19.-2






『…』





女子同士お喋りをして、クスクス笑っていたパンジー・パーキンソンが、不意に名前達の方を見た。
ニコニコした笑顔がより深くなる。





「ポッター、ガールフレンドと別れちゃったの?
あの子、朝食の時、どうしてあんなに慌ててたの?」





大声で言うものだから、スリザリン生全員が名前達の方を注目した。
中には笑い出す者もいる。

けれどハリーは聞こえていなかったように歩みを止めなかった。
ハリーに倣い、ロンも名前も歩き続けた。





「なあ、ハリー、ナマエ。アレ、何だと思う?」





ハグリッドの小屋が見える辺りになって、ロンが不躾に言った。
小屋の前にはハグリッドが立っていた。
やって来る生徒を眺めていて、名前達の姿を見付けると、ニッコリ笑った。
その足元には蓋の無い木箱が何個か置いてある。





「さあ。」



『分からない。』



「まさかスク…」



「言わないで、僕も思った。」





気落ちしたハリーの声が、その先を素早く遮った。
ハグリッドが持ってくる木箱に良い思い出が無かったからだ。

先週で一角獣の授業は終わり。
つまり今回からは新しい授業が始まる。





「やあ、ハグリッド。」



『こんにちは。』



「おう。」





挨拶もそこそこに木箱を覗き込む。

そこには予想していたスクリュートの姿は無く、黒い毛玉がいくつもあるだけだった。
毛糸玉のように見えたそれはゴソゴソと動き、ビーズのような瞳で名前達を見上げた。





「これは何?ハグリッド。」



「皆が集まってからな。」





黒い生き物は長い鼻をつんと伸ばして、やって来る生徒の匂いを嗅ぐ仕草をしている。

数分もしない間に生徒が集まった。

メモを取る体勢が整うのを待ち、やっとハグリッドは口を開く。





「ニフラーだ。
大体鉱山に棲んどるな。光るものが好きだ……ほれ、見てみろ。」





可愛いものが好きなのだろう、
近くで覗き込んでいたパンジー・パーキンソンの腕時計に向かって、一匹のニフラーが飛び付いた。

突然の来襲にパンジーは悲鳴を上げて尻餅をつきそうな勢いで下がった。
後ろにいた生徒の何人かがパンジーに押されてドミノ倒しになりかけている。





「宝探しにちょいと役立つぞ。」





元気の良いニフラーを見て、ハグリッドは嬉しそうだ。
危うく倒れかけた生徒はそれどころではない。





「今日はこいつらで遊ぼうと思ってな。あそこが見えるか?」





言って、小屋の前に広がる何もない場所を指差した。
先日ハリーと名前がふくろう小屋から見た場所だ。

耕されたばかりの土は茶色の綿のようでフワフワとしている。
柔らかそうだ。





「金貨を何枚か埋めておいたからな。自分のニフラーに金貨を一番沢山見付けさせた者に褒美をやろう。
自分の 貴重品は外しておけ。そんでもって、自分のニフラーを選んで、放してやる準備をしろ。」





