04.






掲示板に「三校対抗試合」の知らせがあってから一週間、学校中どこに行っても話題はそればかりだった。
一週間の内に城は神経質なほど入念に掃除され、どこもかしこも新品同様である。
生徒の気持ちが昂ると共に、教師陣もどこか張り詰めた雰囲気だった。





「ロングボトム、お願いですから、ダームストラングの生徒達の前で、あなたが簡単な『取替え呪文』さえ使えないなどと、暴露しないように!」





授業の終りにマクゴナガルが怒鳴った。

ネビルが自分の耳をサボテンに移植してしまったのだ。















十月三十日金曜日の朝。
朝食を摂りに大広間に入れば、昨晩には無かった装飾が施されていた。
壁には各寮の巨大な絹の垂れ幕がそれぞれ掛けられ、朝日を浴びて滑らかな光りを発している。

生徒で賑わうテーブルで空席を探していると、フレッドとジョージを見付けた。
人を避けるようにして他から離れて座り、頭を寄せ合い何か話している。

ロンが四人の先頭に立ち、二人に近付いていった。





「そいつは、確かに当て外れさ。」





ジョージが暗い声でフレッドに言った。





「だけど、あいつが自分で直接俺達に話す気がないなら、
結局、俺達が手紙を出さなきゃならないだろう。じゃなきゃ、やつの手に押し付ける。
いつまでも俺達を避けてる事は出来ないよ。」



「誰が避けてるんだい?」





ロンが二人の隣に腰掛けながら聞くと、二人の眉根に皺が寄った。





「お前が避けてくれりゃいいのになぁ。」



「当て外れって、何が?」



「お前みたいなお節介を弟に持つことがだよ。」





苛立った声でフレッドが言ったのにも関わらず、ロンは続けてジョージに聞いた。
慣れているのかもしれない。





「三校対抗試合って、どんなものか、何か分かったの?」





双子の苛立ちを察してか、はたまた単純に気になっていただけなのか、理由は分からないが。
ロンの隣に腰掛けながら、ハリーは話題を変えてそう聞いた。





「エントリーするのに、何かもっと方法を考えた?」



「マクゴナガルに、代表選手をどうやって選ぶのか聞いたけど、教えてくれねえの。」





ジョージ不愉快そうに答えるのを耳で聞きながら、ハーマイオニーと名前も腰掛ける。
取り皿とコップを準備して、朝食を物色し始めた。





「マクゴナガル女史ったら、黙ってアライグマを変身させる練習をなさい、ときたもんだ。」



「一体どんな課題が出るのかなあ?」





ロンの疑問の声に、名前は一瞬顔を上げる。
しかし自分に向けられたものではないと分かると、再び朝食に目を遣り、ミルクの入った容器を探した。





「だってさ、ハリー、僕達きっと課題をこなせるよ。これまでも危険な事をやってきたもの……。」



「審査員の前では、やってないぞ。」





フレッドが言った。今や話に夢中で、食事の手が止まっている。
朝食を摂っているのはハーマイオニーと名前だけである。





「マクゴナガルが言うには、代表選手が課題をいかにうまくこなすかによって、点数がつけられるそうだ。」



「誰が審査員になるの?」



「そうね、参加校の校長は必ず審査員になるわね。」





ハリーの質問にハーマイオニーが素早く答えれば、
ハリー、ロン、フレッド、ジョージの四人は勢いよく一斉にハーマイオニーを見た。
零れ落ちそうなくらい目を見開いており、かなり驚いている様子だ。





「一七九二年の試合で、選手が捕まえる筈だった怪物の『コカトリス』が大暴れして、校長が三人とも負傷してるもの。」





「何でそんな事を知ってるんだ?」と言う風な視線に気付いたハーマイオニーは、
「私が読んだ事のある本を何で読まないの?」と言う風な口調で続けた。
図書館に入り浸るのはハーマイオニーと名前くらいなので、勿論名前も知っている事である。
しかしプチトマトが中々フォークに刺さらない今、名前に話に入り込む余裕は無かった。





