10.-1
もうすぐ終業の鐘が鳴るという頃、
教科書やら何やらを名前はすっかり片付けて、マクゴナガルの話を聞く体勢になっていた。
教壇に立つマクゴナガルの顔をじっと見つめれば、彼女もまた、自身を見つめる視線一つ一つを見つめ返していく。
そしてピタリと視線が止まったかと思えば、眉間に一筋の線が刻まれた。
「ポッター!ウィーズリー!こちらに注目なさい!」
一番後ろの端っこの席に座る名前の、そのまた後ろで、ハリーとロンが「だまし杖」を使いちゃんばらをやっていたのだ。
マクゴナガルの声に二人が驚いた事が、振り向かずともピタリと止まった気配で分かる。
「さあ、ポッターもウィーズリーも、歳相応な振舞いをしていただきたいものです。」
じろりと睨まれ、二人は身を縮こまらせて席に戻っていった。
「皆さんにお話があります。」
二人が席に着いたのを見届けてから、マクゴナガルはコホンと一つ咳払いをして、そう切り出した。
「クリスマス・ダンスパーティが近付きました―――
三大魔法学校対抗試合の伝統でもあり、外国からのお客様と知り合う機会でもあります。
さて、ダンスパーティは四年生以上が参加を許されます―――下級生を招待する事は可能ですが―――」
どこからかクスクスと笑い声がもれた。
一番後ろの席に座る名前は、小刻みに揺れる背中を見つける。
ラベンダー・ブラウンだ。
隣の席に座るパーバティ・パチルも笑いを堪えており、ラベンダーの脇腹を小突いていた。
そして二人揃って、ハリーの方を振り返って見た。
「パーティ用のドレスローブを着用なさい。」
笑う理由もハリーを見る理由も分からない名前は、首を傾げるばかりである。
マクゴナガルの話が続けられたので、名前は再びマクゴナガルの方へ目を向けた。
「ダンスパーティは、大広間で、クリスマスの夜八時から始まり、夜中の十二時に終わります。
ところで―――」
と、言葉を切ったマクゴナガルは、
じっくりと時間をかけて生徒達の顔を見回した。
「クリスマス・ダンスパーティは私達全員にとって、勿論―――
コホン―――
髪を解き放ち、羽目を外すチャンスです。」
背中の揺れが激しくなり、同時にクスクスという笑い声も激しくなる。
手で口を押さえてはいるが、今やラベンダーのクスクス笑いは、教室にいる全員に聞こえていることだろう。
「しかし、だからと言って」
しかしマクゴナガルはそんなクスクス笑いを全く意に介さない。
いつもの厳格な雰囲気を保ったまま、きびきびと後を続ける。
「決してホグワーツの生徒に期待される行動規準を緩めるわけではありません。
グリフィンドール生が、どんな形にせよ、学校に屈辱を与えるような事があれば、私としては大変遺憾に思います。」
終業の鐘が鳴った。
話も終わったようで、とてもタイミングが良い。
すっかり片付け終えてある名前は、教材を詰め込めた鞄を肩に掛けて立ち上がった。
名前、ハリー、ロンの三人は、肩や手が触れ合うほど互いに近付いて、石畳の廊下を歩く。
ホグワーツ内にはボーバトンとダームストロングの生徒も歩いており、普段よりも廊下が狭くなるのだ。
そして、三人が身を寄せ合い歩くのはそれだけが理由ではない。
前方から十二、三人の女子学生が、こちらに向かって歩いてくる。
それを避ける為でもある。
ハリーを見つけると女子学生達は目でやり取りをして、クスクス笑いながら通り過ぎた。
「どうして皆、塊って動かなきゃならないんだ?」
これは今回が初めてではない。
ハリーは誰ともなしに、うんざりとした様子で尋ねた。
ダンスパーティの話があって以来、学校中の生徒がその話で持ちきりのようだった。
少なくとも四年生以上の全員はダンスパーティの事で頭がいっぱいのようだったし、特に女子学生は変化が顕著だった。
集団で行動して、クスクス笑ったり、ヒソヒソ囁いたり、意味深な視線を向けたりした。
「一人でいるところを捕らえて申し込むなんて、どうやったらいいんだろう?」
「投げ縄はどうだ?」
『…』
「誰か狙いたい子がいるかい?」
ハリーは黙って答えなかった。
どうやら、いるにはいるらしい。
「いいか。君は苦労しない。代表選手じゃないか。ハンガリー・ホーンテールもやっつけたばかりだ。
皆行列して君と行きたがるよ。」
ロンが言った通り、翌日ハリーは誘いを受けた。
その次の日も二人の女の子が誘ってきた。
学年は三年生だったり、二年生だったり、五年生だったりとまちまちで、その上誰も彼も一度も口をきいた事がない子ばかりだ。
「ルックスは中々だったじゃないか。」
「僕より三十センチも背が高かった。」
ロンは散々笑ったがまだ笑いが治まらないらしく、ひくひくと口許がひきつっている。
ハリーそんなロンの様子に気付いているのかいないのか、どんよりと落ち込んでいた。
「考えてもみて。僕があの人と踊ろうとしたらどんな風に見えるか。」
「まあ、身長ならナマエがちょうど良かったかもな。」
『…』
「そういえばナマエは、もう誰と行くか決まったの?」
「そりゃそうだよ、ハリー、たとえナマエが黙ってたって、相手が黙ってないさ。な、そうだろ?」
急に話を振られ、名前は目をぱちくりさせた。
ロンは見るからに興味津々である。
先程の落ち込みはどこへやら、ハリーも名前の答えを待っていた。
『行かない。』
「え?」
「何だって?」
『俺は日本に帰る。ダンスパーティには行かない。』
「エエーッ!」と、二人から同時に声が上がった。
「そんな、まさか。ナマエ、君、誘われただろ?」
『…』
頷く。
「断ったの?」
『…』
また頷く。
ダンスパーティの話があって直ぐに、名前は何人からも誘いを受けた。
その殆どが話した事のない相手ばかりだった。
そして何故か何人かは男子学生だった。
「ナマエ、そりゃないよ。こんな事滅多に無いんだぜ!」
『分かってる。』
だけど帰る―――
無表情できっぱり言った名前は、考えを曲げるようには見えない。
二人は残念そうに肩を落とした。
「一日だけでもいられないのかい?」
『駄目。』
「駄目かあ。…」
『…ごめん。』
「仕方ないさ、ロン。大切な家族が入院しているんだもの。
天秤に掛けることなんて出来やしないよ。」
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