17.-2






第二の課題が終えると、すぐに三月に入る。
天気が様変わりするわけでもないが、晴れる時間が増えたように感じられた。
気温は相変わらずの低かったし、風も変わらず冷たかったが。

毎年の事だがこの時期になると風が強まる。
郵便物を運ぶ梟達にとって、辛い季節がやって来たといってもいいだろう。
第二の課題日直前に、シリウスに宛てた手紙の返事は、朝食の時にやっと戻ってきた。
ネスも一緒だ。





『……』





ネスは名前の肩に。
茶モリフクロウはハリーの肩に。
それぞれ舞い降りる。

異様な姿を名前はじっと見つめる。
いつもは揃った羽毛が、寝癖のように彼方此方好き勝手にはねている。
ネスも茶モリフクロウもだ。
ネスは配達に出ているわけではない。食事の為に外出している。
地上でも風が強いのだ。上空はよっぽど風が強いのだろう。
食事をするのも一苦労のようだ。





『……』





はねた羽を撫で付ける名前の隣、ハリーがシリウスの手紙を外している。
途端、茶モリフクロウは飛び去った。
配達に出されたくないのだろう。





「ホグズミードから出る道に、柵が立っている……ダービッシュ・アンド・バングズ店を過ぎたところだ……
土曜日の午後二時に、そこにいること。食べ物を持てるだけ持ってきてくれ。……だって。」



「まさかホグズミードに帰ってきたんじゃないだろうな?」




小さな声でハリーが読んで聞かせた。
ソーセージを刺したフォークを口元まで持ってきて、ロンは驚いたようにハリーを見た。
対してハーマイオニーは落ち着いていて、スクランブルエッグを皿に取り分けている最中である。





「帰ってきたみたいじゃない?」



「そんなバカな。

捕まったらどうするつもり……」



「これまでは大丈夫だったみたいだ。
それに、 あそこはもう、吸魂鬼がウジャウジャというわけじゃないし。」





不安がるハリーを、ロンは静めようとしている。
手紙を丁寧に折り畳みながら、ハリーは考え事をしている様子で、安心させようと前向きな話をするロンの声は耳に入っていない。

しかしハリーは、シリウスに会いたくないわけではない。
不安そうな顔をしながらも、ハリーはいつもよりむしろ笑顔が増えた。

普段なら渋い顔をする「魔法薬」への道程も、今回は笑顔とまではいかなくても微笑みくらいは見せる。





『…』





「魔法薬」の教室が見える辺りまで来ると、教室のドアの前に数人の生徒が屯しているのに気付いた。
スリザリンの生徒だ。

顔が分かる程度まで近付くと、マルフォイ、クラッブ、ゴイルの三人―――こちらはいつもの三人だ。
それとパンジー・パーキンソン率いる数人の女子グループが一緒になって、手元の何かを皆で見ていた。
クスクスという忍び笑いが廊下に響いて、名前達の耳まで届く。

名前達が近付くと、パンジーは顔を上げる。
それまで笑みを湛えていたパンジーは、名前達を見て、更に笑みを深くさせた。





「来た、来た!」





何がおかしいのか、パンジーは殊更クスクス笑う。
スリザリン生で出来た人集りが、サッと両脇に分かれた。

パンジーが数歩前に出る。
その手には雑誌が握られていた。
表紙のタイトルは「週刊魔女」だ。

病院の待合室なんかで母親が時折、似たような雰囲気の雑誌を読んでいた所は見たことがある。
しかし名前はこういった類いの雑誌を読んだ事がない為、どんな内容なのか分からない。
(表紙の魔女がスポンジケーキを指しているから、レシピ集だろうか……と、想像力を働かせるくらいである)





「あなたの関心がありそうな記事が載ってるわよ、グレンジャー!」





雑誌を見詰めて想像力を働かせていた名前を余所に、パンジーはハーマイオニーに向かって雑誌を放り投げた。

条件反射だろう。
名前はつい手が伸びて、空中の雑誌をサッと取る。
それからちょっと申し訳なさそうに、驚いた顔をしたハーマイオニーに雑誌を手渡した。

ハーマイオニーに向けて投げ渡されたのだか
ら、名前が受け取る理由は無いのだ。





「授業だ。入れ。」





地下牢のドアが開いた。
スネイプの指示により、その場は解散となる。

教室に入った生徒達は思い思いの席に座り、教科書や羊皮紙を机に広げる。
名前達はいつものように教室の一番後ろの席へ座った。
壁側に名前、ハリー、ロン、ハーマイオニーの順だ。これは時々変わる。
(例えば、ロンとハーマイオニーが喧嘩した時などは名前が間に入る)