「『ホグワーツの歴史』に全部書いてあるわよ。もっともこの本は完全には信用できないけど。
『改訂ホグワーツの歴史』の方がより正確ね。
または、『偏見に満ちた、選択的ホグワーツの歴史―――イヤな部分を塗りつぶした歴史』もいいわ。」



「何が言いたいんだい?」



「屋敷しもべ妖精!」





ロンの質問に、ハーマイオニーは声を張り上げて答えた。
プチトマトに夢中だった名前は、顔を上げてハーマイオニーを見た。
ちょっと驚いている。





「『ホグワーツの歴史』は千頁以上あるのに、
百人もの奴隷の圧制に、私達全員が共謀してるなんて、一言も書いてない!」





ハリーはやれやれといった様子で首を振り、炒り卵を皿に装い食べ始めた。
ロンは何故か天井に目を向け、フレッドは思い出したようにベーコンを食べている。
それを見て、名前もプチトマトとの戦いを再開する。

ハーマイオニーが屋敷しもべ妖精の扱いについて声を上げているのは、名前が学校に戻る前からの事である。
しもべ妖精福祉振興協会なるものを設立し、それぞれの頭文字を取った、S・P・E・Wと書かれたバッジまで手作りしている。
入会費の二シックルでこのバッジを買わせ、その売上を資金にビラ撒きキャンペーンを展開するという。
ハーマイオニーは毎晩グリフィンドールの談話室を駆け巡ってその場にいる人を追い詰めては、鼻先で寄付集めの空き缶を振った。





「ベッドのシーツを替え、暖炉の火を熾し、教室を掃除し、料理をしてくれる魔法生物達が、無給で奴隷働きをしているのを、皆さんご存知ですか?」





ハーマイオニーは責め立てるように、根気よくそう言い続けた。
何人かはハーマイオニーに睨み付けられるのが嫌で二シックルを出し、何人かはハーマイオニーの言う事に少し関心を持った。
しかし積極的に何かをやるという事は無かった。
皆、冗談だと思っているのだ。

メンバー集めに躍起になるハーマイオニーは、ハリーもロンも、名前もメンバーに引き込んだ。
ハーマイオニーにいわく、ロンが財務担当で、ハリーは書記だという。
(二人には全くやる気が感じられないが)
流されるようにしてメンバーになった名前は広報担当だ。
字がきれいだという事と、文書を作るのが上手だという事が主な理由であるが、
口下手な部分を考慮してという理由もある。
ムーディとの訓練もあり、名前には暇など無いに等しい状況だが。

双子はハーマイオニーに二シックルを渡してはいない。
頑なに拒んでいた。





「まあ、聞け、ハーマイオニー。
君は厨房に下りていった事があるか?」



「勿論、無いわ。」





身を乗り出して聞くジョージに、ハーマイオニーは愛想なくそう言う。





「学生が行くべき場所とはとても考えられないし―――」



「俺達はあるぜ。」





まだ続きのありそうなハーマイオニーの話を遮って、ジョージはフレッドを指差しながらそう言った。





「何度もある。食べ物を失敬しに。
そして、俺達は連中に会ってるが、連中は幸せなんだ。世界一いい仕事を持ってると思ってる―――」



「それは、あの人達が教育も受けてないし、洗脳されてるからだわ!」





説得を試みた(かもしれない)ジョージの発言はしかし、火に油、駆け馬に鞭だった。
ハーマイオニーはますます熱心に話始めてしまったのだ。
その場にいた(名前を除く)誰もが「面倒な事になった」と心中で思った時、頭上に何羽もの鳥達が現れた。ふくろう便が到着したのだ。
飛び交う鳥達のその中に、こちらに向かって来るヘドウィグとネスの姿もある。
滑空するその姿見付けたハリーは、不安と期待を表情に滲ませていた。
ヘドウィグはハリーの肩に、ネスは名前の肩を掴む。