パンジーの姿を見た生徒は腕時計を外して、各々ポケットに入れたり鞄にしまったりした。
名前も腕時計を外してポケットに入れる。

そして木箱の周りに群がる生徒に交じって、ニフラーを選んだ。





『…』





手を差し出すとニフラーはその匂いを嗅ぐ。
そのまま掬い上げるように持ち上げると、大人しく掌に収まった。

平たい前脚で掌を掘る仕草をするのがどうにもくすぐったい。





「可愛いね。」



『…』





ハリーの言葉に名前は頷いた。
ハリーは掌に乗せたニフラー顔にまで近付けて観察している。
ニフラーはハリーの耳を嗅いでいた。





『眼鏡はいいの。』



「あっ」





ハリーは慌てて顔を遠ざけた。

ニフラーは不思議そうにハリーを見上げるばかりで、眼鏡に興味を示さない。





「大丈夫そうだね。」





安堵したような声で言った。
眼鏡無しの授業は避けられそうだ。

皆が思い思いのニフラーを選び終わって、木箱の周りから人が減っていく。





「ちょっと待て。」





すっかり人がいなくなってから、ハグリッドが一つ一つ木箱を覗き込んだ。
それから再度確かめるように木箱を見つつ、ハグリッドは口を開いた。





「一匹余っちょるぞ……誰がいない?
ハーマイオニーはどうした?」



「医務室に行かなきゃならなくて。」



「後で説明するよ。」





ロンの言葉にハリーが素早く付け加えた。
スリザリンの生徒。
それも何か火花を散らしてくるパンジー・パーキンソンに知られるのは良くない話だ。

ハグリッドは「そうか、分かった」と頷いて、授業を再開した。
余ったニフラーは木箱の中で、丸まってスヤスヤと眠っている。





『…』





授業はこれまでのものに比べれば格段に楽で楽しいものだった。
ニフラーが土の中に潜り、金貨を咥えて戻ってくる。
それを受け取ればいいだけなのだ。

ニフラーは賢いようで、自分を放した生徒の元に間違いなく戻ってくる。

黒いフワフワの毛に土を絡ませて金貨を探すニフラーは、実に生き生きとしていた。





「こいつら、ペットとして買えるのかな、ハグリッド?」





ローブに土がかかるのをちっとも気にせずに、ロンは目を輝かせた。
ロンの選んだニフラーは優秀で、この短時間で膝の上が金貨が山を作っている。

ハグリッドは少し意地悪に笑った。





「おふくろさんは喜ばねえぞ、ロン。家の中を掘り返すからな。ニフラーってやつは。
さーて、そろそろ全部掘り出したな。」





ハグリッドが生徒を見て回る。
生徒の周りに金貨が集まり、ニフラーが土の中に潜る時間が段々と増えてきた。





「金貨は百枚しか埋めとらん。
おう、来たか、ハーマイオニー!」





ニフラーを見つめていた名前は、ハグリッドの声につられて辺りを見回す。

芝生の上をハーマイオニーが歩いていた。
両手にきっちり包帯が巻かれている。

隣にやって来たハーマイオニーを見つめ、名前は小さな声で聞く。





『…具合はどう。』



「すぐには治らないみたい。まだ痛むわ。」



『……痕にならなければいいけど。』



「大丈夫よ、多分ね。」





悲しそうな顔をして溜め息を吐いた。
言い切れない辺り、余程傷が深いらしい。





「さーて、どれだけ取れたか調べるか!
金貨を数えろや!そんでもって、盗んでも駄目だぞ、ゴイル。
レプラコーンの金貨だ。数時間で消えるわ。」





不満そうな顔でゴイルはポケットから金貨を取り出した。
それを見届けて、ハグリッドは再度金貨を数えるように伝える。

一番金貨の数が多かったのは、ロンのニフラーだった。
景品としてハグリッドは板チョコを渡した。
ハニーデュークス菓子店の大きな板チョコだ。

そこで丁度良く授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
昼食の時間だ。
食べ盛りで空腹の生徒は城に向かって歩いていく。
土の中にはまだニフラーが潜っていた。





「手伝うよ、ハグリッド。」



「ああ、ありがとう。すまんな。」



「気にしないで。」





名前達四人は、ニフラー木箱に戻す作業を手伝った。
ハーマイオニーは両手を怪我しているので土には触れさせず、名前達が捕まえたニフラーを木箱に戻す係りだ。





『…』





うっかり踏まないように気を付けながら土を見る。
辺りを見回していると、ボーバトンの馬車が視界に入った。
そこで名前の目が止まる。

馬車の窓に誰かがいる。こちらを見ている。
あの背の高さは、マダム・マクシームだ。

側にいたハリーも気付いたらしい。同じ方向を見ていた。





「手をどうした?ハーマイオニー?」





心配そうなハグリッドの声が聞こえた。
それに対して、ハーマイオニーが今朝の事を話している。





「あぁぁー、心配するな。
俺も、リータ・スキーターが俺のおふくろの事を書いた後にな、そんな手紙だの何だの、来たもんだ。
『お前は怪物だ。やられてしまえ』とか、『お前の母親は罪もない人達を殺した。恥を知って湖に飛び込め』とか。」