生徒が皆席に着いたのを確認して、スネイプは黒板に今回使用する材料を書き始めた。





『…』





黒板に書かれた材料を、名前は黙々と羊皮紙に書き出す。
隣に座るハリーは書きながらも、何やらロンの方をチラチラ見ていた。
正確にはハーマイオニーの方を、だが。
スネイプが黒板に向いている事を良いことに、ハーマイオニーは机の下で雑誌を捲っているらしい。





『……』





ハリーとロンが雑誌を覗き込んでいる。
その様子を横目で確認し、黒板へ視線を戻す。
「雑誌の内容は気になるけど、後でいいか」
そう判断したのか、名前は書く作業に戻った。

後に名前が知る記事の内容は、
ハリー、ハーマイオニー、クラムの三人の事だ。
ページにはハリーのカラー写真の下に、短い記事が載り、「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み」と題がある。

著者はリータ・スキーター。
またしても彼女の登場である。
記事は何故かハーマイオニーを取り合う恋の話で、ハーマイオニーをことごとく蔑むもの。
要約するとこんな内容だ。





「だから言ったじゃないか!
リータ・スキーターに構うなって、そう言ったろう!あいつ、君の事を、何て言うか―――緋色のおべべ扱いだ!」



「緋色のおべべ?」



「ママがそう呼ぶんだ。その手の女の人を。」





ハーマイオニーとロンの会話が微かに聞こえた。
名前は黒板からスネイプに視線を移す。
会話に気付いている様子は無い。





「精々この程度なら、リータも衰えたものね。
馬鹿馬鹿しいの一言だわ。」





「緋色のおべべ」発言に笑いが引っ込まないらしい。
忍び笑いをしながら、ハーマイオニーは隣の空いた椅子に雑誌を置いた。
それからスリザリンの方を見る。

スリザリン生は皆、ハリーとハーマイオニーをチラチラ見ていた。
雑誌を読んだリアクションを心待ちにしているのだ。

シニカルな笑いを浮かべ、ハーマイオニーは軽く手を振って見せた。





『……』





黒板に材料が書き終えると、各々机の上に材料と道具を準備する。

準備する名前の横で、ハリー、ロン、ハーマイオニーも準備する。
雑誌を読みながら話をし、材料を書き出し準備する。
同時にやってのけるので器用な事である。

材料を準備した者から順に「頭冴え薬」の調合に入った。





『…』





タマオシコガネを乳鉢に入れて、乳棒で潰す。
トントンという音が教室のそこかしこで鳴り始めた。

スネイプが生徒を見回り、教室内をゆっくり移動する。

黙々と潰し、十分ほど経った頃。
スネイプが離れたのを確認してから、ハーマイオニーは手を休めて口を開いた。







「だけど、ちょっと変だわね。
リータ・スキーターはどうして知ってたのかしら……?」



「何を?
君、まさか『愛の妙薬』調合してなかったろうな。」



「バカ言わないで。
違うわよ。ただ……夏休みに来てくれって 、ビクトールが私に言った事、どうして知ってるのかしら?」



「えーっ?」





どうやら記事は出鱈目ばかりではないようだ。
少し恥じらうようなハーマイオニーの声が、記事が真実である事を物語っている。

ロンが乳棒を取り落とす音が聞こえた。
名前は反射的にスネイプを確認する。

教壇近くにいたスネイプは辺りを目だけで見回している。
聞こえていたのだ。不審がっている。
まだ気付かれてはいないが、これ以上目立つ事をすれば容易に見つかる。





『……』



「湖から引き上げてくれたすぐ後にそう言ったの。」





隣にいたハリーのローブを、机の下で引っ張ってみる。
しかし全く気付かない。
ハーマイオニーの話に意識が集中している。





「鮫頭を取った後に。マダム・ポンフリーが私達に毛布をくれて、
それからビクトールが、審査員に聞こえないように、私をちょっと脇に引っ張っていって、それで言ったの。
夏休みに特に計画がないなら、よかったら来ないかって―――」



「それで、何て答えたんだ?」





乳棒を拾い上げたロンが、ハーマイオニーを見たまま作業を再開する。
乳鉢ではなく机を擦っている。
異端なゴリゴリという音と振動が伝わってきた。

スネイプの視線がこちらに近付きつつある。

名前はもう一度ハリーのローブを引っ張った。
やはり反応が無い。





「そして、確かに言ったわよ。こんな気持ちを他の人に感じた事はないって。」




恥じらう声が聞こえるのと同時に、スネイプがハーマイオニーを見た。
スッと目が細められる。
唇が動いた所を目撃したのだ。
教壇から下り、ゆっくりこちらに近付いてくる。