『おかえり。』





どこに行っていたのかは知らないが、名前はそう言ってネスの首を撫でた。
ネスはされるがままで、共に帰ってきたヘドウィグの方をじっと見つめている。
ヘドウィグはへとへとに疲れた様子だ。
それでもハリーにシリウスからの返事を突き出している。

逸る心を抑えきれず、返事を外すハリーの手付きはひどく焦っていた。
それから労るように、ヘドウィグにベーコンの外皮をやった。
ヘドウィグは嬉しそうに啄んでいる。

フレッドとジョージが三校対抗試合の話に夢中になっているのを確認してから、ハリーはシリウスの手紙を、名前とロンとハーマイオニーに小声で読んで聞かせた。





「無理するな、ハリー。私はもう帰国して、ちゃんと隠れている。
ホグワーツで起こっている事は全て知らせてほしい。
ヘドウィグは使わないように。次々違う梟を使いなさい。
私の事は心配せずに、自分の事だけを注意していなさい。
君の傷痕について私が言った事を忘れないように。
シリウス。」



「どうして梟を次々取り替えなきゃいけないのかなあ?」



「ヘドウィグじゃ注意を引きすぎるからよ。」





ロンの小さな呟きに、ハーマイオニーが素早く答えた。





「目立つもの。白梟がシリウスの隠れ家に―――
どこだかは知らないけど―――
何度も何度も行ったりしてごらんなさい……だって、元々白梟はこの国の鳥じゃないでしょ?」





ハリーは手紙を丸めると、ローブの中にしまい込む。





「ヘドウィグ、ありがとう。」





言って、ハリーがヘドウィグを優しく撫でると、ヘドウィグは眠そうな声で返事をした。
それからハリーのオレンジジュースのコップに嘴を突っ込み、ちょっと飲むと、すぐ飛び立ってしまった。
行き先はふくろう小屋だろう。
ネスはヘドウィグに付いてはいかず、名前の肩に掴まり羽繕いを始めている。





『…』





夕方に他校の生徒がやって来るという事で、ホグワーツ内は祝い事があるかのように、どことなく陽気な雰囲気に包まれていた。

しかし中には変わらない者も勿論いる。
例えば名前はいつも通り無表情だったし、スネイプだって眉間に深い溝を彫っていた。
まあ、名前は帰省するので一大イベントを逃すようなものだし、スネイプにとってはこの日の「魔法薬学」は通常より三十分短く、皆の気持ちもよそにあったので仕方ないかもしれない。
名前もスネイプも、それぞれ表情を変えて見せる方が困難な事だろうけども。

授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、名前達四人は急いでグリフィンドール塔に戻る。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは鞄と教科書を置いてマントを羽織った。
そして名前は、荷物の詰まったトランクを持つ。
走るようにして階段を下り、四人は玄関ホールに向かった。





「折角宴会があるっていうのに、タイミングが悪いよなあ。」





トランクを引き摺る名前を見て、ロンが言った。
肩越しに振り返り、名前はロンを見る。
ロンは何だか残念そうにしていた。





「三校対抗試合の代表選手だって決まるだろうに。」



「だからといって、入院しているお母さんを放っておくわけにはいかないでしょう。
それに、確かに宴会には出られないけれど、それで三校対抗試合が終わるわけじゃないわ。」





ロンにキッパリ言い放ち、ハーマイオニーは名前を見た。





「さあ、ナマエ。他の皆が集まる前に行った方がいいわ。
何だろうって、じろじろ見られたくないでしょう。」



『…』





コクリ。頷いた名前は、玄関の扉に手を掛けた。
そうしてから、何か思い出したように、振り返ってハリー達を見る。





『また、月曜日に。』





呟いて、名前は玄関から出ていった。

途端に冷たい空気が肌を刺した。
夕空に月が浮かんでいる。

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