「そんな!」



「ほんとだ。」





木箱に集まったニフラーを数える。
どうやら、揃ったみたいだ。

ハグリッドは木箱を持ち上げて、小屋の壁際にくっ付けるようにして置いた。





「やつらは、頭がおかしいんだ。
ハーマイオニー、また来るようだったら、もう開けるな。すぐ暖炉に放り込め。」





それは出来ないかもしれないな。
ハリーとロンは、チラリと名前を見た。

木箱の中のニフラーにじっと視線を注ぐ名前は、見られている事にまるで気付いていない。





「折角いい授業だったのに、残念だったね。」





名残惜しそうに見えた名前だが、城に戻る事を提案すると、あっさり木箱から離れた。
授業終わりは、いつもなら生徒の話し声で騒がしいのに、道中に人影は無い。
芝生を踏む四人の足音がやけに大きく聞こえる。





「いいよね、ロン?ナマエ?ニフラーってさ。」



『可愛い。』





コクと頷きながら名前が言う。
無表情でその上抑揚の無い声で言われても、ちっとも信憑性は無いが。

ニフラーがどんなに素晴らしいか、いの一番に話しそうなロンが黙っている。
先程まであんなに楽しそうにしていたのに、大きな板チョコを見つめて不機嫌な顔付きだ。





「どうしたんだい?味が気に入らないの?」



「ううん。」





唸るようにして答える。何やら機嫌が悪いらしい。
「何か思い当たる節はあるか?」名前達は顔を見合わせて、目で会話をした。
けれど誰も思い付かなかった。
互いに戸惑うような視線が交わされるだけだ。

そうしていると顔を伏せたまま、ロンは口を開いた。





「金貨の事、どうして話してくれなかったんだ?」



「何の金貨?」



「クィディッチ・ワールドカップで僕が君にやった金貨さ。」





相変わらず板チョコを見つめたまま、ロンはそう言った。
クィディッチ・ワールドカップに居合わせなかった名前には理解できない話だ。





「『万眼鏡』の代わりに君にやった、レプラコーンの金貨。貴賓席で。
あれが消えちゃったって、どうして言ってくれなかったんだ?」





ようやくロンは顔を上げた。
怒っているような悲しそうな、様々な感情がない交ぜになった顔だ。

そんな顔を向けられたハリーは、ぱちぱちと瞬きを繰り返すばかりだ。
何の話か分からないという顔をしている。





「ああ……」





たっぷりと間を置いて、ハリーはやっと声を出した。





「さあ、どうしてか……無くなった事にちっとも気が付かなかった。
杖の事ばっかり心配してたから。そうだろ?」





楽しい時間が突如恐怖と混乱に変わる。
直前まで幸せだったのだから、そこから感じる恐怖は奈落の底に突き落とされるようなものだろう。
金貨の事が頭から抜け落ちても仕方ない状況だった。
しかしロンの表情は、変わらず暗いままだ。

四人は玄関ホールへの階段を上り、昼食を摂りに大広間に入った。





「いいなあ。」





大広間に入り席に着く。
各自食事を取り分けていると、ロンは独り言のようにそう言った。

ハリー、ハーマイオニー、名前は、一斉にロンを見る。





「ポケットいっぱいのガリオン金貨が消えた事にも気付かないぐらい、お金を沢山持ってるなんて。」



「あの晩は、他の事で頭がいっぱいだったんだって、そう言っただろ!
僕達全員、そうだった。そうだろう?」



「レプラコーンの金貨が消えちゃうなんて、知らなかった。」





ハリーの話を聞いているのか聞いていないのか、ロンは話すのを止めなかった。





「君に支払済みだと思ってた。
君、クリスマス・プレゼントにチャドリー・キャノンズの帽子を僕にくれちゃいけなかったんだ。」



「そんな事、もういいじゃないか。」





若干刺のある声でハリーはキッパリそう言った。

暗い顔のまま、ロンはフォークを握る。
皿に装ったローストポテトに突き刺した。





「貧乏って、嫌だな。」





ハリー、ハーマイオニー、名前は目を合わせた。
ハリーもハーマイオニーも口ごもって、何と声を掛けたらいいのか分からない様子だった。
勿論名前に上手い言葉が掛けられるわけもない。