「だけど、リータ・スキーターはどうやってあの人の言う事を聞いたのかしら?あそこにはいなかったし……
それともいたのかしら?透明マントを本当に持っているのかもしれない。
第二の課題を見るのに、こっそり校庭に 忍び込んだのかもしれない……。」



「それで、何て答えたんだ?」





ゴリゴリという机を擦る音から、ゴンゴンと叩く音に変わった。
生徒が何人か振り返ってこちらを見ている。
もう手遅れだ。
名前はハリーのローブから手を離した。

スネイプは壁側の名前の方から、ハリー達の後ろへ回り込んだ。
真っ黒いマントが視界の端で翻る。





「それに、私、あなたやハリーが無事かどうか見る方が忙しくて、とても―――」





「君の個人生活のお話は、確かに目眩くものではあるが、
Ms.グレンジャー。」





背後に回った事を知っていたのに、名前は肩を揺らした。

低い声が更に低くなっている。
ゆっくりと紡がれる言葉が恐ろしい。





「我輩の授業では、そういう話は御遠慮願いたいですな。
グリフィンドール、十点減点。」





教室内のそこかしこで鳴っていた、タマオシコガネを潰すトントンという音が、今はしない。
皆手を止めて名前達の方を振り返って見ていた。

マルフォイが胸元のバッジを見せ付けてくる。
「汚いぞ、ポッター」の文字が点滅していた。





「ふむ……その上、机の下で雑誌を読んでいたな?」





椅子の上に置いた「週刊魔女」を見付けたようだ。
取り上げて、パラパラと捲っている。





「グリフィンドール、もう十点減点……
ふむ、しかし成程……」





嫌な予感が沸々とわいてくる。
取り上げて授業に戻れば良いものの、何故今日に限って読んでしまったのか。





「ポッターは自分の記事を読むのに忙しいようだな……」





嫌な予感は的中した。
教室内にスリザリン生のものと思われる忍び笑いが響く。

ハーマイオニーの側にあった雑誌だというのに、ハリーだと決めつける辺りがスネイプらしい。





「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み……
おう、おう、ポッター、今度は何の病気かね?他の少年とは違う。そうかもしれない……」





ねっとりと絡み付く声でスネイプが記事を読み上げる。
スリザリン生徒の忍び笑いが笑い声に変わり、スネイプは気を良くした。
普段ならへの字に曲がった唇が、珍しく弧を描いている。
よっぽどこの状況が楽しいらしい。

笑いながらも眉間の皺は刻まれたままなのが何とも器用である。
もう癖になって取れないのだろう。

記事を朗読するスネイプを―――
正確にはスネイプの眉間の皺を、名前は横目でチラチラ見ている。





「……ハリーの応援団としては、次にはもっと相応しい相手に心 を捧げることを、願うばかりである。
感動的ではないか。」





今やスリザリン生の笑い声は大爆笑に変わっていた。
雑誌を閉じて丸めつつ、スネイプは鼻で笑う。





「さて、三人を別々に座らせた方が良さそうだ。縺れた恋愛関係より、魔法薬の方に集中できるようにな。
ウィーズリー、ここに残れ。Ms.グレンジャー、こっちへ。Ms.パーキンソンの横に。
ポッター―――我輩の机の前のテーブルへ。
移動だ。さあ。」






ハリーが黙って席を移動する用意をする。
怒りでだろう。微かに手が震えていた。
材料や鞄を詰めた大鍋を引き摺り、ハリーは教室の一番前の席に向かっていく。
その姿を横目で見つつ、スネイプに視線を滑らせる。

名前の名前が呼ばれなかったのは意外だった。
四人一緒に行動しているのは把握しているだろうに。

確かに名前はハリー達と話をしていたわけではないが、スネイプの事だ。
いくらでも理由は付けられる。それが本当ではなくても。
だからこそ、意外だった。





『…』





大鍋を引き摺るハリーの後を、スネイプが付いていく。
黒いマントが翻る。

瞬間、チラリ。
視線が合った。

数秒に満たない出来事で、瞬いた間に、スネイプは教壇に向かっていた。





「…」



『…』





椅子を一つ分空けた席にいたロンと目が合った。
ロンは驚いたように目を見開いていて、やがて肩をすくめる。
名前も訳がわからない。
首を傾げ、作業を再開した。





『…』





手を休めずに、チラリ、名前はハリーを盗み見る。
ここからではハリーの背中しか見えないが、俯いて作業に没頭しているようだった。
その前にスネイプが座っている。
片時もハリーから目を離さず、唇が小さく動いていた。
何か話し掛けているらしい。
二人の関係と相性を考えると、決して良い話ではないだろう。





