06.
二週間が経過した。
その間に城の周囲の景色は目まぐるしく変化していた。
木々は葉を落とし、枯れ枝の間を風が音を立てて吹き荒ぶ。
気温の降下は止まる所を知らず、日毎冬が近付いてきているようだった。
変化と言えば、ハリーとロンの仲は変わらないままである。
名前とハーマイオニーが協力して二人の間を行ったり来たりしているが、どんなきっかけを作ろうと二人は頑として応じない。
「僕から始めたわけじゃない、ですって!」
『……』
頑なに話そうとしない二人に対して、いい加減ハーマイオニーは腹を立てているようだ。
ハリーもロンも側にいない時、偶にだが、こんな風にハーマイオニーは愚痴をこぼす。
名前はただ聞く事しか出来ない。
こうして愚痴をこぼすのはハーマイオニーだけではない。
ハリーも愚痴をこぼす事がある。
その時も、名前は聞く事しか出来ない。
言わずもがな、口下手だからである。
「ロンがいなくて寂しいくせに!
それに、ロンだって寂しいのよ。
どうして二人とも、あんなに頑固なのかしら。」
『………』
ハーマイオニーがロンと喧嘩した時、全く同じ状況になるのだが、自覚は無いようだ。
ハリーの苛々はロンとの事もあるし、代表選手云々の事も勿論ある。
代表選手を集め写真を撮る為に魔法薬学を途中退室した時、インタビューも受けたらしく、
その様子が「日刊予言者新聞」に掲載されたが、それも苛立ちの種だろう。
夜になると両親を思って泣くのだとか、ハーマイオニーが恋人だとか、内容も文章も見るに耐えないものだった。
皆、ハリーと擦れ違う度に記事の内容を持ち出して揶揄うのだ。
もしかしたら、ハーマイオニーも苛々しているかもしれない。
ただ、一つ喜ばしい事がある。
シリウスから手紙が来たのだ。
十一月二十二日、直接会って話がしたいとの事だった。
『今は見守っていた方がいい。』
「見守る?」
『ずっとこのままじゃない。
時間を置けば、二人とも気持ちが落ち着くと思う。』
「修復出来ないほどの溝が出来たりしないかしら?」
『………』
名前は返事をしない。
けれど、何かきっかけがあれば元通りになる。
確信があった。
今までそうだったのだから。
「集中しろ、ミョウジ。」
とは言うものの、気になるものは気になるのだ。
ムーディとの訓練中、意識がぼんやりとよそへいく事もあった。
その度にムーディは気が付いて、名前を厳しく指導する。
「今のお前なら容易く倒せる。」
頭を軽く小突かれる。
あくまでも張本人は「軽く」小突いたつもりだ。
名前の体は仰け反ったが。
『…すみません。』
「友人が気になるか。」
ハリーの事を言っているのだろう。
「今は孤独だ。だがお前が友人である限り、孤独ではない。」
『…』
「今は集中するのだ。」
『はい。』
刻々と第一の課題の時は近付いている。
いよいよ第一の課題が行われるという週の前の土曜日、ホグズミード行きを許可された。
その日はシリウスとの約束があり、何よりもまずハリー達の事が気掛かりであったが、ハーマイオニーは帰るべきだと頑として譲らなかった。
名前は日本に帰省するしかなかった。
『…』
日本に帰省した名前が何をするかといえば、母親の見舞いと自宅の整理である。
今回も名前は母親の見舞いを済ませた後、自宅に戻って父親の部屋の整理をしていた。
二日間ほどの滞在期間で、その中でも多くの時間は移動に費やされる。
やる事は少ないが、実質用事にあてられる時間はあまり無い。
だから何度も帰省しているにも関わらず、整理は殆ど進んでいない。
元々整理されている部屋だが、物は多いのだ。
『…』
父親の気に入っていたヘアトニック、腕時計、本。
何故こんなところに―――と思う物が、箪笥の中から出てくる。
片付けられるだろうか、とでも思ったのか。
だんだんと足元に溜まっていく物を見下ろし、名前は首を傾げた。
それでも止めるわけにはいかない。
作業を続ける。
『、……』
丁寧に畳まれた衣服。
それを取り出した時、間からするりと何かが落ちた。
黒い革に包まれた長方形の物―――どうやら手帳のようだ。
衣服を下ろし、手帳を拾い上げる。
掌に収まる小さなもので、金色の錠前がついている。
中紙は黄ばんでいて、それなりに古そうだ。
『………(…鍵…)』
父親は車の鍵やら自転車の鍵、納屋の鍵や家の鍵など、鍵を束にして持ち歩いていた。
その中に、この手帳の鍵もあるかもしれない。
幸い鍵の束は名前の手元にある。
今は名前が持ち歩いているのだ。
ポケットから鍵の束を取り出す。
形もサイズも様々な大量の鍵だ。
手帳の鍵は簡単に見付かった。
錠前と同じ金色だったからだ。
金色の小さな鍵を摘まみ、錠前に差し込む。
思った通り、錠前は開いた。
『…』
一番初めの頁を開いてみる。
日付は十年以上前のものだ。
日付や天気とともにボクシングの試合予定日や反省など、ボクシング関連の事が、小さな文字で細かに書き込まれている。
『………』
果たして、読んでもいいのだろうか?
今更ながら名前は躊躇したらしく、視線を手帳から外して、何故か箪笥の角を見つめた。
散々迷ったあげく、しかし名前は読む事にしたらしい。
ペンが挟まれている頁を選び、捲った。
その頁の日付は最近のもの。
火災が起きた当日のものだ。
『…』
手帳を閉じる。
それから少ししてから、最後の頁を開いた。
見れば、父親の知人だろう、名前や連絡先が綴られている。
その中には柳岡の名前もあった。
プルルルル
『…』
リビングの電話が鳴った。
手帳を閉じてポケットに突っ込むと、名前は急ぎリビングに向かった。
鳴り止まぬ電話に近寄り、受話器を取り、耳に宛がう。
『はい。苗字です。』
「もしもし、名前くん?」
柳岡の声だ。
狙ったようなタイミングである。
名前はちょっと言葉に詰まった。
『はい。どうされました。』
「名前くん、夕飯食べたか?」
『いいえ、まだです。』
チラリ。
見上げれば、壁に掛けられた時計の針は、名前が思っていたより進んでいた。
「そうか。なら、どっか食べに行こ。名前くんが良ければやけど。」
『…俺は、何も用事は無いです。』
「じゃあ、」
『でも、』
「ん?」
『…柳岡さんは大丈夫ですか。』
「何や、僕が誘ってるのに、用事なんかあるわけないやん。」
『だけど、…ジムのお仕事をなさってますし、他の方の予定も…』
「君もうちのジムの一人やろ。そんな遠慮すること無いんやで。」
『…』
「で、食事の誘いは受けてもらえるんやな?」
『…はい。』
「よし。じゃ、今から迎えに行くわ。その間なに食べたいか考えといてな。僕、車やからちょっと遠くてもええで。」
『………はい。』
そう言って、電話は切れた。
数分後、穏やかな笑顔を浮かべて柳岡が現れた。
食べたいものは、まだ決まっていない。
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