14.-2
「君も知っての通り、今日はホグワーツでダンスパーティがあっての。チラホラとじゃが、準備を始める者もおる。
特に女の子はの。女の子の準備は何かと時間がかかるものじゃな…」
ホグワーツ内にはチラホラとドレスに身を包んだ生徒を見掛ける。
喪服に身を包んだ名前は浮いていた。
「頃合いを見て抜け出そうと目論んでいたのじゃが、思いの外手間取ってしまってのう。」
『…』
「君を待たせてしまって、本当に悪かった。」
『いいえ、気にしないでください。』
恐縮したように縮こまる名前を見て、ダンブルドアはふむと唸る。
「随分背が高くなったのう。」
『…』
呟くような言葉が何を意味するのか。
ダンブルドアは単なる感想を言ったつもりだったが、名前にそう判断することは出来なかった。
ますます縮こまる名前を見て、ダンブルドアはちょっと残念そうにする。
『…』
浮き足立つ生徒の隙間を縫うように歩くダンブルドアの、後ろを同じようについていく。
辿り着いたガーゴイル像に向けてダンブルドアは合言葉を言って、現れた階段を上っていく。
その後ろを、名前はやはり同じようについていく。
校長室に入るとダンブルドアは机に向かっていって、大きな椅子に腰掛けた。
それから扉の前で立っている名前をチラリと見て、椅子に腰掛けるよう促した。
「ナマエよ、よく眠れているかの?」
名前が腰掛けるのを見届けて、ダンブルドアは口を開いて、そうゆっくり問い掛けた。
『…はい。』
「それは良かった。」
言いながら杖を取り出し一振りする。
どこからともなく紅茶の入ったカップと、クッキーが載った皿が現れて、机の上に静かに降り立った。
「ムーディ先生から、君が眠れていないという話を聞いておる。
先程も眠れずに起きていたと言うておったじゃろう。」
『…』
「ナマエ。」
『はい。』
「君と話したいのは、君のお母さんと家の火事のことについてじゃ。」
『………』
「君の心情を思うと心苦しくはあるが、話してくれるかの。」
『…』
名前はダンブルドアをじっと見つめた。
ダンブルドアも名前を見つめた。
澄んだブルーの瞳と、洞窟のように黒い瞳が見つめ合う。
見つめていた涼しげな目元は、不意にふと伏せられた。
伏せられた目は湯気が立ち上る紅茶を、じっと見つめた。
『母については自殺だと、
火事については事故だと、そう警察の人は言っていました。…
乾燥した季節ですから。』
今までの沈黙が無かったかのように、唐突に名前は話し始めた。
淡々とした調子で。
抑揚のない声で。
『俺はどちらも…そうなってしまった後を…
結果を見ただけなので、誰か、…
何か、見た…と言うことは無いです。』
「ふむ…」
ダンブルドアは考えるかのように目は伏せて、手元にある紅茶をじっと見つめ暫し黙った。
「ナマエ。
君が考えておるように、今回の件も何者かの仕業かもしれん。」
『…』
「前回は君が何者かの姿を見たという決定的な事実があったが、今回はそれがない。
確証はない。しかし可能性は否定出来ぬものじゃ。」
『…』
「今までより一層気を引き締めなければならぬぞ、ナマエ。」
『…はい。』
返事とともに頷く名前を、ダンブルドアは瞬きもせずにじっと見つめた。
そして少しの間を置いて、少しだけ柔らかい声音で名を呼んだ。
「ナマエ。」
『はい。』
「何か、わしに話したいことはないかの。」
『…』
父親の手記のこと。
夢に現れる女の子のこと。
話していないことはある。
けれど、名前はふるりと頭を左右に振った。
「そうか。ならよいのじゃ。
さて、そろそろ戻った方がよいじゃろう。君を心配しておるかもしれん。」
ダンブルドアはさして気にした風もなく、のんびりとそう言うだけだった。
何でもないかのように、話はそこでぱったりと終わったのだ。
それから校長室を出て来た道を再び戻り、名前は柳岡宅へと帰された。
『…』
空を蹴る足がコンクリートの地面に着地して、ぐるぐると回る視界が落ち着いた頃、そこが駐車場に設置された自販機の前だと初めて気が付いた。
冬の朝はまだまだ暗い。
溢した吐息が自販機の明かりによって白く浮かび上がる。
「名前くん!」
直後、名前を呼ぶ声が早朝の住宅街に響いた。
声を辿って頭上を見上げる。
階上から柳岡が顔を出し、名前を見つめていた。
『…柳岡さん、』
柳岡を捉えた目は僅かに見開かれた。
一瞬だったが。
柳岡の焦ったような、怒ったような、悲しそうな顔を、確かに見た。
今はもう頭は引っ込み、足早に階段を駆け降りる音がする。
そして大慌てで名前の元へ駆け寄ってくる。
「名前くん!」
名前の目の前までやって来ると、柳岡は両手を伸ばして、
名前の両方の腕を痛いほど力強く掴んだ。
「名前くん!何で何も言わずに出てくの!
心配したやろ!」
『…』
腕を掴む強さ。
名前を見つめる目の強さ。
大きな声と言葉。
そのどれもに圧倒されたかのように、名前は身を強張らせた。
その強張りに気が付いた柳岡は、ハッとして目を見開き、
掴む手の力を緩めた。
「ごめんな、
でも、…心配したんや。」
『…』
「起きたら名前くんどこにもいないし、玄関には靴が無いし、置き土産みたいにプレゼントは残してあるし…
心臓止まるかと思ったわ…。」
『…』
「お願いだから一言言って。叩き起こしたって構わんから。」
『すみません…、…』
自販機の白い明かりに照らされた柳岡の顔は青ざめていた。
名前を見つめるその目には、安堵と怒りがない交ぜになり、うっすらと涙の膜が張っている。
柳岡は心の底から名前を思い、心配した。
『……ごめんなさい…。』
そう気が付いた名前は、唇を開き、ただ謝ることしか出来なかった。
心中には様々な思いがあったものの、それを言葉にすることは出来なかったのだ。
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