21.-2





―――…………





眠気で沈んだ意識がふと戻る。
目の前には彩度の低い、殆ど白黒と言って良い風景が広がっていた。




―――…………





夢を見ているのだろうか。
授業を受けていたが、眠気に負けて目を閉じてしまったのだろう。
しかし、それにしては意識がハッキリとしていた。

ぐるりと辺りを見回す。
どんよりとした曇り空が広がっていた。

毎夜見ている炎の景色ではない。
それどころか、一度も目にしたことが無い風景だ。
夢などそんなものかもしれない。
しかし名前は普段見ない夢に、一度も見たことがない景色に、とても興味を抱いたらしかった。




―――…………




起きなければいけない。
と、分かっていてもだ。
小高い丘に立っているらしい名前は、少し遠くに見える建造物の方へ、足を動かし始めた。

足元には伸びきった雑草が大地を蔓延っていたが、全て枯れて乾燥している。
雑草の隙間から微かに見える大地もカラカラに乾燥しているようで、ひび割れていた。

サクサクと音を立て歩みを進める。
時々生えている木々でさえが枯れていて、葉は一枚もついていなかった。





―――…………





建造物に近付くにつれ、名前はそれが何かを理解したらしい。

そこは墓場だった。

ポツポツと立てられた十字架と、死神を模した石像が立ててある。
死者を弔う墓に、死神は不釣り合いに見えた。





―――……





自身がやって来た小高い丘の向かいに、もう一つ小高い丘がある。
そこには遠目からでも分かる、大きな屋敷が建てられていた。
壁中に蔦が這って寂れており、窓がいくつか割れている。
近くには小さな教会も見えるが、こちらも同様に寂れて人気が全く感じられない。





―――……





ヒュウと生温い風が吹いた。
風に運ばれてきたかのように、辺りに霧が漂い始める。

途端に視界が悪くなった。
ポツポツと立った十字架が、空中に浮かび上がるようにうっすらと見えるだけだ。





―――……





その十字架を目印に、名前は止まっていた足を動かし始めた。




ドサッ





背後で何か重たい物が落ちる音が響いた。
反射的にだろう、名前は振り返る。

しかし霧のせいで何かは分からなかった。
微かにうごめく影が見える程度だ。





「ここはどこだろう?」





声が名前の耳に届く。
不意に聞こえた音は誰のものなのか、瞬時に判断出来ない。





「優勝杯が移動キーになっているって、君は誰かから聞いていたか?」
先程とは違う声が聞こえた。男の声だ。



「全然。これも課題の続きなのかな?」





ハリーだ。
姿は確認出来なかったが、名前は確信を持ったようだ。

ハリー。

そう確かに名前を呼んだはずなのに、不思議なことに声が出なかった。
唇が名を刻むだけだ。





「分からない。杖を出しておいた方がいいだろうな?」



「ああ。」





もう片方は誰なのか、名前には分からない。
しかし今しがた二人が交わしていた言葉の内容から、三大魔法学校対抗試合の選手の一人であろうことは推測出来た。

代表選手はハリーを含め四人。
フラーは女性だから違う。
クラムは言葉に少し訛りがある。
聞こえたのは男の声で、流暢な英語。

おそらくセドリック・ディゴリーだ。





―――……





これは夢だ。

しかし何故こんな訳も分からない夢を見ているのか。
分からない。

分からないが、名前は二人の方へ歩み寄った。





「誰か来る。」





ハリーの緊張した声が聞こえた。
警戒している。
名前のいる方を向いているらしかった。

攻撃されかねない雰囲気に、名前は思わず足を止める。
しかし、ハリーは名前の存在に気が付いたのでは無いようだった。





―――……





背後から足音が近付いてくる。
それは微かな物音だったが、一定の感覚を保ち、確かに近付いてきていた。
ハリーはこの足音の主を警戒しているのだ。





―――……





名前はハリー達に向けていた顔を、背後に向けた。
霧がかった視界の中、墓石の間を、何者かが歩み寄ってきている。

小柄な人影だ。
何かを胸に抱えているような体勢だった。





―――……





その人影はピタリと立ち止まった。

ハリー達から見れば二メートルほど。
名前から見れば一メートルもない場所で。

しかし霧がかった視界のせいで、何者なのか顔を確認することは難しい。





「ううっ」





ハリーの呻く声が聞こえたかと思うと、続いてドサリと力任せに物を落としたような重たい音がした。
反射的に名前の顔はハリー達の方へ向く。





「余計な奴は殺せ!」
変に甲高い嗄れた声が響いた。



「アバダ ケダブラ!」





その声に続き、それとは別の声が直ぐ響いた。

恐ろしい呪文だ。使ってはいけない呪い。

理解すると同時に、瞬間、緑色の閃光が走った。
名前の腹辺りをすり抜け、背後にいた二人の方へ向かって。
ドサリ。
大きな重いものが、草むらに落ちたような音。
名前の耳にしっかり届いた。