「惨めだよ。」





フォークに突き刺したローストポテトを食べるでもなく、ロンはじっと見つめるだけだ。





「フレッドやジョージが少しでもお金を稼ごうとしてる気持ち、分かるよ。
僕も稼げたらいいのに。僕、ニフラーが欲しい。」



「じゃあ、次のクリスマスにあなたにプレゼントする物、決まったわね。」





ハーマイオニーはつとめて明るくそう言ったが、ロンの顔は曇ったままだ。
それを見てハーマイオニーは、もう一度口を開く。





「さあ、ロン、あなたなんか、まだいい方よ。大体指が膿だらけじゃないだけましじゃない。」





手が見えるように、ハーマイオニーは少し持ち上げた。
ナイフとフォークを持つ指が腫れ上がっている。
包帯の上からでも分かるくらいだ。





「あのスキーターって女、憎たらしい!
何がなんでもこの仕返しはさせていただくわ!」



『…』





ハーマイオニーの口から出てきた言葉に、名前は思い出したように食事の手を止めた。
それから隣に座るハーマイオニーに、今朝ハリーとロンに話した事を伝える。
ハーマイオニーは初め驚いたようだったが、次第に真剣な顔付きになった。





「裁判で対決って事よね。確かに、これ以上ハグリッドや私のような被害者が出るとも限らないわ。いや、既に出ているかも……
でも、どうしてその人達は被害を公にしないのかしら?……とにかく、まずスキーターの尻尾を掴まないといけないわね。」



「ハーマイオニー、やる気?」



「当たり前じゃない。」





キッパリ言い切ったハーマイオニーの顔はやる気に満ち溢れていた。
隣に座る名前は無表情でパンを食んでいるが、こちらは提案者である。
あまり関わってはいけなさそうだと思ったのか、ハリーとロンは深くは突っ込まなかった。
捕まえて裁判対決だなんて、夢物語だと思ったのかもしれない。

その日から一週間。
嫌がらせの手紙は毎日届いた。
ハグリッドは捨てるように言ったが、証拠の為に残せるものは取っておく。
危険な物もあったので、開封せず、出来る限りの範囲だ。

中には「吼えメール」を寄越す者もいた。
梟から離れた手紙が突如爆発して、大広間に響き渡る大きな声でハーマイオニーを罵倒したのだ。
だから「週刊魔女」を読んでいない生徒でも、ハリー、クラム、ハーマイオニーの拗れた関係を知っている。
「吼えメール」は開けば大声で罵倒するし、開かなければ爆発する。
どちらも遠慮願いたいものだ。

「吼えメール」は赤い封筒に入っているので一目で分かる。
「吼えメール」が届いた時は、名前が開いた。
開いて罵倒を始めた瞬間に破り捨てたり、叩き潰したりしたのが上手くいったからだ。
中には空中に逃げる物もあるが、そこはボクシングを嗜む名前である。
素早く捕らえて細切れにする。
築き上げた反射神経の賜物だった。
その場面を目の当たりにしたハリー達は、名前を怒らせまいと誓った。
周囲にいた生徒でさえ名前に怯えた。
フレッドとジョージは大層喜んだ。





「その内収まるよ。」





周囲がからかってくる度に、ハリーは「ハーマイオニーはガールフレンドじゃない」と訂正している。
いい加減うんざりしているが、未だにそういった生徒はいる。
彼らにとってはハーマイオニーがガールフレンドであろうとなかろうと、関係無いのだろう。





「僕達が無視してさえいればね……前にあの女が僕の事を書いた記事だって、皆飽きてきてしまったし―――」



「学校に出入り禁止になってるのに、どうして個人的な会話を立ち聞きできるのか、私、それが知りたいわ!」





ハーマイオニーは日に日に怒りの炎が大きくなっているようだった。
次の「闇の魔術に対する防衛術」の授業で、ハーマイオニーはムーディに、第二の課題の時スキーターを見たかどうか聞く為に残ったのだ。





「ハーマイオニー、僕達先に行ってるからね。」



「ええ、すぐに追い付くわ。」





ハーマイオニーの返事を聞いて、ハリー、ロン、名前は、他の生徒に混じって教室から出る。
今回の授業でムーディは「呪い逸らし」の厳しいテストを行ったので、生徒の大半がどこかしら傷を負っていた。

ハリーは「耳ヒクヒク」の呪いのせいで両耳を押さえ付けているし、ロンは呪いを腹に命中させて気分が悪そうだ。
名前は、日頃ムーディから特訓を受けているので、誰よりも厳しいテストとなった。
幸い大したことはない。
避けに避けて机の角に腰を打ち付けたくらいである。

