05.-2
「気に入ったかい?ポッター?」
マルフォイの声が廊下に響き渡る。
明かりの少ない薄暗がりに、意地悪な笑みがはっきりと見えた。
「それに、これだけじゃないんだ―――ほら!」
言いながらマルフォイは、バッジを胸に押し付けるように触る。
手を離すと、バッジに浮かび上がっていた赤色の文字は緑に光る文字に変化した。
「汚いぞ、ポッター」と書かれている。
取り巻きのスリザリン生がどっと笑い、マルフォイと同じようにバッジを胸に押し付けた。
「汚いぞ、ポッター」の文字が、薄暗がりに光っている。
「あら、とっても面白いじゃない。」
笑うスリザリン生に向かって、ハーマイオニーはつんとすまして言い放つ。
その言葉は特にパンジー・パーキンソンとその仲間に向けられたものだ。
この女子集団が一番大きな声で笑っていたのだ。
「ほんとにお洒落だわ。」
『…』
無言ではあるが、明らかに怒りのボルテージが上がっているハリー。
手厳しい皮肉をふるい応戦するハーマイオニー。
挑発を続けるマルフォイ、スリザリン生ら。
両者を止める事が出来るのは、この場には名前ただ一人だけである。
争い事が苦手で、しかし名前は口下手である。
ロンは一連の成行きを見ていたが、ハーマイオニーと共に応戦する気配は無かった。かといって、この争いを止めようともしない。
笑ってはいなかった。けれど、ディーンやシェーマスと一緒に壁に凭れて立って、ただ見ているだけである。
「一つあげようか?グレンジャー?」
マルフォイがニヤニヤと笑ったまま、ハーマイオニーにバッジを差し出した。
売り言葉に買い言葉である。
名前にはとても出来ない芸当だ。
「沢山あるんだ。だけど、僕の手に今触らないでくれ。手を洗ったばかりなんだ。
『穢れた血』でベットリにされたくないんだよ。」
ついにハリーが杖を取り出した。
これに慌てたのは名前である。
もしも乱闘騒ぎになれば、ハリーはますます孤立してしまう。
いざとなったら力ずくで止めなければならない。
そして慌てたのは名前だけではなかった。
周りの生徒は、慌てて距離を置いた。
「ハリー!」
「やれよ、ポッター。」
引き止めようとするハーマイオニーの声に、マルフォイが被せるようにそう言った。
こちらも杖を取り出し、すっかり戦闘態勢だ。
「今度は、庇ってくれるムーディもいないぞ―――
やれるものならやってみろ―――」
一瞬の間。
それから全く同じタイミングで、二人が叫んだ。
「ファーナンキュラス!鼻呪い!」
ハリーが叫んだ。
「デンソージオ!歯呪い!」
マルフォイも叫んだ。
二人の杖から互いに向かって光が飛び出す。
それは空中でぶつかり、それぞれ軌道を変えた。
ハリーの光線はゴイルの顔へ、マルフォイのはハーマイオニーに当たって光は消えた。
一瞬の出来事だった。
気付けばゴイルは両手で鼻を覆って喚き、ハーマイオニーは口を押さえてパニックになっている。
『ハーマイオニー、……
ハーマイオニー、落ち着いて…』
「ハーマイオニー!」
これにはロンも堪らず駆け寄ってきた。
口を押さえる手を引っ張り、ハーマイオニーの様子を見る。
ハーマイオニーの前歯が伸びていた。
顎に到達しそうな程で、まだ伸び続けている。
ハーマイオニーは混乱状態で、歯を触り、驚いて言葉にならない叫び声を上げた。
『ハーマイオニー、医務室に行こう。大丈夫だ。マダム・ポンフリーはすぐ治してくれる…落ち着いて…』
「この騒ぎは何事だ?」
落ち着かせようとする名前の声に続く、低い声。
皆が一斉に声がした方を見た。
薄暗がりからスネイプが現れた。
カツカツと踵を鳴らしながら、こちらに近付いてきている。
スリザリン生が一斉に口を開いて説明を始めた。
生徒をじろりと見下ろしてから、スネイプはマルフォイに視線を合わせる。
そして手を上げて、長い指をマルフォイに向けた。
「説明したまえ。」
「先生、ポッターが僕を襲ったんです―――」
「僕達同時にお互いを攻撃したんです!」
ハリーが叫んだ。
「―――ポッターがゴイルをやったんです―――
見てください―――」
スネイプはゴイルの顔を見た。
ゴイルの鼻には大きな腫れ物がいくつも出来ており、どれも痛々しい程に盛り上がっている。
未だに膨れ続けているようだ。
「医務室へ。ゴイル。」
「マルフォイがハーマイオニーをやったんです!」
