16.-2







『少し何か口にした方がいい。』



「食欲が無いんだ。」



『スープはどう。』



「うん。ありがとう、ナマエ。」





何も策が得られないまま課題日が二日後に迫り、ハリーの顔色は悪くなり始めた。
こうなると授業や食事所ではない。

スープを勧めたが、ハリーはスプーンを弄んだまま手を付けようとしなかった。





「ハリー、あれ。」





ロンが空中を指差した。手紙や新聞を持った梟達が、大広間の上方を飛び交っている。
その中から二羽、ネスとシリウスに送った茶モリフクロウが、こちらに向かって飛んできた。

ネスはふわりと名前の肩に舞い降りる。
ハリーは破りそうな勢いで手紙を取り、素早く開く。
ハーマイオニーが隣から覗き込んだ。





「来週の週末よ。
ほら―――私の羽根ペン使って、この梟ですぐ返事を出しなさいよ。」



「何て書いてあったの?」



「次のホグズミード行きの日を知らせてくれですって。」






向かい側に座るロンと名前には見えない内容だった。
シリウスの手紙の裏に走り書きするハリーを、ロンは少し目を丸くさせて見つめる。
意外な内容だった。





「次のホグズミード行きの事、シリウスはどうして知りたいのかな?」



「さあ。」





ハリーの声は暗かった。

脚に手紙を結び付けた茶モリフクロウが飛び立つ。
ネスは名前の肩に残り、羽繕いを始めた。





「行こうか……『魔法生物飼育学』に。」





少し前から、ハグリッドが仕事に復帰していた。
ダンブルドアとハリー達の後押しがあり、復帰する勇気を持ったのだ。

それから授業では、あれほど熱心に教えていた「尻尾爆発スクリュート」ではなく、グラブリー-プランクが教えていた一角獣の授業が引き継がれていた。
グラブリー-プランクに負けず劣らず、ハグリッドは一角獣に詳しい。





「大人より見付けやすいぞ。」





スリザリンの生徒ですら、黙ってハグリッドの説明に耳を傾けていた。
どうやって捕らえたのか分からないが、一角獣の赤ちゃんが二頭、生徒達の目の前にいる。
女子生徒は特に興奮した面持ちだ。

赤ちゃんは大人より一回り、二回り小さいかもしれない。
金色の毛並みが輝いている。





「二歳ぐれえになると、銀色になるんだ。そんでもって、四歳ぐれえで角が生えるな。すっかり大人になって、七歳ぐれえになるまでは、真っ白にはならねえ。
赤ん坊の時は、少しばっかり人懐っこいな……男の子でもあんまり嫌がらねえ……
ほい、ちょっくら近くに来いや。撫でたければ撫でてええぞ。……この砂糖を少しやるとええ……。」





ハグリッドから砂糖を受け取った生徒から順に、一角獣の赤ちゃんに向かっていく。

生徒の群れに突撃する根性がない名前は、少し離れてその光景を眺めた。





『…』





ハグリッドが生徒達から離れて、ハリーの方へ歩いていく。
ハリーは一角獣を撫でるような心境ではないのだろう。群れから離れた所で立ち尽くしていた。





『…』





二人は言葉を交わした。元気付けるつもりだったのかもしれない。
明るい表情のハグリッドに対し、ハリーは無理矢理作った笑顔を見せた。
それから逃げるようにして、一角獣の赤ちゃんの方へ向かっていった。















「ミョウジ、こっちへ来い。」



『…はい。』





ムーディの低い声に、名前は杖を振るのを止めた。
蝋燭の明かりに照らされた顔は、いつもより一層恐ろしい。

睨み付けるような視線に心臓が縮み上がる。
耐えつつ、名前はムーディの前に立った。

ムーディは椅子に座ったまま名前を見上げる。
こちらは見下しているというのに、この圧力は何なのだろう。





『…』



「集中力が無い。」





相変わらずの無表情で、名前は嫌な汗をかいた。

問題は解決されないまま、第二の課題は明日に迫る。
名前が今こうして特訓を受けている間も、ハリー達は図書館で呪文を探しているのだ。
特訓を受けなければならないとはいえ、気になることは気になる。

言い訳にしかならない。
名前は指導を志願した身だ。





「ポッターが気になるか?」
ばっちり見抜かれている。



『すみません…。』
謝るしかない。



「心配する気持ちは分かるが、今は特訓に集中しろ。
そんな腑抜けた頭では呪文など使いこなせんぞ。怪我をしたらどうする…
……」





不自然に言葉が切れた。

ムーディは口を開きかけたまま、じっと名前を見つめた。





『……』



「…」





不意にムーディの手が動く。
杖を支える反対の手が、懐を探った。

現れたのは杖だった。
名前の顔に突き付けられる。





『……
ムーディ先生。』



「動くな、ミョウジ。」





視界が白に染まった。光だ。
眩しさに目が眩む。





「…そのまま少し屈め。」





訳も分からず、言われるがままに腰を折る。






「ふむ……」





少しずつ光に慣れたら目が、逆光の奥で真剣な顔をしたムーディを捉える。

ムーディは杖に明かりを灯したまま、杖先で名前の前髪を避けた。





「また寝不足か、ミョウジ。」



『…』



「薄いが隈が出来ている。」





聞き覚えのある台詞だ。
前回と同じ事を繰り返している。

支えの杖から手が離れ、名前の下瞼に触れた。
ガサガサした固い指だ。






「…貧血だな。手はどうだ、見せてみろ…。」



『はい。…』





片手を差し出すと、ムーディは包み込むようにしてその手を見る。
爪の色を見たり、掌を握ったり、脈に触れたりした。





「気分は悪くないか?」



『…そこまで悪くないです。』



「そこまで、とは?何だ?ミョウジ。」



『…頭がボーッとする時があります。』



「そりゃ誰でもある。」






手を離し、注意深く名前の顔を見た。
「魔法の目」がぐるりと回る。





「先程も言ったが、寝不足か。眠れておらんのか?」



『眠れてはいます。』



「また心配事か?」



『…はい。』



「薬はどうした。使っておらんのか。」



『使っています。』



「ミョウジ、それは確かだな?」



『はい。…』





コクリ。頷きと共に返事をする。
ムーディは鼻から息を吐き出して腕を組んだ。

杖から明かりが消えて、蝋燭の炎だけが辺りを照らす。
訪れた薄闇。
何度か瞬きを繰り返して、目が慣れるのを待った。





「今の薬は効かんという事か…。いつからだ?」



『…』





薬が効かなくなり始めたのはいつか―――。
腕組みをしたムーディの指先が、トントンと自身の腕を叩いている。
その動きを見つめながら、名前は記憶を探る。





『よく覚えていません。』



「ここ数日の話ではないのか。」



『二週間…一ヶ月、くらい…』



「いや、もういい。」





いよいよ首を捻り出す名前に、ムーディは素早くストップをかけた。





「何故今まで黙っていた。」



『…自然に元通りになると考えました。』



「ほう。で、元通りにはならなかったようだな。」



『…』



「阿呆が。記憶が曖昧になるまで放っておくな。」



『…すみません。……』






深い溜め息を吐く。
組んでいた腕を解き、ゆっくりと立ち上がる。

こちらに目を遣った。
呆れや心配が入り交じった表情だ。





「少し待っていろ…」



『…はい。』





義足を引き摺りつつ、ゆっくり歩く。
向かった先はムーディの机だ。

引き出しを開けて何かを探している。





『……』





丸まったムーディの背中を見つめながら、名前は考えているようだった。

熟睡出来ているわけではないが、眠れてはいる。
以前の状態と比べてみれば異常だ。けれど大変な事ではない。
そう捉えていたが、間違いだったようだ。

実際ムーディに心配させてしまった。





「さあ、これを持っていけ。」



『…眠る為の薬ですか。』



「ああ。そうだとも。」





手渡された小瓶には、薄いオレンジ色をした液体が入っていた。
水のようにサラサラしている。





「以前の物より少々強い薬ではあるがな。使い方は同じだ。
量に気を付けて使え。間違っても一滴以上は使うんじゃないぞ。」



『はい。…有り難うございます。』





ムーディは名前の背中に手を回した。
押して、部屋を出る。





「さあ、今夜はもう寮に戻れ。明日は第二の課題がある。
ミョウジ、勿論観に行くのだろう?」






月明かりのみが照らす教室を歩く。
ムーディの足並みに合わせたもので、歩みはゆっくりだ。

名前のローファーが床板を蹴る音。
ムーディの杖が床板を叩く音、義足を引き摺る音。
両者のローブが触れ合う衣擦れの音。

それら微かな音が、がらんどうの静かな教室によく響いた。





『はい。』



「真っ直ぐベッドに行って、しっかり眠れ。ポッターに力を貸したいだろうが、今のお前の状態では無理だ。」



『……今夜だけなら、』



「駄目だ、眠れ。いいか。よく聞け、ミョウジ。
確かにポッターは危機にあるかもしれんが、グレンジャーやウィーズリーが付いている。
ポッター自身にも力がある。その力を信じるのだ。
それにお前は命を狙われている身だ。いついかなる時も神経を研ぎ澄まし、万全の状態でなければならん。」



『…』



「真っ直ぐベッドに行け。分かったな?」



『……はい。』



「良い子だ。」





ドアを開いて廊下に出る。
ムーディの手が背中から離れて、鷲掴むように頭に触れた。
直ぐに離れていく手を、名前はじっと目で追う。

出会った頃に比べて、ムーディはスキンシップが激しくなった。
本来ムーディはスキンシップの激しい方なのかもしれない。





『お休みなさい、ムーディ先生。』



「ああ、お休み。
寝坊するんじゃないぞ、ミョウジ。」



『気を付けます。』





軽く頭を下げてから、寮に向かって歩き始める。
曲がり角で振り返ると、ムーディはまだ教室のドアの前に立っていた。
「早く帰れ」とでも言いたげに、手でしっしと追い払われる。
もう一度軽く頭を下げて、名前は今度こそ寮に向かう。

今頃ハリー達は図書館で呪文を探しているのだろう。
手伝いたい気持ちを振り切り、ムーディの言葉に従う事にする。





『……』





談話室にハリー達の姿は無かった。
寝室にもいない。まだ図書館にいるようだ。





『ネス。』





寝室の窓辺にネスがいた。
名前を呼ぶと飛んできて、肩に舞い降りる。
柔らかな羽毛が頬を撫でた。





『……』





うまく事が運ぶのを祈るしかない。

寝間着に着替えた名前はベッドに横たわり、薬を一滴飲み込んだ。

たちまち眠気が訪れる。
不安も心配事も忘れてしまうような強烈な眠気だ。
目を閉じれば、あっという間に意識が無くなった。

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