三人それぞれ痛めた場所を手で押さえながら玄関ホールまで歩くと、後からハーマイオニーが走ってやってきた。





「ねえ、リータは絶対『透明マント』を使ってないわ!」





耳を押さえるハリーの手を引き剥がしながら、ハーマイオニーが言った。
耳を押さえていても聞こえるような声量だった。





「ムーディは、第二の課題の時、審査員席の近くであの女を見てないし、湖の近くでも見なかったって言ったわ。」



「ハーマイオニー、そんな事やめろって言っても無駄か?」



「無駄!
私がビクトールに話してたのを、あの女が、どうやって聞いたのか、知りたいの!それに、ハグリッドのお母さんの事をどうやって知ったのかもよ!」



「もしかして、君に虫をつけたんじゃないかな。」



「虫をつけた?」





耳を頭に引っ付けるように押さえるハリーを、ロンは不思議そうに見た。
腰を擦っていた名前が考えるように視線をさ迷わせる。





「何だい、それ……ハーマイオニーに蚤でもくっつけるのか?」



「マグルの世界には盗聴器っていう機械があるんだ。
それが虫みたいに小さいから、盗聴器が仕掛けられた時に、虫がつく、って言うんだよ。」





それからもハリーは盗聴器について説明した。
ロンが夢中になって聞きたがったからだ。





「二人とも、いつになったら『ホグワーツの歴史』を読むの?」



「そんな必要あるか?」





呆れた顔のハーマイオニー。
こちらもまた呆れた顔でロンが返す。





「君が全部暗記してるもの。僕達は君に聞けばいいじゃないか。 」



「マグルが魔法の代用品に使うものは―――
電気だとかコンピューター、レーダー、その他色々だけど―――
ホグワーツでは全部メチャメチャ狂うの。空気中の魔法が強すぎるから。だから、違うわ。
リータは盗聴の魔法を使ってるのよ。そうに違いないわ……それが何なのか掴めたらなあ……うーん、それが非合法だったら、もうこっちのものだわ……」



「他にも心配する事が沢山あるだろ?
この上リータ・スキーターへの復讐劇までおっ始める必要があるのかい?」



「何も手伝ってくれなんて言ってないわ!
一人でやります!」





ハーマイオニーの声がキンと玄関ホールに響いた。
男三人を置いてきぼりにして、一人大理石の階段を上っていく。
おそらく目的地は図書館だろう。

ハーマイオニーの姿が見えなくなり、足音がしなくなってから、ロンはうんざりした顔で名前とハリーを見た。





「賭けようか?あいつが『リータ・スキーター大嫌い』ってバッジの箱を持って戻ってくるかどうか。」



『…本当に虫かもしれない。』



「え?」





呟くように言った名前を、ハリーとロンが見た。





「何が?」



『リータ・スキーターの盗聴手段。』



「…ああ、」



「…」



『…』



「……君まで調べたりしないよね?」



『調べてる。』



「あ、そう…。」





ロンはがっくりと、まるでお手本のように肩を落とした。
友人のそんな反応に対して、名前は涼しげな目元を向けるだけだった。

ハリーとロンにはとても信じられない事だが、イースター休暇を控えて只でさえ勉強と宿題の量が増える今日此頃、
ハーマイオニーと名前は盗聴手段について調べている。
巻き込まれないのは有り難いし、真似したいとも思わないが、その行動力には感服した。





『一緒に行っても、いい。』





その上名前は、シリウスに食べ物を運ぶハリーに度々付いていった。
ハリーはシリウスへ定期的に食べ物を運んでいたが、それ以外にも、名前が食べ物を送る場面を目撃している。





