22.






『なぜ夢を見るのでしょう。』





訓練の後。
壁際に寄せていた机と椅子を元の位置に戻している最中に、名前はムーディにそう投げ掛けた。

夢とは記憶の整理である。
どこで知ったのか分からないが、名前はそう覚えていた。





「お前の言う夢は、寝ている時に見るあれか。」



『はい。』





杖を振るい、魔法で机と椅子を動しながら、ムーディは「魔法の目」を名前に向ける。
自分と同じく教壇に立ち、机と椅子が動く様子を眺めている名前は、いつもの無表情だ。





「記憶の整理、願望、これから起きる危機を知らせる信号…あとは、いわゆる予知夢か。
諸説あるが、そんなところだろう。」



『…』


「何か気になるような夢を見たのか。」




机と椅子を戻し終え、杖を懐へしまいつつ、ムーディは名前に向き直る。

名前は小さな声で肯定した。
けれど唇を引き結び、それ以上は言葉を発しない。





「言葉にする事さえ恐ろしい夢か。」



『…はい。』



「夢は所詮夢に過ぎん。
あまり気に病むな、ミョウジ。」





そう背中を叩いたのにも関わらず、名前は依然として夢に囚われていた。
時間の空きを利用し、図書館へ赴くようになったのだ。

手に取るのは地理の本。
そしてヴォルデモート関連の本である。





『…』




読み込むような時間は無かったが、貸し出し制限いっぱいまで本を貸りた。
そうして時間のある時にひたすら読み、食事の時間を削ってでも読んだ。

端から見れば異様な事だ。そして名前自身も異常な心配だと、感じ取ってはいた。
しかし調べる行為を止められなかった。不安だったのだ。
「占い学」の授業を終えた直後、図書館へ駆け込んだほどに。

夢の光景は残像のように、記憶として焼き付いていた。
「占い学」で見た夢が、ただの夢であればいい。
夢である明確な答えが欲しいのだ。





『…』





とうに消灯された時間。
夜の帳に包まれた寝室には、誰かのイビキが響いている。
ベッドのカーテンで光を遮るようにしてから、杖に明かりを点し、本を読み進めた。

数日間繰り返される姿に、ネスは相変わらず心配しているようで、俯せで本を読む名前の側をうろついている。





『…大丈夫。』





ネスが心配している仕草をする。
髪の毛を引っ張ったり、本を読む名前の指を噛んだり、わざと荷物を落としたりした。

どれも普段は決してやらない事だ。


片手でネスを宥めながら、名前はやはり本を読む。
食事の時間を削り、ベッドに入ってから日を跨いでもずっと、本にかじりついている。
名前の異常を、ネスは感じ取っているのだ。





『不安にさせて、ごめんね。』





読書を好む名前だからと、知っているハリーやロン、ハーマイオニーは、その姿を見てもさして気にしている様子はない。
そして名前も、夢の話をするために、口を開くことはしなかった。

「占い学」での一件を、その夜、ハリーは話してくれた。
その内容は不吉で、名前をますます不安にさせるものだった。





『…』




ハリーは「占い学」の授業中、居眠りをした。その時にヴォルデモートの夢を見たと言う。
名前が夢を見た時と同じくして、ハリーもまた、夢を見ていたらしい。
ただハリーの場合は夢と呼ぶより、誰かの目を通して見た現実の光景のようだった。

夢の中にヴォルデモートの姿は無かったが、声は聞こえていたとハリーは言った。
そこにはワームテールがいて、何か失態を犯したことで拷問にかけられていたという。

内容こそ違えど、登場人物に関しては似通った夢だ。
同じ時、同じような夢。
この時点で名前はかなり衝撃を受けていた。





『(でも、…)』






「占い学」の教室から出ていった後、ハリーは医務室へは行かず、ダンブルドアの元を訪ねた。
そしてそこで「憂いの篩」と呼ばれる器に落とされた、ダンブルドアの記憶の一部を覗き見たのだ。
それほど昔のことではない、法廷の様子だったと言う。

