08.






どこか遠くで声が聞こえる。
夢現の意識の中、その声を耳に捉える。

その声は何を言っているのか。
誰に向かって言っているのか。





「ナマエ!起きて!」



『…』



「起きなさい!ナマエ!」





体を揺さぶられる感覚がして、意識が一気に浮上する。

目を開ければ、ハーマイオニーがこちらを見下ろしていた。
その肩には白い鷹―――ネスがいる。

横たわったままその光景を見つめる名前の枕元に、ネスがヒラリと舞い降りる。
その瞬間、白い羽が日の光に照らされキラリと輝いた。

日が高いようで、辺りはすっかり明るかった。





『………おはよう。ハーマイオニー。』
ネスの首筋を撫でながら言う。



「おはよう。じゃないわよ!
もう午前の授業が終わって、お昼ご飯の時間よ。」



『………』





ネスを撫でる手が止まる。
ハーマイオニーを見つめ、名前は目をぱちくりさせた。

いくら眠るのが遅かったとはいえ、それは今までにも何度もあった事だ。
しかし寝坊する事は無かった。





「私、ネスに連れてこられたのよ。起きてこないから心配だったんだけれど、ここ、男子寮だもの。今は誰もいないからいいけど…
ナマエ、大丈夫?熱でもあるんじゃないかしら?」



『大丈夫。』





上半身を起こす。
枕元にいたネスはおもむろに膝の上に移動して、じっと見上げてきた。
「大丈夫?」とでも言うように、首を傾げている。





「本当に?」



『…』





訝しげな声音である。
見ると、ハーマイオニーの眉根はぎゅと寄せられている。

心配だと、その目が物語っている。





『本当。』



「…それならいいんだけれど。何だか、…」





目を見てはっきり答えるが、ハーマイオニーは言葉とは裏腹に、納得してはいないらしかった。
名前を見つめる目は、変わらず心配そうである。





「いつもより、ぼんやりしてるみたいだから…
朝、ハリーに聞いたら、あなた、うなされてたって言うし…」



『…うなされてた、』



「ええ。何か、…
夢でも見た?」



『…………
そう…かもしれない。…
……けど、思い出せない。』



「………」





うなされていた、という自覚は全く無い。
ただ、閉じた瞼の裏にずっと女の子の顔があった。
浮かび上がって、消えなかった。

眠る瞬間まで女の子の顔があり、夢の中にまでその顔が見つめてきていた。

起きているのか、眠っているのか。
分からなかった。





「……やっぱり変だわ。ねえ、ナマエ。今日はゆっくり休んだ方がいいわよ。」



『…』



「これ、持ってきたの。食べられる?」





ハーマイオニーはバスケットを持ち上げて見せた。
そして中からパンとミルクを取り出して、チェストの上に置いた。





『ありがとう。……でも、…』



「食欲ないの?」



『……いや、その事じゃない。
………行く。』



「………第一の課題?」





ちょっと呆れたような声音だ。





「ハリーの事なら心配しないで。私、しっかり見てるわ。」



『…』



「だからナマエは休むこと。いいわね?」





怖い顔で念を押され、名前は頷くしかなかった。
大人しく、再び布団に潜り込む。
すると枕元にネスがやって来て、名前の眼前に座った。
見張られているようである。

それらを見届けてから、ハーマイオニーは寝室を出ていった。

目を閉じてじっとしていると、遠くで歓声が聞こえる気がした。















ぼそぼそと囁き声が聞こえて、だんだん意識がはっきりしてきた。





「…でも、折角のご馳走なんだよ。それにナマエは昼食しか食べてないんだ。」

「起こすのは可哀想だよ。まだ調子が悪いかもしれないし…」

「良くなってるかもしれないだろ?」

「こんなにぐっすり眠ってるのに?」

「うーん…良くなってる証拠じゃないか?」

「昨日はうなされてたんだ。眠らせてあげた方がいいと思う…」

「ナマエがうなされるなんてなぁ…信じられないよ。」





ついに名前は目を開けた。
すると、眼前にはネスではなく、パジャマ姿のハリーとロンがいた。
二人は名前と目が合うと、驚いたように目を見開いた。





「ナマエ!…起こしちゃった?」



『…おはよう。』



「夜中だけどね。調子はどう?」



『大丈夫。』





上半身を起こす。
すると、腹の辺りから何かが転げ落ちた。
白い毛玉―――ネスだ。
腹の上で眠っていたらしい。
寝惚け眼のネスを抱えて、名前はハリーとロンに向き直る。

