14.-1






カリ…



カリ…





何かを引っ掻くような音がする。

意識がだんだん浮上して目を覚ました。





カリ…



カリ…





『…』





目覚めたばかりの頭はぼんやりとしていた。
しかし音が夢の中のものでないと知ると、はっきりと覚醒した。

布団の中で身動ぎもせず、音に意識を集中させる。





カリ…



カリ…





音は窓の方からするようだ。
時折止みながら、一定の速度で聞こえる。

寝室の窓に音を立てるようなものは無いはずだ。





『…』





隣に横たわる柳岡を見る。
ぐっすり眠っている。

起こさないよう布団から出て、窓へと近寄った。





『…』





カーテンの端を捲って覗き込む。

窓の外はまだ夜明けを迎えたばかりのようで薄暗かった。
それでも目が慣れてくると、鈍色の景色にうっすらと住宅街のシルエットが浮かび上がるのが分かる。





『…』





そしてやっと音の正体に気が付いた。

梟が手摺に止まり、窓越しにこちらをじっと見つめていた。





カリ…



カリ…





名前が気が付いたと分かったらしく、梟は片足を持ち上げ、早く開けろとばかりに鋭い爪で窓を引っ掻く。
嘴には手紙が咥えられていた。





『…』





慌てた手付きで窓を開けて、手紙を受け取る。
冷たい外気とともに梟はスーッと室内に入ってきた。
寝室から居間へ飛び、ネスのケージの上へと静かに舞い降りる。





『…』





薄暗い室内で手紙を鼻先まで近付けて見ると、ダンブルドアという字が微かだが読み取れた。
極力音を立てないように手紙の封を切る。

窓から入り込む街灯や月明かりを頼りに内容を読むと、
書かれていたのは母親の死に対する悔やみと火事のこと、そして今後の学校のことについてだった。





『…』





自宅の火事で全てが焼けてしまい、連絡手段であった魔法のポストも無くなってしまった。
こちらからは何の連絡も出来ずにいたが、ダンブルドアは伝えたい全てのことを既に知っていた。
どこでどうやって知ったのかは分からないが。





―――一度会って話したい。





そう綴られており、明日の夜にこちらに来るという。

眠る柳岡の方を窺いつつ、トランクからペンと紙を取り出し、了承の旨を書いた。
それを持って、忍び足で居間へ向かう。





『ネス…』





小さな声で呼ぶと、弾かれたように名前を見た。
梟の登場でとっくの昔に目を覚ましていたらしい。
ケージの鍵を開けてネスを外へ出すと、腕へ飛び移ってこちらを窺うように見つめた。





『休んでるところ悪いけど…』





そう言いながら手紙を差し出す。
瞬間、名前とネスの間を影が飛び去った。
名前の手から手紙は無くなり、手紙の運搬を任せられるはずだったネスは、寝室の方をじっと見つめていた。





『…』





ネスを腕に乗せたまま寝室へ向かう。
そこには先程の梟が窓辺にいて、嘴にしっかり手紙を咥えてこちらを見ていた。





『…』





手紙に手を伸ばすが、離そうとしない。
しっかり咥えられた手紙は離れない。
無理に引っ張れば破けてしまうだろう。





『…遊びじゃないよ。』





小さな声で言うと、梟は憤慨したように羽毛を膨らまし、ぶるると身震いした。
どうやら任せてほしいらしい。

困った名前(無表情だが)はネスを見た。





『…いいの、ネス。』





ネスは慌てた風でも怒った風でもなく、落ち着いていた。
落ち着いて、小さな声で返事をした。
まるで「良いんだ」と言わんばかりに。





『…お願いします。』





窓を開けると、梟は直ぐ様飛び立っていった。
ホグワーツと日本を往復。
無事に到着するのか不安があるが、梟に任せるしかない。















『(今からでも遅くはないかな)』





開いたままのトランク。
その前に座り込む。
数十分間はそうしている。





『(不謹慎だって怒られるかな)』





トランクの中には綺麗に包装された包みが数個、汚れたりしないよう丁寧にしまってある。
用意しておいたクリスマスプレゼントだ。

母親宛のもの。
柳岡宛のもの。
千堂宛のものもある。

忘れていたわけではない。
渡すタイミングが見つからなかっただけだ。
そして今も尚、じっと悩んでいる。





『…』





そろそろ居間に戻った方がいいだろう。
しかし、着替える為にトランクを開けたものの、
本来の目的も果たせないまま、数十分が過ぎてしまっている。

訝られるかもしれない。
けれど意を決してプレゼントを掴んだ。
そっと寝室の扉を開く。





『あの、柳岡さん…』





柳岡は返事をしない。
座ったまま項垂れていた。
よく見ると、こくりこくりと船を漕いでいる。





『…』





プレゼントをテーブルに置き、寝室にUターンする。
薄手だが温かい毛布を持って、再び居間に戻った。

毛布を柳岡の肩に掛けると、ふわりと線香の匂いが漂った。
柳岡も名前も、匂いが体に染み付いてしまっているのかもしれない。





『…』





名前が居間にいる時は、テーブルの上に広がる書類を睨んでいたが、遂に意識が途切れてしまったのだろう。
帰宅してからずっとだ。
葬儀を終えたまま、礼服のまま、柳岡は長い時間書類を睨んでいた。





『…』





柳岡の寝息と、時計の針の音だけが響く。
既に日付は変わっていて、もう早朝と呼んでもよい時間だった。
(冬の日の出は遅いので、まだまだ辺りは真っ暗だが)
意識が途切れてしまうのも頷ける。
その上連日の疲れもあったのだから。





『…』





テーブルの上に置いたプレゼントを掴み、じっと見つめる。

寝室に足を向けた。
トランクに戻す為だった。





コツ、





『…』





ピタリ。
足を止める。

時計の秒針の音。
柳岡の寝息。

静かな空間に、明らかに異質な音が混じった。





コツ、

コツ…





『…』





何かを叩く音。
玄関の方からだ。

耳を澄ます。





コツ、
コツ…





『…』





やはり音がする。

柳岡の寝顔を見つめ、名前は忍び足で玄関へと向かう。
そっとドアスコープを覗いた。

青い布地が見える。
蛍光灯に照らされ、キラキラと輝いていた。





「ナマエ、そこにおるのかの?」





ドア越しの為にくぐもっていたが、聞き覚えのある声だった。
急いで鍵を開ける。
澄んだブルーの瞳は名前を捉え、優しく弧を描いた。





『ダンブルドア校長先生』



「いかにも。
ちと遅くなってしまった。すまんの。」



『いいえ、』



「まだ眠っておる時間かと思うたが…。」



『…眠れなくて、起きていました。』





じっと名前を見つめる。
それからチラリと名前の背後に視線を移し、また名前へと戻した。





「お家の方は眠っておるようじゃし、一度ホグワーツに来なさい。
そこでゆっくり話すとしよう。」



『…』



「なに、時間はとらせんよ。」





チラリと居間の方へ振り返る。
物音一つしない。

ローファーを履こうとして、手に持ったままのプレゼントに気が付いた。





『……』





廊下の隅に置いて、改めてローファーを履くと、外へ出た。
ポケットの中に入れっ放しだった、柳岡宅の合鍵を取り出して、しっかり鍵を閉める。





「さあ、しっかり掴まりなさい。」



『はい。』





ダンブルドアに腕を差し出され、掴むよう促された。
言われた通りしっかり掴む。
瞬間、視界がぐるぐると回り出す。
地面から離れた足が好き勝手に空を泳いだ。

短い間だ。

気が付けば雪が踏み固められた地面に着地していて、目の前には城門が聳え立っていた。





「もう慣れたものじゃろう?」



『…』





二回目とはいえ、簡単に慣れるものじゃない。
返事は出来なかった。

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