15.-1


















目を閉じていれば、そのうち眠れるだろう。

しかし一向に眠気は訪れなかった。

何度も寝返りを打っては寝ようと試みたが、ただただ時間だけが過ぎていく。





『…』





遠くから微かな足音が聞こえて、閉じていた瞼をつい開く。
それと同時にリビングの照明が消えた。

辺りが暗くなると、足音は遠慮がちに近付いてきて、静かに隣に入り込んだ。

暗闇に目が慣れた頃。
腕を枕にしてこちらを見る柳岡と、バッチリ視線が合った。





「…ごめん、起こした?」



『…いいえ。起きてました。』





眼鏡を外した柳岡は、それでも名前の目がパッチリ開いている事に気付いたようだ。
腕を枕にしたまま、柳岡は名前の方へ顔を向けた。

室内は薄暗い。
光源といえば、カーテン越しに射し込む月明かりと街灯くらいだ。
しかし、その視線をはっきり感じられる。





「最近よく眠れてないみたいやな。」



『…そうですか、』



「そうですか、って。目の下にクマ出来てるで。」



『 …』



「あんまり目立たへんけど。」





果たして、この薄暗闇でクマなど見えるものなのだろうか。

甚だ疑問である。





『眠れてる…と、思います。』



「そう?」



『はい。』





はっきりそう答えたにも関わらず、柳岡の表情は納得していないらしかった。
名前を見つめたまま黙ってしまうから、名前は言葉を探すように、薄暗い室内へ視線を泳がせている。





「本当に?」





その言葉に狼狽えたのか、声の調子が思いの外強かったせいか。
視線をさ迷わせていた名前は、柳岡を見つめて固まった。

柳岡はその様子を静かに見つめる。

嘘を吐いている様子はない。
そもそも名前は嘘が下手である。




「(気が付いてないんやろか)」





名前が魘されている事に柳岡が気が付いたのは、つい最近である。

葬儀や火事の書類を片付ける為に、日を跨ぐのは珍しくない。先に寝なさいと布団に押し込んだ名前の様子を見に行って、そこで初めて魘されている姿を見つけた。

起こす為にどれだけ呼び掛けても揺さぶっても、名前はちっとも目を覚まさない。
朝になって目覚める頃には、何もなかったかのような顔をしている。





『夢を見ます。』



「夢?…」



『でも、眠れていると思います。』



「…」





それが原因だ。と、柳岡は思った。
けれど、夢の内容は聞かなかった。

連日の出来事。
夢に魘される。

尋ねずとも、自ずと夢の内容は想像出来る。





「そうか。」



『…』





納得した風に頷いた柳岡の顔は、変わらず曇っていた。
その顔を見つめて、名前は迷うようにして口を開く。

夢の内容を話そうとした。
父母や女の子が登場したり、火事の光景が広がったりという夢だ。

柳岡が想像した通りの夢だ。





『…』





けれど思い直して口を閉じる。
余計に心配させるだけである。





「あのな、名前くん。」



『…』



「眠い?」



『いいえ、大丈夫です。』



「そう?」



『はい。何ですか。』



「うん、いや、…
こんな話をしても、まだ考えられへんと思うけど……」 





ハキハキと喋る柳岡には珍しく、歯切れの悪い物言いだった。





「名前くんは今度の誕生日で14、いや、15か…?」



『15になります。』



「15歳か…。」





呟くような声は、何やら感慨深げだった。

名前の幼少を知っている柳岡だから、何か思う所があるのかもしれない。





「…あのな、君はまだ子どもやから、見守る大人が必要になる。それは分かる?」



『…はい。』



「君のご両親から、祖父母とか、兄弟とか、従兄弟とか…親族がいるって話を聞いた事がないけど、どうやろ。おる?」



『いいえ。』



「そうか…。」



『…』



「…親族がいないとなるとな、代わりになる人が必要になる。
保護とか、財産管理をする……後見人ってやつやな。…」



『…』



「……名前くんさえ良ければ、僕がなりたい。…
どうやろ?……」



『…』





ぱちくりと瞬きを繰り返す。
初めて物を見た幼子のように、名前はじっと柳岡を見つめる。

そしてたっぷりの間を置いて、ようやく口を開いた。





『柳岡さんが、俺のお父さんになる、という事ですか。』



「いや、後見人はちょっと違う…けど、
やる事はまあ、似たようなもんやな。」





自分自身で確認するかのように、話しながら頷いている。
それから柳岡はチラと名前を見た。





「父親になるっていう選択もある。
君がそうしたいなら、それでもええよ。」



『…』



「詳しい事はまた今度話すから、考えておいてくれるか。」



『はい。』



「うん。……
それじゃ、おやすみ。」



『おやすみなさい。』




会話が終わると途端に静寂が降りてくる。

目を閉じる。

眠気が訪れるのを待った。















もうすぐ授業が再開する。
つまり、学校に戻らなければならない。





「忘れ物はない?」



『…多分、無いです。』





年中混み合う空港は、年末年始で更に混んでいた。
トランクとネスの入ったゲージを手に、名前は人の合間を縫うように移動する。
カウンターに行きネスを預けて、搭乗手続きも済ませる。

そして数十分間ではあるが、セキュリティチェックまで柳岡は傍にいて、取り留めのない話をぽつりぽつりとした。





「あっちは寒いの?」



『そうですね。…
雪が降って、たくさん積もるんです。だから、よく、雪合戦をします。』



「へえ…雪遊びは日本と変わらないんやな。
あんまりはしゃぎ過ぎて風邪ひいたりしないように気をつけるんやで。」



『…はい。』





フロアにいた何人かが移動を始めている。
横目にその様子を捉えて、柳岡は腕時計を見た。
それから名前を見て、口を開く。





「そろそろ時間か。…気をつけていってらっしゃい。」



『はい。…いってきます。』





声は尻すぼみになり、フロアの喧騒に掻き消えてしまう。
聞こえたかどうか定かではないが、柳岡は温かな手で名前の背中を押した。

セキュリティチェックでチケットをチェックされ、ゲートを通る。
途中で振り返って見ると、柳岡はまだセキュリティチェックの外側で名前を見ていた。
名前の視線に気付くと、柳岡は緩く手を振った。
穏やかな微笑みに少しだけ不安が滲んでいる。

小さく手を振り返してから、名前は搭乗口に向かった。
ここからは長く退屈な旅が始まる。





『…』





座るばかりというのも疲れるものである。

痛む尻と腰を休ませる暇もなく列車に乗り、ホグワーツへ向かう。

そうしてやっと辿り着くと、雪景色の中そびえ立つホグワーツが名前を出迎えた。
雪の上に足跡とトランクの轍を作りながら、名前はゆっくりと玄関に向かう。





『…』





ホグワーツ内にはクリスマス時のような、慌ただしさや緊張感は無かった。
休暇中の落ち着いた雰囲気が漂っている。

その空気に感化されたように、名前はゆったりとした足取りでグリフィンドールの談話室に向かった。

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