11.






学期最後の週。
最後の日でもある。

城内は隅から隅まで丁寧に掃除され、クリスマス・ダンスパーティに向けた飾り付けが施された。
それは随分気合いの入ったもので、今まで見た中で一番派手で、美しく、規模の大きいものだった。





『…』



「いざとなれば『嘆きのマートル』がいるさ。」



「ハリー―――
我々は歯を食い縛って、やらねばならぬ。」





「綺麗だな」と、思っているのかは分からないが見事な飾り付けを眺める名前の隣で、ハリーとロンは憂鬱そうに声を低めていた。
ハリーもロンも、まだダンスパーティの相手がいないのだ。





「今夜、談話室に戻る時には、我々は二人ともパートナーを獲得している―――いいな?」



「あー……オッケー。」





学期最後の週。
最後の日。
つまり今日、全ての授業を終えたら名前は直ぐにホグワーツを発つのである。
長い冬期休暇を迎えることとなる。
しかし何ら特別な事もなく、解毒剤のテストを終え、終業の鐘が鳴れば、名前は地下牢教室を出る。
寮に戻り帰省する準備をして、トランクを引き、玄関に向かう。





「ナマエ、気を付けてね。」



『…』





心配そうに眉を寄せるハーマイオニーに、名前はゆっくりと頷いてみせた。
寮を出る途中でハーマイオニーと擦れ違い、ここまで見送りにきてくれたのだ。
ダンスパーティの相手探しに忙しそうなハリーとロンには、声を掛けずにおいた。





『ダンスパーティ、楽しいといいね。』



「そうね。きっと楽しいわ。」
ニコと笑い、それからちょっと、眉を寄せた。
「でも、残念ね。ナマエの正装したところを見たかったのだけれど。」



カクリ。首を傾げた。
『そんなに変わらない。』



「あら、変わるわよ。だって、普段とは全く違う服装をするんだもの。
髪型だって、靴だって、違うのよ。きっと特別に見えるはず。」



『…そう。』



「そうよ。」





あまりピンときていない名前を見て、ハーマイオニーはちょっと呆れ気味である。

しかしのんびりと長話もしていられない。
呆れ気味の表情のままのハーマイオニー見送られ、名前はホグワーツから出た。















カウンターでネスの入った鳥籠を受け取る。
ネスは狭い鳥籠の中で長い旅路を終え、少し疲れているようにも見えた。

鳥籠を掲げて、目線の高さまで上げる。





『大丈夫…』



「…」





言って、指先を鳥籠に入れて、首筋の辺りを撫でる。
ネスはその指先を受け入れて、お返しとばかりに甘噛みをした。

ネスを連れて日本に帰省するのは初めてだった。
今まではたった二日足らずの事だからと(申請が色々面倒だという理由もあるが)、学校のふくろう小屋に預けておいたのだ。
ネスはとても賢いようで、名前の言葉を全て理解したように、従順で大人しかった。

ネスの入った鳥籠を慎重に抱えて、名前は空港を後にする。





『…』





帰路を辿る街中で、名前の長身とネスという鷹の組み合わせは周囲の目をひいた。
長い旅路で少々やつれてはいるが、ネスの美しい白い羽は目立つものだった。
喧騒と視線にさらされて、ネスはそわそわと落ち着きがない。
せめて視線を隠せるようにと、名前は自身の首に巻いていた大判のマフラーを、鳥籠にぐるりと巻き付けた。

そうして自宅に着いたのは、日も落ちポツリポツリと街灯が点き始めた頃だった。
夜道を辿り着いた家に勿論明かりは無く、扉を開けて中に入っても冷々とした空気が漂っていた。

荷物をおろし、靴を脱ぎ、手探りで明かりをつける。
誰もいない居間はうっすらと埃が積もっていた。





『お疲れさま。』





籠から出したネスを、止まり木を作ってそこに止まらせる。
狭い籠から出て自由になったネスは、広い羽根を広げて固まった体をほぐし始めた。
ぶるりと身震いし、伸びをする。
そして初めて訪れた名前の家を、物珍しそうに見回した。

その間に台所へ行き、飲み水と食べ物を用意して、ネスの元へ戻る。





『…』





水の入ったコップを顔のそばまで持ってくると、嘴を突っ込み、それから上を向いて、美味しそうに水を飲んだ。
何度かそれを繰り返すと満足したのか、コップを持つ指を甘噛みする。
羽繕いを始めたネスを見て、名前はひとまず、飲み水と食べ物を机に置いた。