―――……





頭が反射的に、音の方向へ振り返ろうとする。
しかし呪文を放った者が再びこちらへ近付き始めたのを見て、名前は動きを止めた。
霧で不明瞭だった姿が、徐々に確認出来るようになる。

フードを被った小柄な人だ。体格からして男だろう。
杖を構えたまま、真っ直ぐこちらへ向かってくる。





―――……





フードの男と擦れ違う距離になった。

高まる警戒心がそうさせるのか、名前は突き出された杖をじっと見つめた。
そして違和感を抱いた。





―――……





小指が無い。
杖を握る手は、指が四本だった。





―――…





フードの男は名前の体をすり抜けて、またこちらへ戻ってきた。
杖を握る反対の手で、ハリーの首根っこを掴んで。
ハリーは生きているようだ。

では、殺されたのは。
殺したのは。





―――……





フードの下にある顔を見遣るが、影になって分からない。
フードの男と、その男に引き摺られるハリーは、名前の体をすり抜けていく。

フードの男は、一メートルもない場所で立ち止まった。




―――……





何をするつもりなのか。
名前の足は二人の元へ向けられていた。

そこには鎌を掲げた死神の像が側に立つ、一際大きい大理石の墓石があった。
フードの男がその墓石に、力任せにハリーを押し付けている。
ハリーの顔は苦痛に歪んでいた。
ハリーに目を向けた名前は、その背中にある墓碑銘を目の端に捉える。



―――Tom Marvolo Riddle …





「お前だったのか!」





ハリーの叫び声が響く。
その声はわあわあと辺りに反響した。

お前だったのか。
お前だったのか。

声は次第に大きくなりながら、彼方此方から跳ね返ってくる。
あまりの音に耳を塞ぐ。
しかしまるで意味をなしていない。
彩度の低い景色が明滅を繰り返し、やがて黒く変わる。





―――……



―――…リー



―――ハリー!





誰かがハリーの名前を呼んでいる。自身の声ではない。
視界が黒い。目を閉じているからだ。

瞼を開けると色鮮やかな「占い学」の教室が目に映る。
そしてその中央辺りには生徒の人集りが出来ていた。





「ハリー!ハリー!」





ロンの声だ。生徒の壁で見えないが、どうやら人集りの中にいるらしい。
そして、ハリーもそこにいるのだろう。隣の席には誰もいなかった。





「大丈夫か?」



「大丈夫なはずありませんわ!」





ロンの緊張した声に対して、トレローニーの声は興奮しているのか甲高い。





「ポッター、どうなさったの?不吉な予兆?亡霊?何が見えましたの?」



「何にも。」
素っ気なく答えたハリーの声は微かに震えていた。



「あなたは自分の傷をしっかり押さえていました!
傷を押さえ付けて、床を転げ回ったのですよ!
さあ、ポッター、こういう事には、あたくし、経験がありましてよ!」



「医務室に行った方がいいと思います。
ひどい頭痛がします。」



「まあ。あなたは間違いなく、あたくしの部屋の、透視振動の強さに刺激を受けたのですわ!
今ここを出ていけば、折角の機会を失いますわよ。これまでに見た事のないほどの透視―――」



「頭痛の治療薬以外には何も見たくありません。」





生徒の人集りがざわっと動いた。
人と人の隙間から、ハリーが這い出るように姿を現した。

パチリ。ハリーと目が合う。





『…』





ハリーはこちらへ向かってくると、席に置いてあった鞄を手に取った。
それを肩へ掛けながら、チラリと名前を見る。





「あとでね。」





小さな声でそう言って、それからハリーは名前の返事も待たずに、撥ね戸を目指して歩き始めた。

生徒とトレローニーの目がハリーの背を追って動いた。
しかしハリーは目もくれない。

撥ね戸に身を潜らせ、すぐにピッチリ戸を閉めた。





『…』





静まり返った教室で、薪が燃えてパチパチと音を立てている。
暑いはずの室内で、名前の体は冷えきっていた。

初めは心地好かった風が寒く、暑かった部屋が心地よくなるほどに。

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