07.-2






真夜中過ぎに戻ってきた二人を出迎え、名前も練習に参加する。

今や午前二時。

談話室には、この三人しかいない。





「良くなったわ、ハリー。
随分良くなった。」





とても疲れた様子で、しかしそれ以上に嬉しそうに、ハーマイオニーはそう言った。

ハリーは色々なものに囲まれ、暖炉のそばに立っていた。
最後の一時間で、やっとコツを掴んだのだ。





「うん、これからは僕が呪文をうまく使えなかった時に、どうすればいいのか分かったよ。」





そう言いながら、ルーン文字の辞書をハーマイオニーに投げる。





「ドラゴンが来るって、僕を脅せばいいのさ。それじゃ、やるよ……」





杖を上げた。





「アクシオ!辞書よ来い!」





ルーン文字の辞書はハーマイオニーの手からするりと抜け出す。
空中に浮き上がり、一旦静止して、そして滑るように飛んでいった。

吸い込まれるようにしてハリーの手に納まる。





「ハリー、あなた、出来たわよ。ほんと!」



『おめでとう。ハリー。』



「明日うまくいけば、だけど。」





大喜びのハーマイオニーと、無表情のまま拍手する名前。
二人に囲まれたハリーは、しかしあまり自信は無さそうだ。





「ファイアボルトはここにあるものよりずっと遠いところにあるんだ。城の中に。
僕は外で、競技場にいる……。」



「関係ないわ。」



『…』





きっぱり言い放つハーマイオニーに同意するように、名前が強く頷く。





「ほんとに、本当に集中すれば、ファイアボルトは飛んでくるわ。
ハリー、私達、少し寝た方がいい……あなた、睡眠が必要よ。」





「おやすみなさい」と挨拶を交わし、それぞれ寝室に戻る。
同室の者は既に夢の中で、誰かがイビキをかいていた。





「おやすみ、ナマエ。」



『…おやすみ、ハリー。』





再び挨拶を交わして、それぞれのベッドに戻る。
すると、チェストの横に置いた止まり木に、白い鷹―――ネスの姿がある。
いつの間に戻ってきていたのか。





『…おかえり。』





言って、首の辺りを撫でる。
くるる、ネスは返事をする。

側にいて離れないと思えば、忽然と消える。そしてまたいつの間にか側にいる。ペットを飼った事がない名前はこれが普通なのだろうと思って、極端に構う事はしない。
止まり木に掴まり、ウトウトと体を揺らすネスを横目に、
名前はパジャマに着替えて、早々にベッドに潜り込んだ。





