19.-1






翌日。

大広間で朝食を食べ終えると、名前とハリー達三人はそこで別れた。

名前は特訓へ。
ハリー達はパーシーに手紙を送りにふくろう小屋へ。
(ハリー達は、その後はドビーにお礼をする為厨房まで向かう計画らしい)





『…』



「あ、ナマエ。」





昼になって昼食を摂る為一旦特訓を中断した名前は大広間にやって来て、直ぐに友人の顔を見つけた。
近付くにつれて何やら雰囲気が妙な事に気が付いて、小さく首を傾げる。

名前に気付いたハリーは食事の手を止めて名前を見上げた。
何だか困った様子だ。





『…』





ハリーの隣に座るロンは見るからに不機嫌で、いつもなら楽し気にお喋りをしているのに、黙々と食事をしている。
ハリーの向かいに座るハーマイオニー、こちらも機嫌がよろしくない。





『…』





また何かいざこざがあったのだろうが、今理由を聞くのは差し障りがある。
取り敢えずハーマイオニーの隣に腰掛け、名前も食事を始めた。





『二人はどうしたんだ。』



「厨房で、ちょっとね。」





夕食を終えて少しの時間が出来た。
シリウスに食べ物を送るというハリーに着いていく名前は、道すがらそう尋ねた。

ひんやりとした空気が漂う石畳の廊下に、人は疎らだ。
きっと生徒達は談話室とか図書館とか、暖かい場所に集まっているのだろう。





「厨房にウィンキーがいたんだ。」



『クラウチさんの屋敷妖精。』



「うん。お酒を飲んで荒れてたよ。ウィンキーはクラウチの所へ帰りたいみたい。」



『やけ酒…』



「そんなところだろうね。それで、僕、チャンスだと思ったんだ。」



『…』



「ウィンキーが酔っている今なら、クラウチの話、何か聞けるんじゃないかって。」



『…』



「クラウチは何か大事なものをウィンキーに預けてるらしいんだ。
それが何かまでは分からなかったけど…
ウィンキーはクラウチに忠誠を誓ってるんだ。僕達には話してくれなかった。」



『…』



「それで、ウィンキーは寝ちゃった。大分酔ってたから…
それを他の屋敷妖精が恥ずかしがって隠すんだ。仕える人がいて仕事がある屋敷妖精に、不幸になる権利はないって言って、
それでハーマイオニーが、……
分かるでしょう?」



『不幸になる権利はある。賃金や休暇をもらう権利もある。』



「そう。そんな事を言ったんだ。
それで厨房から追い出されちゃった。食べ物はくれたけどね。」





言って、ハリーは大きな包みを掲げて見せた。
中には大きなハム、ケーキ一ダース、果物が少々入っている。





「で、ロンが怒ったんだ。何で黙ってられないんだって。」



『それでああなのか。』



「そう。宿題やってる間も喧嘩してるから、集中できないよ。」





ハリーは深い溜め息を吐き出した。
疲れているのだろう。名前は良く分かる。
喧嘩の空気は苦手だ。その空間にいるだけで気分が落ち込む。

ふくろう小屋に着き、二人はピックウィジョンを探す。
小柄なピックウィジョン一羽では荷物を運べないので、メンフクロウを二羽、介助役に頼んだ。

日が沈みきらない、赤と藍のグラデーションの空に、三羽の影が遠ざかっていく。





「日が落ちるの、遅くなってきたね。」



『…』





窓枠に凭れて校庭を眺めるハリーがぽつりと呟く。
名前は頷いて、ハリーと同じように校庭を眺めた。

禁じられた森の木々が風に吹かれて波のように枝をしならせている。
ざわざわという囁くような音が、風に乗って名前の耳まで届いた。

ハグリッドの小屋の煙突から立ち上る煙を潜り、ワシミミズクがこちらに向かって飛んできた。
煙は風に流されて、景色に溶け込むようにして消えていく。





『寒くないか。』



「平気だよ。」





風はまだまだ冷たい。
夜になるにつれて冷え込んだ空気は針のように肌を包んだ。





「ハグリッド、新しい野菜を作るのかな。」





言われて、名前はハグリッドの小屋の方を見る。
ハグリッドは小屋の前で土を掘り起こしている。
その姿は耕しているようにも見えた。





『何を作るんだろう。』



「何だろう。でも、危険なものじゃなければいいよ。
血を吸うレタスとか、肉食のトマトとか…そういうのじゃなければ。」





おどけたように言って、ハリーはハグリッドの方を眺めた。
名前もつられるようにハグリッドを見る。





「マダム・マクシームだ。」





ボーバトンの馬車からマダム・マクシームが現れた。
ハグリッドの方へ向かって歩いていく。
ハグリッドはマダム・マクシームに気付いて、作業を中断させた。

鍬に寄り掛かって、何やら言葉を交わしている。
直ぐに会話は終わり、ハグリッドは作業を再開する。

マダム・マクシームは馬車に戻っていった。





「…」



『…』





何だか見てはいけない場面を見たような気持ちになった二人は、チラリと顔を見合わせた。





「マダム・マクシームは、仲直りをしようとしていたのかな。」



『多分。』



「でも、ハグリッドはそうじゃないんだ。」



『…』





そうだろうか。名前はハグリッドを見つめる。
耕す大きな背中が見えるだけだ。答えなどあるわけがない。





「ナマエ、時間は大丈夫?」





唐突にそう言って、名前はハグリッドからハリーに目を移す。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、やがて言葉を理解したように、腕時計を見た。
顔色が悪くなった。
空がまだ明るいから、時間の感覚がずれてきている。





『行く。』



「いってらっしゃい。僕はもう少しここにいるよ。」





慌てて学校に足を向けた名前は、くるりと身を翻し、その足をまたハリーの方へ向けた。
首に巻いていた大判のマフラーを取り、ハリーに手渡す。





『…これ。』



「もしかして僕に?」



『…』
頷く。



「平気だよ。寒くない。」



『寒くなったらつけて。荷物になるけど。…』





手を下ろしそうにない名前から、ハリーはマフラーを受け取った。
ここで時間を食えば名前がムーディに叱られる。
瞬時に取った英断であった。





「ありがとう。」





首に巻いてニッコリ笑って見せる。
その笑顔を見て、名前は遠慮がちに小さく頷いた。





「特訓、頑張ってね。ナマエ。」



『ありがとう、ハリー。』





今度こそ名前は学校に向かう。

長い足を有効活用して走る。
日頃鍛えている成果か風のように速い。

ハリーの視界から、名前の後ろ姿は瞬く間に見えなくなった。















月曜日の朝。
相変わらず夢を見る名前は、浅い眠りを繰り返す為に、眠気に頭を揺らしながら日課のトレーニングとシャワーを終えた。
欠伸を噛み締めながら大広間に向かう。

大広間は生徒逹で賑わっている。
テーブルにはハリー、ロン、ハーマイオニーの姿があった。
昨日のギスギスした空気は無く、いつも通りの光景がある。
名前はホッと安堵の吐息を漏らした。





『おはよう。』



「おはよう、ナマエ。」





無表情の名前に、彼らは微笑みながら挨拶を返してくれた。
名前はまたホッと安堵の吐息をもらし、ハーマイオニーの隣に腰かけた。

ゴブレットにミルクを注ぐ。
取り皿にサラダを装う横で、ハーマイオニーがベーコンやらパンやらをてきぱきと取り分ける。





『…ありがとう。』



「どういたしまして。」





そしてそれは当然名前の前に置かれる。
最低限このくらいは食べろという意味だ。

抵抗出来るほど名前に勇気はないので、大人しく受け取る。
フォークを握り、サラダをもそもそと食べ始めた。





「パーシーはまだ返事を書く時間がないよ。」





郵便がやって来る時間帯になって、ハーマイオニーは頻りに頭上を気にした。
見兼ねたロンが、ソーセージをかじりながらそう言った。





「昨日ヘドウィグを送ったばかりだもの。」



「そうじゃないの。」





ハーマイオニーは天井に視線を彼方此方動かしながら答えた。





「『日刊予言者新聞』を新しく購読予約したの。
何もかもスリザリン生から聞かされるのは、もううんざりよ。」



「いい考えだ!」





ハリーとロンも天井を見上げる。
名前もつられるように天井を見る。

沢山の梟逹が飛び交っていた。
器用にもお互いにぶつかったりはしない。

その群れの中から白い鷹―――ネスの姿を見つけた。
ネスは灰色のモリフクロウと共に、名前逹の元へやって来た。





『おかえり。』





食事を済ませてきたらしいネスは、名前の言葉に返事をするように鳴いた。
肩に止まったネスは羽繕いを始める。
その時のネスはモコモコと羽毛を膨らませるので、
名前は食事の手を止めてでも、つい撫でてしまう。





「あれっ、ハーマイオニー、君、ついてるかもしれないよ―――」



「でも、新聞を持ってないわ。」
心底がっかりした声だ。
「これって―――」



『…』





何やら驚きに満ちた声が聞こえて、名前はハーマイオニーの方を見た。
そこにメンフクロウが舞い降りてくる。
現れたメンフクロウに目を奪われたその一瞬、またメンフクロウがやって来る。

メンフクロウ、
メンフクロウ、
茶モリフクロウ、
茶モリフクロウ…。

テーブルの上が梟でいっぱいだ。





「一体何部申し込んだの?」
テーブルの上でうごめく梟逹に引っくり返されないよう、ハリーはハーマイオニーのゴブレットを押さえた。



「一体何の騒ぎ―――?」





梟逹はお互い対抗心でもあるのか、はたまた早く役目を終えて休みたいのか、
我先にとハーマイオニーの前に出ようとしている。

フォークやナイフが梟逹の足に蹴散らされ、カチャカチャと音を立てている。

ハーマイオニーは灰色モリフクロウから手紙を外し、破きそうな勢いで開いた。
字を追っていたハーマイオニーの顔がじわじわと赤く染まる。





「まあ、なんてことを!」





急き込んで言った。
梟の群れから食事を守っていたロンは、ハーマイオニーを見た。





「どうした?」



「これ―――全く、何てバカな―――」





ハーマイオニーは手紙をハリーに押し付けるように渡した。
隣に座るロンは、梟逹を牽制しながら、横から覗き込む。





「みんなおんなじようなものだわ!」





一体どのような内容なのか、見ていない名前には分からない。
しかしハーマイオニーの反応から考えられることは、良い内容ては決してないということだ。

ハーマイオニーは梟から次々と手紙を外し、開けていった。





「『ハリー・ポッターは、お前みたいなやつよりもっとましな子を見付ける……』
『お前なんか、蛙の卵と一緒に茹でてしまうのがいいんだ……』」





怒りからか震える声による読み上げる内容は、やはり良い内容ではなかった。
嫌がらせの手紙だ。

この類いの手紙で剃刀や針が入っていたりする例がある。
同じようなことが魔法界で起こるのかは分からないが、名前はハーマイオニーを止めさせようとした。





『ハーマイオニー、無闇に開けない方がいい』



「アイタッ!」





しかし言うのが遅かったようだ。
最後の封筒を開けると、黄緑色の液体が噴き出し、ハーマイオニーの手に掛かった。
直後、皮膚がドーム状に盛り上がる。
大きな黄色い腫れ物があちこちに出来た。
石油の臭いが漂ってくる。





「『腫れ草』の膿を薄めてないやつだ!」





慎重な手付きで封筒を摘まんだロンが臭いを嗅ぎながら言った。
名前は急いでポケットからハンカチを取り出し、ハーマイオニーへ手渡す。





「あー!」





液体をハンカチで拭き取りながら、ハーマイオニーの目から涙が溢れ落ちた。
今や手首まで腫れ上がっている。
そこかしこに腫れ物が出来ていた。





「医務室に行った方がいいよ。
スプラウト先生には、僕達がそう言っておくから……」





ハーマイオニーの周りから梟がいなくなって、ハリーがそう言った。
ハンカチで手を隠しながら、ハーマイオニーは急いで大広間から出ていった。

立ち上がりかけた名前のローブがピンと張る。
ローブを掴む制止の手があった。
手から顔へ視線を遣ると、ハリーの困ったような顔がある。

名前は中腰のままハリーを見下ろした。
ハリーは困った顔のまま、頭を左右にゆるく振った。





「心配する気持ちは分かるけど、ナマエまでいなくなっちゃったら、ハーマイオニーに授業での事を教えてあげられる人がいなくなっちゃうよ。
僕達じゃ大事なところ見落としちゃうかもしれない。」



『…』





大広間のドアをチラリと見てから、名前は大人しく座った。





「だから言ったんだ!
リータ・スキーター には構うなって、忠告したんだ!これを見ろよ……」





ロンはテーブルに広がった何通もの手紙の中から、一つを取って読み上げた。





「『あんたの事は週刊魔女で読みましたよ。ハリーを騙してるって。あの子はもう十分に辛い思いをしてきたのに。大きな封筒が見付かり次第、次のふくろう便で呪いを送りますからね』
大変だ。ハーマイオニー、気を付けないといけないよ。」



『…』





朝食の手を止めて、名前はテーブルに広がった手紙をじっと見つめた。
それから一枚一枚集め始めた。

それを封筒に仕舞い、ポケットの中に入れる。





「それ、どうするの?」



『しまっておく。』



「…捨てた方がいいんじゃない?」



『取っておいた方がいい。』





答えてからパンをかじる。
一連の行動を見ていたハリーとロンは不思議そうにしていた。

咀嚼し、飲み込んでから、再び口を開いた。





『証拠になると思う。』



「証拠?」



『…俺の国では、こういった行為は犯罪に当たる。』



「犯罪って。質の悪い悪戯だろ?」



『脅迫罪。ハーマイオニーが怪我をしたから傷害罪。怪我をしなくても暴行罪。』





目を見開いて「大袈裟な」という反応を返すロンに対し、名前はマイペースだった。
パンをかじって飲み込む。





『文面から読み取れるのは、週刊魔女の記事が影響しているということだ。記事は捏造だ。名誉毀損罪が成立して、損害賠償の対象になるかもしれない。…
ただ、記事に真実でない点が含まれていても、違法性はないと無罪になることがある。
けれど、一度記事になったら、それはずっと残る。たとえ嘘でも世間ではずっと記事が生きていて、ハーマイオニーは実質罪人扱いのままだ。』



「…」



「…」





時折考える仕草をしながら、名前の口から出てきた言葉は、ハリーとロンの頭に中々入ってこなかった。

この短時間でそこまで思考を巡らせた事。
いつになく喋る事。
どちらも二人を驚かすことは容易な出来事だった。

そこまで話してからふとゴブレットを見て、名前は思い出したようにミルクを飲んだ。





『…魔法界の法律は調べないと分からないが、立件する為の手段として残しておいた方がいい。写真や動画に残したいくらい。』



「………
そうなんだ。」





何事も無かったのように、名前はサラダのレタスをパリパリ食べている。
普段と変わらない名前を見て、二人はブルリと身震いした。
怒鳴るわけでも暴力を振るうわけでもないが、名前から怒りを感じ取ったのだ。
「味方で良かった」だの「怒るの珍しい」だのとハリーとロンはそれぞれ名前に思いを馳せ、三人での朝食を終えた。

それから「薬草学」の授業へ向かったが、余程怪我が酷いのか、結局ハーマイオニーは現れなかった。

次は「魔法生物飼育学」の授業だ。
温室を出てハグリッドの小屋に向かって歩く。
すると、城の石段をスリザリンの生徒が下りてくるのに出会した。
その中にマルフォイ、クラッブ、ゴイルの姿がある。
マルフォイの後ろには、パンジー・パーキンソン率いる女子の群れが続いていた。

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