辺りは暗い。
月明かりだけが寝室を照らしている。





「何か食べられるかい?」



「ミルク飲む?バタービールもあるよ。」



『…』





ハリーとロンはこぞって名前に食べ物を勧めた。

どこに隠していたのやら、大きなバスケットを持ち上げて見せる。
そのバスケットの中から、それこそ魔法のように、様々な食べ物を取り出して、名前の前に置いていく。

その内にベッドの周りは食べ物で埋め尽くされた。





『ハリー』



「なに?」





ミルクの入ったカップを手渡され、受け取る。
じんわりと温かい。ホットミルクのようだ。
両手で包み込むと、その温もりがよく分かる。
自身の手は思ったより冷えているらしい。






『怪我は無いのか。』



「………」





ハリーは目をぱちくりさせた。
それから名前が何を言わんとしているのか気付いたようで、大きく頷いて見せた。





「かすり傷だよ。」



「ナマエ!そう、ハリーは第一の課題を突破したんだ!」





ロンも何の話をしているのか気付いたらしい。
声を高めた。





「第一の課題はドラゴンから卵を奪う事だったんだけど、ナマエ、すごいんだぜ。ハリーはクラムと並んだんだ!同点一位!ハリーは箒を呼び寄せて、ビュンビュン飛んでさ。ドラゴンを掻い潜って、最短で卵を取ったんだ。」





ハリーはロンの隣で照れ臭そうに笑っている。
すっかり仲直りしたらしい。





「セドリックはグラウンドにあった岩を犬に変身させた。ドラゴンが自分の代わりに犬を追い掛けるようにしようとしたんだ。卵は取れたんだけど、途中で気が変わってさ。セドリックを捕まえようとしたんだ。それで火傷しちゃった。
それからフラーは、…フラーって誰か分かる?」



『ボーバトンの代表選手。』



「そう。その子は魅惑呪文みたいなのをかけた。恍惚状態にしようとしたんだよ。まあ、うまくいったかな。ドラゴンは眠ったから。だけど鼾をかいたら、鼻から炎が噴き出して、スカートに火がついてさ―――フラーは杖から水を出して消したんだ。
それから、クラム…」



『ダームストラングの代表選手。』



「さすがに知ってるよね。」



『…名前は知ってる。』





顔は出てこないが。





「クラムは何だか知らない呪文をかけてたな。それが目を直撃したんだ。そこまでは良かったんだけど、ドラゴンが苦しんでのたうち回ったんで、本物の卵の半分は潰れっちまった。審査員はそれで減点したんだと思う。卵にダメージを与えちゃいけなかったんだよ。」



『だから、同点なのか。』



「そういうこと。」





名前はハリーを見つめた。
昨日までは不安や焦りで落ち込んでいたが、今はすっきりした顔付きだ。
ロンと仲直りできた事も大きな要因だろう。





『おめでとう、ハリー。』



「ありがとう。ナマエ。」



『無事で良かった。』



「君とハーマイオニーのおかげさ。僕一人じゃ、呪文をうまく使えなかったと思う…」



『……俺は何もしていない。ハリーが頑張ったから出来た。』



「コツを教えてくれたじゃないか。」



「まあとにかく、無事に第二の課題に進めるみたいでよかったよな。」





終わりの見えない会話になりそうだと察したらしく、ロンは二人の間に入ってまとめた。
それからハリーを見て、何やら意味深な合図を送る。

ハリーはロンが何を言いたいのか分かったらしい。
自身のベッドに行って、何か抱えて戻ってきた。





「次の課題のヒントが、この中にあるらしいんだけど…」





言いながら、ハリーは名前にそれを手渡した。
両手で受け取る。
ずしりと重い。そしてひんやりと冷たい。
窓から差し込む月明かりに、それはキラリと照らされる。
金色に輝く、卵形の物。





「さっぱりだ。開いてみたけど、うるさいばっかりでさ。」



「何の音なのかな…。」



『…』





三人は暫し、名前の手の中にある卵を見つめた。
しかし何か分かるはずもなく。
眠たそうに目を擦ったロンは、大きなあくびをした。





「取り合えず、今日はもう寝ようよ。」



「そうだね。授業があるし…。」



『…』





卵をハリーに返し、各々ベッドに戻る。

「おやすみ」と挨拶を交わすと、すぐに寝息が聞こえてきた。





『…』





しかし、散々眠った名前が早々眠れるわけがない。
目を開けたまま横たわり、じっと天蓋を見つめる。
するとネスがいそいそと顔の横にやってきて、名前の顔を覗き込んだ。





『どうしたの。』





尋ねたところで答えなど返ってこない。
実際くるる、と鳴き声はもらした。
けれど、その言葉の意味は分からない。





『…』





目を閉じる。

何かが頬を撫でた。
柔らかな感触だった。

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