『…』





そっと、周りに視線を滑らせる。
誰もが作業に没頭していて、ハリーとスネイプの事など気にしていない。
二人の近くにいる生徒ですら、聞き耳を立てている様子がない。
この静かな教室で、スネイプはよっぽど小さな声で話し掛けているらしい。





『…』





再び、二人に視線を戻す。
スネイプはずっとハリーに話し掛けている様子だ。
だんだん眉間の皺が深くなっていく。
不意に、スネイプの手がマントの懐を探った。
そして小さなクリスタルの瓶を摘まむようにして取り出すと、ハリーに見せ付けるかの如くゆるく瓶を傾けた。





『(何だろう)』





中身は透明の液体だ。
水のように見えるが、まさか水なわけが無い。
スネイプの事だ。
何かは分からないが、瓶の中身でハリーを脅しているのだろう。
まさか今ここで何かを仕出かす訳が無いが、最悪の事態を想像してしまうほど、スネイプは怒っているようだった。
少なくとも、名前の目にはそう見える。





―――コンコン





一瞬、何の音かは分からなかった。
瞬時に理解する。地下牢教室の戸を、誰かがノックしたのだ。
スネイプがハリーから視線を外し、顔を上げる。
名前は素早く顔を伏せた。
教室の生徒は作業を止めて、音のした方を振り向いているようだった。





「入れ。」






了承とほぼ同時にドアが開いた。
来訪者は忙しない足音を立てて、真っ直ぐスネイプの元へ向かっていく。

顔を上げて、来訪者の背中を見た。
あまり見覚えがないシルエットだ。





『…』





来訪者を見るスネイプの表情は、どことなく苛立っているように見えた。
普段からそんな顔なので、本当のところは分からないが。

来訪者はスネイプの前に立つと、何やら話し掛けたらしい。
スネイプの唇が微かに動いた。
それから視線が外され、スネイプは再びハリーを監視の如く見続ける。
それっきり見もしない。





『(…)』





来訪者が動いた。顔が見える。
カルカロフだ。
スネイプの周りを彷徨きはするが、側を離れようとしない。

授業中に駆け込んでまで、一体何の用事があるというのか。
その表情は複雑なものだった。
焦り、苛立ち、不安、…様々な感情が滲み出ている。

何か良くない知らせだろうか。
それにしては、スネイプは落ち着いている。





『…』





カルカロフと目が合った。
名前は自然な動作で顔を伏せる。
そのまま作業を再開した。

二時限続きの授業中、ドアの開閉音はしなかった。
つまりカルカロフずっと教室内にいたのだ。

人間慣れというものがある。
最初の方こそ気になっていた忙しない足音は、終業ベルが鳴る頃には気にならなくなっていた。





『手伝う。』



「あ―――うん。
ありがとう、ナマエ。」






終業ベルが鳴る少し前、ハリーはアルマジロの胆汁を床に溢した。
わざとだ。大鍋の陰に屈む口実を作ったのである。

ベルが鳴った今、生徒達が次々外へ出ていく。
教室に残ったスネイプとカルカロフがどんな話をするのか、盗み聞きする計画だ。

しかし、そんなことは知る由もない。
すっかり片付け終えた名前は、ハリーが瓶を引っくり返す場面をバッチリ見ていた。
だからドアに向かう生徒達をすり抜けて、ハリーの掃除を手伝いに来たのだ。





『掃除道具を取ってくる。』



「あ、いいよ。拭くだけで。布巾持ってるし、平気。」



『そうか。』





他の生徒がガヤガヤとドアに向かっている時、ハリーは床を拭いていた。
ハリーに倣い、名前も黙々と床を拭く。

大した汚れではない。
二人がかりでは、すぐに終わってしまう。

スネイプとカルカロフの話を聞きたいのに、これではハリーの計画は水の泡だ。





「何がそんなに緊急なんだ?」





スネイプの潜めた声が、二人の耳に届いた。
名前の几帳面さが結果として効果があったらしい。

ハリーが顔を上げて名前を見た。
スネイプとカルカロフの方に目を遣って、また名前を見る。
それからハリーは大鍋の端に寄って、指先で大鍋の反対の端を指す。
その指先を、スネイプとカルカロフの方へ示した。

大鍋の陰に隠れて覗こうと言うのだ。





「これだ。」





カルカロフの声が聞こえた。
次いで、何やら衣擦れの音がする。

迷う時間は無い。
そっと、覗き見た。





「どうだ?」





唇を動かさないように言って、カルカロフはスネイプの反応を窺っている。

ローブを左袖を捲り上げ、左腕の内側を見せ付けながら。





『…』





名前の目は微かに見開かれた。
それは一瞬で元に戻り、今度は唇が真一文字に引き結ばれる。





「見たか?こんなにはっきりしたのは初めてだ。あれ以来―――」



「しまえ!」





スネイプが唸るように怒鳴る。
教室内をサッと睨み付けた。

ハリーに襟首を後ろに引っ張られ、名前はギリギリ睨まれる事を免れる。





「君も気付いているはずだ―――」



「後で話そう、カルカロフ。

ポッター!ミョウジ!何をしているんだ?」



「アルマジロの胆汁を拭き取っています、先生。
ナマエは手伝ってくれただけです。」





今の流れからして殆ど八つ当たりのような怒鳴り声だ。
ハリーは何事も無かったかのように(固まる名前の襟首を掴みながら)立ち上がって、汚れた雑巾をスネイプに見せた。

人がいるとは思わなかったらしいカルカロフは、スネイプの言葉に従い教室を出ていく。
その表情は変わらず複雑なものだった。
焦り、苛立ち、不安…負の感情が入り交じっていた。





『…』





不機嫌を通り越して、今や怒り心頭のスネイプは、見るも恐ろしい雰囲気だ。
ハリーが素早く荷物を纏めるのを見つめ、名前は頑なに視線を外さない。

これまでに無い早さで片付けたハリーは、名前の腕を引っ張って教室を出た。
走るように出てきた二人は、階段の途中までやって来て、やっと歩調を緩めた。

チラリ。ハリーは後方を確認して、それから名前を見る。




「ナマエ、手伝ってくれたのは有難いんだけど、瓶を引っくり返したのはわざとだったんだよ。
僕は、スネイプとカルカロフの話が聞きたかったんだ。」



『…ごめん。』



「いや、いいんだ。話は聞けたからね。」





鞄を肩にかけ直して、ハリーは考えるふうに顔を伏せた。





「ねえ、カルカロフが左腕をスネイプに見せたの、見た?」



『…』
頷く。



「一体何を見せたんだろう。二人してあんなに取り乱してたんだ、きっと重要な事だよね。」





ハリーは自分の左腕をじっと見詰める。
名前はハリーの旋毛あたりを見詰めた。





『そうだな。きっと、大事なことだろう。』



「ロンとハーマイオニーにも話さなくちゃ。もしかしたら、何か分かるかもしれない。」



『ああ。』






頭を悩ませるハリーを隣。
名前も同じく頭を悩ませている。

左腕―――正確には、左腕の手首辺り、だろうか。
カルカロフが左腕を見せた時、瞬間的に記憶が過ったのだ。

スネイプとカルカロフ。
名前と父親。

二人を介して、かつての自分を見た気がした。





『…』





蒸し暑い夏の夜。
蝉が鳴いていた。

夕涼みで軒先に座っていた所、隣に座っていた父親は左袖を捲った。
年中長袖の父親が肌を露出させるのは珍しい事だった。

月明かりの下で見せたのだ。
父親の左腕に、うっすらと蛇と髑髏の印が刻まれていた。

いわゆる闇の印。
死喰い人の印。
ヴォルデモートの仲間である印。





『…』





―――見たか?こんなにはっきりしたのは初めてだ。あれ以来

カルカロフの声が甦る。

もしも闇の印なのだとしたら。
「はっきり」するのには、どういう意味があるのか。
(父親の腕にあった印は薄まっていた)
「あれ以来」とは、いつの話をしているのか。
(闇の印が濃く浮き出るような出来事があったのか)





『(クィディッチ・ワールドカップの時、死喰い人が騒ぎを起こした。その時に『闇の印』が空に現れた…)』





それとも自身の父親が殺害された事がきっかけだろうか。
闇の印を目撃してはいないが。

持っている情報から思い付く理由はその二つくらいだ。

闇の印がはっきりする―――
こちらは嫌な予感がひしひしとする。





『(…ヴォルデモートの力が取り戻されつつある)』





―――君も気付いているはずだ
まるで「スネイプが気付かないはずがない」と言いたげだった。

確かにスネイプは鋭い勘の持ち主だ。

けれどカルカロフの、スネイプを見る目付きは、口振りは、





『(同士のようだった)』





まさか、そんなはずはない。

言い出せるはずがない。
ただの想像に過ぎない。

名前は唇を真一文字に引き結ぶ。

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