『…』





そうして目を瞑った時、名前はすぐまた目を開けて、上半身を起こした。
明日の授業の用意をするのをすっかり忘れていたのだ。

明かりを点ける事も出来るが、同室の者が目を覚ましては申し訳ない。
なので月明かりを頼りに、名前はトランクの中から必要な教科書を取り出す。





『…』





ふと目についたのは、日本から持ってきた父親の手帳だった。
教科書を鞄にしまい、手帳を手に取る。

父親は若い頃有名なボクサーだった。
と、名前は柳岡から話を聞いていた。

しかし父親自身ボクサー時代の話はしなかったし、
名前が物心ついた頃には父親は和菓子を作っていたので、ボクサー姿は見ていない。
つまり、想像もつかない姿である。

手帳にはボクサー関連の事ばかりが書き込まれており、何となくだが、名前はやっとその姿が想像が出来るようになった。





『、…』





何度か頁を捲って読み進めていると、初めてボクシング以外で書き込まれているのを見付けた。

日付は約十五年前。

微かに震えた字で、所々罫線をはみ出して書いてある。





―――赤ちゃんができた!四週目だそうだ。男の子だろうか?女の子だろうか?いや、どちらでもいい。母子ともに健康であれば。





エコー写真が貼り付けられ、そう言葉が添えられている。

その日から定期的にエコー写真と言葉が登場する。
書かれている内容からも喜びや緊張が伝わってくる。

様子が変わったのは三ヶ月ほど経った頃だ。





―――様子がおかしい。何かに脅えているようだ。子どもができたと知った時、あんなに嬉しそうだったのに。



『…』





「誰が」とは書かれていない。
文体からして、おそらく母親の事だろう。

それから更に二週間ほど経った頃の文章。
その日の文字は、心なしか少し筆圧が強く書かれていた。





―――聞き出す事ができた。夢を見たと言う。私達の子どもがヴォルデモートに操られ、次々人を殺害していくという夢だ。私達さえも。



―――不安がっている。このままでは体に支障が出る。不安を取り除かなければ。けれど、一体どうやって?





書き込まれている内容が少なくなっている。
殆どメモのようであった。





―――ダンブルドアに相談するべきだろうか。



―――どうしたらいいのだろう。私は一時期ヴォルデモートの支配下にあった。我が子につらい思いはさせたくない。どうしたら





誰にも吐露する事が出来なかったのかもしれない。
予定を書き込まれるだけの手帳は、今や父親の心情を書き連ねた手記になっていた。





―――魔力を奪ってしまおうか。いっそのこと、普通の子として、魔法など知らないままで。



―――ヴォルデモートに狙われないとは限らない。私とヴォルデモートの間に嘗ての繋がりがある限り、私の周りの人々は安全ではない。



―――魔力を感じる。お腹の中にいるというのに。



―――日毎魔力が強まるのを感じる。お腹の中の我が子が育つとともに、魔力も強まっているらしい。夢の話が現実味を帯びてきた。ヴォルデモートはこの子を手下にしようとするだろう。嘗ての私のように。



―――方法を探さなければならない。





暫く白紙が続く。
何度か頁を捲った。





―――一つ、方法を思い付いた。あの子が魔力を失わず、そして魔力に押し潰される事もない。



―――問題は、うまくいくか分からない。そして、あの子の未来を奪う事になる。その二つ。



―――これは賭けだ。



―――彼女は納得してくれたが、ダンブルドアはきっと反対する。黙っていた方がいいだろう。しかし、もう気が付いているかもしれない。



―――時間はない。やらなければならない。





暫く日にちが空いて、書かれていた。
日付は名前の誕生日だ。





―――新しい家族。愛し子。名前と名付けよう。守ってみせる。幸せにしてみせる。それがあの子に出来る、私の償いだ。





『………』





「あの子」とは誰を指しているのか。
未来を奪うとは何を意味しているのか。

考える名前の頭の中に、不意に記憶が蘇った。

病室で聞いた、母親の言葉だ。





―――ねえ、お腹の子は、女の子よ





夢で見たのだと言っていた。
しかし名前は男だ。

手記の内容はやはり、誰を指しているのか分からない。





『…』





読み進めていた指が、不意に触れていた頁から滑り落ちる。
頁はパラパラと先に進む。
すると、頁と頁の間に、折り畳まれた紙を見つけた。

摘んで見ると、この手帳とは違う紙であることが分かる。
後から別の紙に書いて折り畳み、この手帳に挟まれたもののようだ。





『………』





紙を摘んだまま、名前は暫し静止した。
涼しげな目元は瞬きもせずに、じっと紙を見つめている。

やがて慎重な手付きで、ゆっくりと紙を広げた。





―――真理は鏡の中にある。





書かれている内容はそれだけだった。
誰に宛てた言葉かも分からない。
何を示しているのかも分からない。





『……』





広げた紙を折り畳み、元の頁に挟む。
そうして手帳を閉じ、トランクにしまう。

布団を被り目を閉じた。
ふと頭を過る。
鏡に映った女の子を思い出す。
無表情に名前を見詰めていた。
一瞬で掻き消えたあの姿。
疲れていた。
見間違いかもしれない。

しかしあの女の子は、どことなく両親に似ていた。

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