12.






クリスマスまで一週間を切り、日に日にクリスマスムードが高まっていた。

何処もかしこもクリスマス色に染まった街。

頭上でクリスマスソングが響いている。





『…』





デパートは家族連れやカップルであろう男女などで賑わっていた。
そんな中を一人で彷徨う、飛び抜けた長身がいる。
商品を見ながら往ったり来たりと、それなりに人々の目を引いていた。

しかしそんな視線など全く意に介さず、というよりも気が付いていないのだろう。
名前は真剣に商品を見ている。















「なあ名前くん、冬休みの間って何か予定ある?」





ジムにて言い渡されたトレーニングを黙々とこなしていると、突如柳岡はそんなことを言った。

それまで滞りなく続いていた縄跳びの手が止まる。
首を傾げて柳岡を見た。





『いいえ、何も…』



「ほんなら泊まりにおいで。」



『…』





その発言に名前がどれほどの衝撃を受けたかは分からない。
しかし目は瞬きを忘れ、体は石のように固まっている。
驚いているのは確かだ。





「家には僕一人やし、気にする事ない。」



『…でも、』



「ん?」



『鳥が…ネスがいるので、』



「ああ、せやな…」



『…』



「なあ、名前くん。鷹…ネスやったっけ?
その子、一緒に連れてきてもええで。確か僕の住んでるとこ、ペット可だったはずやから。」



『…』



「あんまり環境変わるとストレスになるかも分からんから、無理にとは言わんけどな。…
僕が行ってもいいんやけど。」



『…』



「しっかりしてるとはいえ、君はまだ子どもやし、心配やねん。
鬱陶しいかもしれんけど…」



『そんなことは、』





あまりにも寂しげに言うので、つい口を開いた名前は食い気味に口走る。
その勢いに驚いたようで、柳岡は目を丸くして名前をじっと見つめた。





『思っては、いません。俺は、…
……』



「…」





物珍しそうな目線とぶつかり、名前は口を閉じた。
視線から逃れるように、名前は目をそらす。
しかし柳岡はその視線を逃さない。
追って、じっと名前を見つめた。
尻窄みになって消えた言葉の先を、柳岡は待っているようだった。





『……
…それに、』





一拍、二拍と間を置いて、名前は唐突に口を開いた。
話を続ける決心をしたようだ。





『…嬉しいです。
…だけど、申し訳ないんです。』





柳岡は目をぱちぱちさせて、それから優しく微笑んだ。





「そらよかった。」



『…』



「年頃やし、身内でもないから、鬱陶しがられるかと思ってな。ちょっと不安やったんや。」



『…』



「でも一安心やで。それから、申し訳ないって気持ちは…まあ、慣れやな。」



『…』
慣れる気がしない。



「で…どないする?」





穏やかな笑顔で言われて、宿泊の話に戻ったのだと気がつくのに数秒。
穏やかな笑顔の中に有無を言わさぬ含みを察し、「じゃあ、」とその提案を受けてしまう。
日本にいるギリギリまで滞在することが決まり、空港まで送るという話も、その流れであれよあれよと決まってしまった。

「じゃ、そういうことで」と切り上げられた時には、話はしっかり纏まっていた。
穏やかな笑顔で指導に戻る柳岡を見て、名前は呆気にとられたように暫し呆然と立ち尽くしたのだった。





『…』





今夜から宿泊だと。
決まった事である。

ジムのトレーニングを早めに切り上げた名前は自宅に帰り、宿泊の準備をした。
(ムーディから貰った睡眠薬も、忘れずにトランクに詰めた)

日が暮れて暫く経った頃。
インターホンが鳴らされた。





「待たせたな、名前くん。準備出来てる?」



『はい。』



「じゃ、車に荷物積んで…
スーパー寄ろうか。夕飯の材料買わなあかんねん。」





コクリ、頷いて荷物を運び入れる。
ネスの入った鳥籠は膝に抱える事にした。





「夕飯何かリクエストある?まあ、そんなに手の込んだものは作れへんけど…。」



『…』





やけに楽しそうだ。
始終笑顔のである。

運転する柳岡の横顔をじっと見つめ、名前はその理由を探しているようだった。

不思議そうな視線に気が付いたのか、柳岡は横目で名前を見る。





「名前くんが小さい頃な、時々買い物したりしたんやで。
なんやこうしてると、その時の事を思い出すんや。」



『…』



「あと、そう…
遊園地とか動物園とか、遊びに連れてったりもしたな。」





初耳である。
目をぱちくりさせる名前を見て、柳岡は苦笑いだ。





「君の家、お父さんもお母さんも年中忙しいやんか。でも君はワガママ言わない大人しい子でな。
…せやから僕が、無理矢理連れ出してたようなもんやな。」





両親と柳岡は古くから親しい仲だったのだと、名前は知ってはいた。
しかし自分が柳岡の世話になっていた事は全く記憶に無かった。

開いたことはないが、アルバムに写真が残されているかもしれない。





『…』





スーパーで買い出しを終えて、改めて柳岡宅へと向けて車を走らせる。
そうして着いたのは小さなマンション。

車を駐車場に止め、荷物を抱えて階段を上る。





「さ、入り。」



『お邪魔します。』





パチリ。

電気のスイッチに触れた音がして、真っ暗だった玄関は蛍光灯の光りに明るく照らされた。





「こっちやで。」





真っ直ぐ伸びた廊下の先に、ガラス張りの扉がある。
その扉を開けば、そこは居間だった。
右手にはキッチンがあり、居間を見渡せる造りになっている。





「荷物はそっちの和室に置いといて。ネスは…
窓辺の方がええんやろか。」





居間の隣に和室があった。
畳の上に目覚まし時計が置いてある。
この部屋は寝室なのかもしれない。

隅に荷物を置いて居間に戻ると、今度はネスを移動させる。
こちらも部屋の隅に置く。ベランダがすぐ横にある。
ネスは鳥籠の中から柳岡の部屋を見渡し、落ち着いた様子で観察している。





「寒いな。ストーブつけよか。」





ストーブをつけると冷えきった空気に温風が加わり、室内はあっという間に暖まった。

縮こまらせていた体を伸ばし、狭くて小さいキッチンに柳岡と名前が並ぶ。
時折肩をぶつけながら、それでも着々と夕飯の用意は進んだ。

出来上がった夕飯を食べて一段落すれば、「風呂に入りなさい」と促される。
それなりに遅い時間で、長居は出来ないと判断したのか。
いつもより急ぎ入浴を済ませて居間に戻ると、名前を見て柳岡は苦笑いを浮かべた。





「ごめん、名前くん。布団買うの忘れてたわ…。」



『…』



「悪いけど、今日は僕ので寝てくれるか?」



『…柳岡さんは、』



「夏用の布団があるから、僕はそれで寝るよ。」



頭を振る。
『いえ、俺…夏用で寝ます。柳岡さんは冬用で寝てください。』



「何言うてんねん。体冷やすで。」



『大丈夫です。』



「大丈夫じゃないって。干してないから湿気てるし。」



『大丈夫です。』



「うーん…
こういう時は頑固やなあ…」





頭を掻いて唸る柳岡を、名前はじっと見つめる。
困らせているのは分かっているようだが、名前に従う気持ちは無いようだ。
ただ黙って成り行きを見守っている。
すると急に唸り声が止み、何か思い付いたらしい。
不意に顔を上げて名前を見たと思うと、なんとも意地悪い笑みを湛えた。





「せやな…
一緒に寝るか。」





一瞬、名前の体がピシリと固まった。
その反応を待ってましたとばかりに、柳岡は更に笑みを深くさせる。





「お互いに遠慮し合うんなら、いっそのこと一緒に冬用で寝たらええやんか。それで解決や。
な?」



『…』





声音は殊更優しく穏やかだ。
表情は悪魔のようだが。

柳岡は名前が提案に賛成するとは思っていない。
名前は少年で、細身ではあるが体格は柳岡よりも大きい。
それに名前が幼少期から一人で寝起きしていて、父母と一緒に寝た事など無いのも知っている。

父母と寝た事も無いのに、いくら知り合いといえども、ましてや他人の中年男性と一緒に寝られるはずがない。





『………分かりました。』



「うん。」



『一緒に寝ます。』



「………
うん?」





笑みを引いた唇が、ヒクリと引き攣った。
勝ち誇った顔のまま固まった柳岡を、名前は無表情に見つめる。





「い、…一緒に、…
寝る……?」



『はい。柳岡さんが、良いなら、それで…。』



「そりゃ、…
言い出しっぺは僕やし、なあ………まあ……
ほんまに?名前くんは、ええの?」



『はい。』



「………
じゃあ、一緒に…
寝ようか…?」



『はい。』



「…えーと。…
僕は風呂行くから、眠たかったら先に寝てて。枕は二個あるから、好きな方使ってな。」



『はい。』





力強い返事に何も言えなくなったらしい。
それだけ言うと柳岡は、タオルや寝間着を抱えて風呂場に消えた。
どこか諦めた風な背中を見送ってから、名前は和室を覗く。
一組の布団が敷かれており、二個の枕が無造作に置かれていた。
開けっ放しの襖の中には、夏用布団を探したような形跡がある。





『…』





開けっ放しの襖をしっかり閉めて、布団に寝転ぶ。
若干丈が足りず足首から先が出てしまうが、少し体を丸めれば大丈夫そうだ。





『…』





風呂上がりの温まった体で布団に入ると、否が応でも眠気が襲ってくる。

眠気に身を任せて、名前は瞼を閉じる。

ムーディの睡眠薬は使わないで済みそうだ。

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