イゴール・カルカロフが椅子に縛り付けられ、ヴォルデモートの支持者達の名を明かす場面。
その中にはセブルス・スネイプの名もあったらしい。
かつてハリーと名前が「魔法薬」の授業で見た、カルカロフとスネイプのやり取り。
左腕を見せたあの仕草は、名前の想像通り、「死喰い人」の証を見せていた事となるのだろう。

別の場面に変わり、そこではルード・バグマンが「死喰い人」として裁判にかけられていた。
そこにはリータ・スキーターの姿もあったようだ。

続いてまた別の場面に変わる。
それはクラウチの息子の裁判だった。





『(俺とハリーでは、違う)』





「憂い」と名がつくのも頷ける陰惨な記憶。
この一年で起きた出来事の数々。
そして、ハリーが見た夢。

偶然にしては不自然なほど、短い期間で、次々ピースがはまっていく。

そう遠くない未来、ヴォルデモートが復活する。
嫌でも想像させられる。





『(ダンブルドア校長先生は、ハリーが見た夢は、…
ヴォルデモートから受けた傷が影響で見た光景だと、そう仮説を立てたのだと…ハリーは、そう言っていた)』





今回の件で身を引き締めたのか、ハリーはハーマイオニーとロンを伴い、第三の課題に向けての準備を、一層真面目に取り組んでいる。
そして名前の訓練も一層激化していた。
一年と約束されたムーディの訓練が、もうすぐ期限を迎えるからだろう。

四人揃って話す時間は少ない。それも他人の目を気にするとなると、チャンスはぐっと低くなる。
期末試験も迫りつつあった。ハリーは免除されるが、名前達は期末試験を受けなければならない。

ただでさえ忙しい彼らに、名前が見た夢の話を聞かせたら、どうなることだろう。
きっと心配するだろうし、ダンブルドアやシリウスに伝えるよう助言される。
限られた時間を割いてでも、ハリー達はそばにいてくれるだろう。命が狙われていると知っているから尚の事だ。





『(だから、違う。俺が見たのは夢だ。
何の確証もない、夢だ。)』




大事な時期だ。
ハリーは勿論、ロンやハーマイオニーにとっても。

妨げにはなりたくない。しかし不安は拭えない。
だから名前は誰にも夢の内容を話さないし、一人で答えを探しだそうとしている。

話すべきだと思う反面、話さない方がいいとも思う。
どちらの思いもあり、板挟み状態から抜け出せない。





『(ただの夢だ)』





文字を目で追いながら、同時に杖も動かす。

不意に、ピタリ、その手を止めた。





『………』





文字の羅列を何度も読み返す。
載せられた写真を見詰め、地図を別に取り出した。
本と見比べながら、地図の上に指を滑らせる。

ピタリ。
指を止めた。

文字を読み、写真を見て、地図を確認する。
何度もその行為を繰り返した。





『……
………』





明確な答えだ。それが目の前にある。

それを見付けさえすれば、名前の不安は解消されるかと思われた。
しかし目にした答えは、夢の光景をそのまま写したかのような写真と文章。

そこがどこで何と呼ばれているのか、名前は全く知らない。覚えもない。
けれど写真にある屋敷と墓場は、夢の光景と一致していた。





『…』





なぜ夢を見るのか。

―――記憶の整理、願望、これから起きる危機を知らせる信号…あとは、いわゆる予知夢か
諸説あるが、そんなところだろう

ムーディの声が、記憶の中で再生される。
名前が見たのは、本当にただの夢だろうか。
ただの夢として、済ませていいのだろうか。





『…』





不安は解消されるばかりか濃くなる一方だった。

夢が現実になるのではないか。
そんな考えが頭をもたげた。

もうすぐ、六月を迎える。
第三の課題は目前だ。


- 187 -


[*前] | [次#]
ページ:




×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -