしも」の可能性も持ってここにいる。
冷えきった指先に力を込めて、杖を握り締めた。





『…』





突然、ハリーが地面へ倒れるように座り込んだ。
両手で顔を覆い、苦痛に呻いている。

セドリックの意識が人影からハリーへと移った。

同時に、甲高い掠れた声が墓場に響く。





「余計な奴は殺せ!」


「アバダ ケダブラ!」





薄暗い墓場に、緑色の閃光が弾けた。

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