『…』





ふと、名前は思い出したように電話を見た。
日本に戻ってきたら連絡するようにと、柳岡に言われていたのだ。
羽繕いを続けるネスを横目に、名前は受話器を取った。





「はい柳岡です。」



『苗字です。』



「ああ、名前くん。日本に戻ってきたの?」



『はい。』



「そうか。おかえり。」





きっと今電話の向こうでは、いつもの優しい笑顔を浮かべているのだろう。
穏やかな声でそう言われて、名前は一瞬言葉を詰まらせる。





『…ただいま、』



「今はもう家?」



『はい。』



「僕これから夕飯なんやけど、名前くんは?」



『まだです。』



「なら一緒に食べに行こうか。迎えにいくから待っといて。すぐ着くから。」





電話が切れてすぐに、名前は準備を始めた。
空腹であろうネスに食べ物を与え、それが済めば箱詰めされたケージを取り出す。
出掛けている最中は、ネスをケージに入れなければならない。

そしてちょうど箱を開封した時、柳岡はやって来た。
名前宅のインターホンが鳴らされたのは、それから十分も経たない内だったのだ。
扉を開ければ、柳岡が門の前に立っていた。





「こんばんは、名前くん。」



『こんばんは、柳岡さん。…
あの、上がって下さい。まだ準備が出来ていないので…。』





柳岡は一つ頷くと、門を開けて玄関を潜った。





「お邪魔するで。」



『どうぞ、…あ、
柳岡さん。』



「うん?」





返ってきたのは生返事だ。
靴を脱ぐのに手間取っているらしい。

靴を脱ぐ為に屈み丸まった柳岡の背中を見つめながら、名前は少し思案するように黙った。





『動物、平気でしたか。』



「動物?なに、何か飼ってるの?」



『はい。秋頃から…』



「そんなに経ってないね。あんまり懐いてないか。」



『…。』





やっと靴が脱げたようだ。
丸まった背中を伸ばし、柳岡は振り向いて名前に尋ねた。

名前はその問いにすぐに答える事が出来なかった。
ネスは賢く従順で大人しい。
賢い故に、その本質が見極められないのである。

主人だから従順なのか。
主人として信頼しているのか。





「なら、じゃあ、早く帰ろ。
まだ生活に慣れてないかもしれないしな、あんまり一人にさせたらあかんな。」



『…』





黙り込んだ名前を見て、柳岡は何を思ったのか。
慌てた身振り素振りで、早口にそう捲し立てた。
むしろネスは順応が早いのだが。





「なんなら材料買ってきて作ってもええよ。僕、簡単なものなら出来るし。な、そうしよ。」



『…』





何だか気を遣わせてしまったようだ。
今更ながら弁明しようとも、柳岡は献立を考え始めてしまっている。

兎に角、と。
名前は柳岡を居間に案内した。





「おっ、」



『…』





居間に足を踏み入れた途端、柳岡の目はネスに止まる。
止まり木に佇むネスもまた、見知らぬ人間に興味を抱いたようだった。
鋭い目でじっと柳岡を見つめている。





「鷹、か?」



『はい。』



「へーっ、真っ白やん。こんな鷹もおるんやなあ。綺麗なもんやな…。」





物珍しそうにネスを見つめる柳岡。
そんな柳岡を物珍しそうに見つめるネス。
威嚇はせず、攻撃する素振りもなく、落ち着いている。





『……』





喧嘩腰にならない辺り、やはりネスは賢いのだろう。
名前は暫し柳岡とネスを見つめた。
両者の間に波が立たないと知ると、ネスを入れる為のケージを組み立て始める。





「手伝うよ。二人でやった方が早く終わるやろ。」



『ありがとうございます。』





大きなケージは柳岡の手伝いにより、あっという間に組み立てられた。
中に止まり木と水を設置し、止まり木に佇むネスを出来たばかりのケージの中へ促す。
止まり木から名前の腕へ移動したネスは、促されるままにすんなり自分からケージの中へ入った。





『…待っててね。』



「賢いんやなあ。」





ケージの隙間から指を差し込み、ネスの首筋辺りを撫でる。
するとネスは返事代わりに、名前のその指を甘噛みした。
様子を眺めていた柳岡は、心底感心したように溜め息をもらした。





「じゃ、行こうか。」



『…』





頷き、念の為にとケージに鍵を掛ける。





『いってきます。』





小さな返事を聞いて、名前と柳岡は寒空の下へ繰り出した。

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