スネイプがそう判断を下すと、すかさずロンが叫んだ。
「見てください!」
伸び続ける歯を両手で隠そうとするハーマイオニーを、ロンは無理矢理スネイプの方へ向かせた。
歯は今や喉元を過ぎている。
それを見たパンジー・パーキンソン達が、スネイプの陰に隠れてハーマイオニーを指差し、声を殺して笑っている。
「いつもと変わりない。」
冷たい声でそう一言、スネイプは言った。
嗚咽する声が聞こえて、名前はハーマイオニーを見る。
ハーマイオニーは今にも零れそうな程に涙を浮かべていた。
その涙が零れる前に、ハーマイオニーは背を向けて走り出し、廊下の向こう端まで駆け抜け、姿を消してしまった。
その瞬間、ハリーとロンが同時にスネイプに向かって叫んだ。
二人の声は廊下に大きく反響して、叫んだ内容は分からない。
だがスネイプは大方内容が分かったらしい。
「左様。」
奇妙なほどの猫撫で声だ。
少し目を細め、スネイプはハリーとロンを見下ろした。
「グリフィンドール、五十点減点。ポッターとウィーズリーはそれぞれ居残り罰だ。
さあ、教室に入りたまえ。さもないと一週間居残り罰を与えるぞ。」
頭の中にハーマイオニーの姿がちらつく。
ぞろぞろと教室に入るクラスメートを横目に、名前は廊下の向こう端を見た。
当たり前だがそこには誰かがいるわけがない。
「早く入りたまえ。」
『…』
スネイプに突くように背中を押され、名前は強制的に教室に入った。
すぐ後ろでドアが閉まる音がした。
どうやら、ハーマイオニーを追い掛ける事は出来ないようだ。
早く座れと言うばかりの鋭い視線が突き刺さる。
睥睨するスネイプから逃れるように、名前はハリーが座る一番後ろの席へと向かう。
「解毒剤!」
名前が席に着くのを見届けてから、スネイプは何事も無かったかのように授業を始めた。
「材料の準備はもう全員出来ているはずだな。それを注意深く煎じるのだ。
それから、誰か実験台になる者を選ぶ……。」
クラスを見回すスネイプの目が、ハリーの所で止まった。
ハリーは対抗するように睨み返している。
一触即発。
正にそんな雰囲気である。
一難去ってまた一難というか、次から次へと問題が発生するこの状況に、名前は緊張が解けずにいた。
―――コンコン、
緊迫したこの教室に、ドアをノックする音が響いた。
控え目な音だが、静かな教室にそれは大きく、皆の耳にはっきりと届いた。
ゆっくりとドアが開き、その隙間から男子生徒がひょっこり顔を出す。
コリン・クリービーだ。
コリンは一番後ろの席にいるハリーを見つけると、照れ笑いのような笑みを浮かべた。
それからそっと教室に入り、教壇にいるスネイプの所へ向かった。
「何だ?」
「先生、僕、ハリー・ポッターを上に連れてくるように言われました。」
スネイプはほんの少し目を細め、コリンを見下ろした。
そのちょっとした動作が恐怖心を煽るのだろう。
コリンの顔から笑顔が消えた。
「ポッターにはあと一時間魔法薬の授業がある。」
スネイプは静かに、しかし威圧的にそう言った。
「ポッターは授業が終わってから上に行く。」
「先生―――でも、バグマンさんが呼んでます。」
恐怖心で顔色を窺うようではあるが、コリンは使命感に燃えていた。
遠慮がちに、しかしはっきりと話すのだ。
「代表選手は全員行かないといけないんです。写真を撮るんだと思います……。」
「よかろう。」
その一言にスネイプの心中が込められているようである。
やけに力強く言った。
「ポッター、持ち物を置いていけ。戻ってから自分の作った解毒剤を試してもらおう。」
「すみませんが、先生―――持ち物を持っていかないといけません。」
すかさずコリンが言った。
「代表選手は皆―――」
「よかろう!ポッター―――鞄を持って、とっとと我輩の目の前から消えろ!」
ハリーは投げるように鞄を肩に掛け、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
そしてドアに向かい、コリンと共に教室を出ていく。
―――バタン。
ドアが閉まる。
この場に残されたのは生徒と、機嫌が急降下したスネイプである。
怒りの矛先が一体どこに向けられるのか、考えたくもない。
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