「一人で大丈夫だよ。ナマエは特訓に行かなきゃ。」



『それぐらいの時間はある。
それに、俺も送りたいものがある。特訓は帰りに行けば十分間に合う。』



「…分かった。一緒に行こう。」



『ありがとう。』





ハリーはチラリと、名前の持つ長方形の包みを見た。
炭色の風呂敷包みだ。

角の方にリボン状の結び目があり、よく見ると裏地には肉球の刺繍が遇われている。
リバーシブルになっているようだ。





「ナマエ、無理してないよね。」



『…』



「君、色々やってるじゃないか。」





不思議そうに(見た目は無表情だが)名前はハリーを見つめた。
話の意味を汲み取らない名前に、ハリーは焦れったそうに眉を集める。





「勉強して、宿題して、盗聴の事を調べて、特訓して、…
朝もトレーニングしてるよね。その上こうやって食べ物を用意して、本当に無理してない?」



『してない。』



「…それならいいんだけど。」





口ではそう言うものの、腑に落ちないという思いがありありと顔に出ている。
名前が嘘をつけない性格だと知っていて尚、ハリーは答えに納得がいかないらしい。





『…』



「…」





会話が途切れて沈黙が続く。
俯いたハリーから表情は窺えない。

しかし事態が深刻であることを、名前は理解したようだった。
廊下の先を見据える風にして、視線は彼方此方にさ迷う。





『…………ハリー。』



「なに?」



『……
俺が、やりたいからやっている。俺は、…
スナッフルさんの気持ちが、すごく嬉しい。……』



「…」



『心配してもらっている。それにこの先危険が無いか、怪しい事を全部調べてくれている。…
追い詰められた状況で、自分の事より、俺や、ハリーの事を気にしてくれている。』



「…」



『だから、……これは、なるべく自分から送りたい。』





両手で大事に持った風呂敷包みを掲げて見せた。

ハリーは呆れと尊敬の感情が同時に生まれた。
名前の頑固さと律儀さに対してだ。

俯けていた顔を上げて、ハリーは少し笑った。
「仕方ない」と思えるようになったようだ。





『だけど、時間が無いときは、
ハリー、お願いしていいかな。』



「うん、勿論だよ。ナマエ。」





勉強をしたり宿題をしたりしている内に、イースター休暇は終わった。
またいつも通りの授業が始まる。

そしてイースター休暇が終わると、パーシーへ送っていたヘドウィグが、やっと戻ってきた。
モリー・ウィーズリーが作ったのだろう、チョコレートで出来た大きな「イースター卵」と一緒に。





「パーシーの返事が入ってる。」



「先に食べちまった方がいいぜ、ハリー。
荷物になるだけだし。この後授業だろ。」





朝食を食べたばかりだというのに、ロンは早速「イースター卵」にかじりついている。
中身はヌガーだ。隙間なくいっぱいに詰まっている。

嬉しそうに食べるロンの傍らで、名前とハーマイオニーは暗い雰囲気を漂わせていた。





『…』



「…」





名前はその大きさに。
ハーマイオニーはその小ささに。
それぞれの理由で銅像のように固まっていた。

名前の「イースター卵」はハリーやロンと同様に大きい。
ハーマイオニーの「イースター卵」は鶏の卵より小さい。





「あなたのお母さん、もしかしたら『週刊魔女』 を読んでる?ロン?」



「ああ。料理のページを見るのにね。」





ヌガーを頬張り、モゴモゴとさせながらロンはそう言った。
普段なら注意するハーマイオニーだが、今は悲しそうに「イースター卵」を見つめるだけだった。

名前はハーマイオニーと「イースター卵」を交換したいぐらいだっただろう。
だがハーマイオニーが喜ぶわけがないし、作ってくれたモリー・ウィーズリーに対して失礼だということも、名前は分かっている。





「パーシーが何て書いてきたか、見たくない?」





「イースター卵」の中から出てきた手紙を振る。
ハリーの提案に、ロン、ハーマイオニー、名前が顔を寄せ合った。
手紙を覗き込む。短い文章だ。





―――『日刊予言者新聞』にもしょっちゅうそう言っているのだが、クラウチ氏は当然取るべき休暇を取っている。
クラウチ氏は定期的にふくろう便で仕事の指示を送って寄越す。
実際にお姿は見ていないが、私は間違いなく自分の上司の筆跡を見分けることくらい出来る。
そもそも私は今、仕事が手一杯で、馬鹿な噂を揉み消している暇はないくらいなのだ。
余程大切なこと以外は、私を煩せないでくれ。
ハッピー・イースター。―――





神経質そうな文字は、強く書きすぎたのか、所々紙が毛羽立っていた。
文章からしても字の印象からしても、苛々している様子がよく分かる。





『…あんまり手紙を送らない方がいいみたい。』



「…そうだね。」





大した収穫も無いままイースター休暇が終わった。
もうすぐ夏学期が始まる。

- 183 -


[*前] | [次#]
ページ:




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -