18.-2
「他に人もいなくなったし、ナマエも戻ってきたし、
それじゃそろそろ話そうか。」
消灯時間間近になって寮に戻ると、そこにはハリー、ロン、ハーマイオニーだけが談話室に残っていた。
名前の帰りを待っていたらしい。
それぞれ本を読んだり宿題を片付けていたり、時間を潰していた様子だ。
名前が談話室に入ってくると、三人はそれまでやっていた事を止めた。
「話をする前に言っておくね。
これから僕達が話をする時、シリウスの事はスナッフルって呼ぶこと。」
「そう呼ぶように言われたんだ。」
『分かった。』
暖炉前のソファーに座る。
開口一番にハリーはそう言った。
次いで、付け足すようにロンが言う。
名前が頷きと共に了解すると、ハリーは再び口を開いた。
「えーと…話した事は沢山あるんだ。まず…
スナッフルは今、バックビークと一緒に隠れてる。普段は犬の姿で行動してるみたい。」
「ナマエ、バックビークは覚えてるよね?」
頷く。
『ヒッポグリフ。』
「そう。元気そうだったよ。
それで…」
ロンはハリーを見た。
「スナッフルは犬の姿で色々調べてるみたいだった。
落ちている新聞を拾って集めたり。……
その中にクラウチの記事と、魔法省の魔女…バーサ・ジョーキンズが行方不明だって記事があった。」
「十一月以来、クラウチさんは公の場に出ていないみたいなの。でも家にもいないみたい。
病院側はコメント拒否、魔法省は病気を否定してるわ。」
「スナッフルはクラウチの事を知っているんだ。
病気で欠勤するような性格じゃないって言ってた。」
クラウチの話題になると、ハーマイオニーの声に熱がこもる。
その熱を遮断するように、ロンが素早くそう言った。
「だけどクィディッチ・ワールドカップの時、クラウチの席には、屋敷しもべのウィンキーが座っていた。
それに三校対抗試合の復活に力を入れていたらしいけど、それにもパッタリ来なくなった。」
『だけど、スネイプ先生の研究室に忍び込むのか。』
「昔クラウチには沢山支持者がいたんだ。」
呟くようにハリーが言った。脈絡がない話だ。
首を傾げる名前を見て、ハーマイオニーが素早く口を開く。
「今は『国際魔法協力部』に勤めているけど、昔は『魔法法執行部』の部長だったの。
強い魔法力があって闇の陣営に対抗していたんですって。ただそれと一緒に権力欲があった。これが問題だったのね。」
「ヴォルデモートに従う者へやり過ぎなくらい厳しい措置を取って、周りから支持を得るようになったんだ。」
「アズカバン送りになった人が大勢いるって言ってた。裁判も無しにだよ。ちょっとでも疑わしい人は『吸魂鬼』連れていかれた。スナッフルもその一人だって。」
『…世間が疑心暗鬼になっていた当時だから、支持する人がいたのか。』
「だからって許される行為じゃないわ。力を付けたクラウチさんは『闇祓い』に殺していい権力と『許されざる呪文』を使用する許可を与えたの。
これじゃどっちが正義か悪か分からないわ。」
『…それでも支持者がいた。』
「いたよ。たくさん。そう言ってた。」
「クラウチがどうしてスネイプの研究室に忍び込むのか…
大事なのはここからだよ、ナマエ。」
ロンが少し演技じみた声音で言った。
人差し指をチッチッと振って、ポーズも少し気取っている。
「クラウチの息子が捕まったんだ。
アズカバンを逃れた『死喰い人』の一味と一緒にね。」
『『死喰い人』だったのか。』
「それが分からないんだ。一応裁判にはかけられたみたいだけど、結局アズカバンに送られた。
見せしめみたいなもんだよ。」
「当時アズカバンにいたスナッフルと、クラウチさんの息子の独房が近かったんですって。
それでクラウチさんの息子がその後どうなったのか、スナッフルは顛末を知っているの。」
三人は顔を曇らせた。良い結果にはならなかったようだ。
「一年後に亡くなったって。間際にクラウチと奥さんが面会に来たけど、それっきり。遺体は引き取られなかった。
『吸魂鬼』が監獄の外に埋めたって。」
『…』
「奥さんも亡くなったの。息子の死に嘆き悲しんで。
…それで、息子と奥さんの死によって、クラウチさんの支持はがっくり落ち込んだ。世間が息子に同情したのね。
父親が家庭を放って置くのが悪いんだって。……」
「それでコーネリウス・ファッジが最高の地位についた。
クラウチは『死喰い人』を捕まえれば、また昔の支持を取り戻せると思って躍起になってるんだ。
だからスネイプの研究室に忍び込んだんだよ。」
『…』
クラウチが「死喰い人」を捕まえたい理由は分かった。
しかしそれがどうしてスネイプの研究室に忍び込む理由に繋がるのか。
名前は首を傾げる。
「ロン、スナッフルは否定してたでしょう。
調べたいならむしろ姿を現すって言ってたこと忘れたの?それに今は三校対抗試合の審査員っていう口実があるのよ。堂々と表に出てくればいいじゃない。
それからね、もしスネイプがヴォルデモートの為に働いていたら、ホグワーツで教鞭を執る事なんてダンブルドアが許すはずがないの。そう言ってたでしょ?」
「スナッフルはスネイプを信用してないよ。
スネイプは学校に入学したばかりで、七年生の大半より多くの『呪い』を知ってたんだ。それに『死喰い人』になったグループの一員だった。」
「でも『死喰い人』だって非難されてないわ。」
「ナマエ、スナッフルに『魔法薬』での出来事を聞いてみたんだ。
ほら、カルカロフがスネイプに腕を見せたでしょ?」
白熱する二人を置いておき、ハリーは名前を真っ直ぐ見つめた。
お互いに一歩も譲らないハーマイオニーとロンを尻目に、
勿論、と名前は深く頷く。
「スナッフルには分からなかったよ。
それと、ムーディとクラウチが、スネイプの研究室に入りたがる理由は…これはスナッフルの考えだけど。……
ムーディは誰も信用しないんじゃないかって。ホグワーツに来た時、教師全員の部屋を捜索する事くらいやりかねない事なんだって。
…クラウチは分からないけど。」
『…そのわりに、スネイプ先生にこだわっているみたいだ。』
「昔『死喰い人』のグループと一緒だったからじゃないかな。疑ってるのかも…。」
『…』
「スナッフルはロンに、パーシーにクラウチの事を聞くように頼んだんだ。パーシーはクラウチの秘書だからね。だから、明日の朝食の後手紙を出しに行く。
ついでのバーサ・ジョーキンズの手懸かりについても聞くつもりだよ。」
『行方不明の魔女。』
「うん。」
頷きつつ、ハリーはちらり、ハーマイオニーとロンを見た。
まだ何やら言い争っている。
ロンはよっぽどスネイプの事が気に入らないらしい。
ハーマイオニーはハーマイオニーで、教師に信頼を置いている。
「バグマンは記事で、バーサ・ジョーキンズが「忘れっぽい」事を強調しているんだ。
でも、スナッフルが言ってたけど、忘れっぽい人じゃなかったって。」
『…知ってるの。』
「うん。学生の頃だけどね。ゴシップが好きだったみたいで、ゴシップ関連の事はすごい記憶力だったって。でも口が軽かったのかな…よく問題を起こしてたらしいよ。
もし今もその性格が変わらないままだったら…魔法省で厄介者扱いになってる。
だからバグマンは、長い間探そうとしなかったんじゃないかって。」
『…』
三校対抗試合の審査員の一人であるバグマンは、ハリーを強く応援している人物だ。
いつも笑顔で気さくな雰囲気だが、意外な一面を知ってしまった。
人間とはよく分からないものだ。
「ああ!そうだ。
手紙を預かってたんだ。」
ハリーはハッと息を吸い込んで唐突にそう言うと、ポケットに手を突っ込んだ。
名前はそっと胸に手を置いた。声に驚いたようだ。
「はい。」
『ありがとう。』
「何て書いてあるんだい?」
いつの間にやらロンとハーマイオニーがこちらを見ている。
ハリーの声で我に返ったのかもしれない。
ハリーから渡された手紙は四つ折りにされていた。
掌に収まるそのサイズは、手紙というよりはメモのようだ。
少し黄ばんだ紙を丁寧に広げ、名前は内容を読み上げる。
『ナマエへ…
…ホットサンドやブラウニー、いただいたよ。
ハリー達から私の為に作ってくれたと聞いた。ありがとう。…
けれど、時間を切り詰めてまでやらなくてもいい。…
私の為に何かしてくれるのは嬉しいが、ムーディとの訓練を優先させなさい。
…訓練では疲弊するだろうから、休息も忘れず取るように。
君のご両親が亡くなったのは残念でならない。
しかしその事実がある以上、警戒を怠ってはいけないよ。…
おそらく偶然ではないのだからね。
君自身に変わった事はないかな。君の周囲はどうだろうか。…
何かあったら連絡しなさい。どんな些細な事でもいい。相談に応じよう。…
スナッフルより。』
名前の所に肉球が押してある。
わざわざ犬の姿になってスタンプしたようだ。
名前の脳裏に黒い犬の姿が浮かんだ。
「スナッフルはナマエの事を心配していたよ。ハリーの事も勿論だけど。
二人とも心配されてばかりだね。」
「ハリーの名付け親で、ナマエは命の恩人のようなものだもの。心配するのは当然ね。」
「皆「警戒を怠るな」って言うんだから…。」
『…』
うんざりといった顔で、ハリーは深い溜め息を吐き出した。
それから広げた手紙を丁寧に折り畳み、大事そうにポケットにしまう名前を見た。
「ナマエは特訓しているよ。僕の方は何にも…、
ゴブレットに名前を入れられたけど…
でも、他には無いじゃないか。試練の毎に呪文を覚えて、むしろ前よりずっと強くなったと思うよ。
警戒しろとか油断するなとか、じゃあ一体僕らはどう振る舞えばいいんだい?」
「アー…うーん。」
「心構えの問題よ。」
「心構え?僕はしているつもりだよ。試練は危険なものだからね、嫌でもしている。
ねえ、もっと具体的なアドバイスは無いの?」
苛々とした口調でハリーは問い詰めた。
その勢いに、ハーマイオニーは言葉を詰まらせている。
周りにいる大人達は「警戒を怠るな」「油断するな」と、ハリーと名前に言う。
不安なのかもしれない。いい加減同じ言葉を聞くのが嫌になったのかもしれない。
けれど八つ当たり気味なのは確かで、ロンはハリーとハーマイオニーの顔を交互に見比べた。
そしてどうしてよいか分からない顔で、縋るように名前を見た。
『…』
「…」
『…』
「(ナマエーーーっ)」
名前は暖炉の火を見詰めていた。
まったりしているようにも見えるその姿に、ロンは心中で叫んだ。勿論誰の耳にも悲鳴は届かない。
ここで口下手の名前に助けを求める辺り、ロンの取り乱し具合がよく分かる。
こんな些細な事で事態がもつれるとは思いもしなかったのだ。
いつもは事態をもつれさせる側のロン。
今は自分の事は棚に上げ、念を込めて名前の横顔をじっと見詰めた。
『…ムーディ先生みたいにすればいいんじゃないか。』
やがて思いが通じたのか。単に名前が考えを巡らせていただけなのか。
分からないが、名前は呟くようにそう言った。
「…」
「…」
「…」
暖炉の薪が燃える、パチパチという音がするだけの静かな部屋に、
名前の呟きははっきり三人の耳に届いた。
三人は一斉に名前を見た。
(ロンは元々見ていたが、ますます凝視した)
そして何を思ったのか、一斉に顔を曇らせた。
「……
ムーディみたいに…」
『ああ。』
ハリーがおうむ返しに呟くと、名前は暖炉からハリーに目を移して、コクと頷く。
『どう振る舞えばいいのか分からないなら、一番それに近い人を参考に真似してみればいいと思う。』
相変わらずの無表情で、抑揚の無い声で淡々と話す。
けれど三人の目には、どこか自信ありげに映った。
「やめよう。」
ロンがキッパリ言った。
『…どうして。』
どこか残念そうである。
「いや、ムーディみたいなナマエとかハリーは、ちょっと……
あの、心構えはしているんだし、それを続ければ良いんじゃないかな?警戒を怠るなって、そういうことだよ、多分。」
本音が漏れかけて、ロンは慌てて言い直した。
殆ど焦りからくる出任せであったが、ハーマイオニーが同意するように大きく頷く。
ロンはホッと安堵の息を吐いた。
「そうね。きっと警戒を怠らないようにって、今の状態を継続しなさいという意味なのよ。
それに私とロンはも気を付けているもの。十分とまではいかないでしょうけど、やれることはやっているわ。」
「…そうだね。そうだよね。……
ごめん、ハーマイオニー。」
「気にしないで、ハリー。ただ、私、心配なだけなの。」
「うん。分かってるよ。」
『…』
こうして事態は直ぐに収束した。
名前の(彼らにとっては)爆弾とも言える発言が、瞬時に周囲を冷静にさせたのだ。
口下手な名前だが、その言葉はごく稀に混乱を抑える事がある。
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