06.






木の葉一枚無い裸の木の根元に腰掛けて、名前は分厚い本を読んでいる。
吐く息は白い。

カーディガンを指先まで引っ張ると、ふと顔を上げる。

そしてじっと、遠く芝生の上で団子になっている三人を見る。

ハロウィーンの一件以来、ハリーとロン、ハーマイオニーは格段に仲良くなった。
それこそ、三人セットで見掛けないことなんて有り得ないくらいに。

名前は目を細くして、再び字を追い始める。































「げ、スネイプだ。」





ロンの小さな呟きに、「クィディッチ今昔」を読んでいたハリーが顔を上げて、ロン同様渋い顔をする。

ハーマイオニーが魔法で出した火をジャムの空き瓶に入れ、その火で暖を取りながら凍てつく中庭にこうしてハリー達が出ている。

しかし眉間に盛大に皺を寄せたスネイプが、大股で滑るように近付いてくるものだから、三人は火を使うことが禁止されているのかと思い、とっさにくっつきあって火を隠した。

ロンの呟きを聞いていた名前は一瞬顔を上げたものの、スネイプと目が合うなり、素早くかつナチュラルに俯いた。

入学してから一度も切っていない前髪が、鬱陶しそうに目に入っている。
しかし、名前は俯いたまま微動だにしない。





「ポッター、そこに持っているのは何かね?」





離れていてもよく聞こえるスネイプの声に、名前は微かに身動ぐ。
顔を俯けて俯けて、今はすでに本に顔を伏せている。

布の擦れ合う音がした。
ハリーは「クィディッチ今昔」を、スネイプに渡したようだ。





「図書館の本は校外に持ち出してはならん。寄越しなさい。
グリフィンドール五点減点。」





スネイプはハリーから、素早く本を没収した。
そしてチラリと、本当にほんの少しだけ、俯いたままの名前の頭を見た後、片足を引き摺りながら、さっさと城内へ向かって歩いていった。

だんだんと遠ざかっていく気配に、名前がそっと上目遣いに辺りを窺う。
スネイプの背中は早くも遠い。





「規則をでっち上げたんだ。」





ハリーは不機嫌そうに呟いた。

名前はスネイプの片足を見詰めている。






「だけど、あの脚はどうしたんだろう?」



「知るもんか。でも、
物凄く痛いといいよな。」





涼しげな瞳はスネイプが人混みに紛れて見えなくなるまで、静かに後を追い続けた。















「僕、本を返してもらってくる。」





明日がクィディッチの試合の日のせいか、今夜の談話室はいつもより騒がしかった。

もう半分の生徒は寝ていてもおかしくない時間帯なのに、お菓子を食べたり、音楽を聞いたり、ぺちゃくちゃお喋りしたりと、やりたい放題だ。
気持ちが昂っているのか、全く眠そうな顔をしていない。

ハリー、ロン、ハーマイオニー、名前の四人は、この騒がしい中お喋りも少なく静かで、ある意味浮いていた。

比較的静かであろう窓際の席をとり、ハーマイオニー、名前が先生となり、ハリーとロンに黙々と宿題を教えているのだ。

しかし、いきなりハリーが思い切ったことを言うものだから、驚いて、ハーマイオニーは教科書を落とし、ロンは羽根ペンのインクを溢してしまった。
名前は目を見開いたまま固まったのだが、それが驚いている様子だとは第三者にはわからないであろう微かな変化だった。





「一人で大丈夫?」



『俺が一緒に行く。』





名前が心配した二人の声に覆い被せるように言った。

ハーマイオニーとロンが素早く名前に振り向く。二人とも目を見開いていた。
ハリーも驚いた様子でこちらを見ていた。





「ナマエ。
心配しなくても、僕一人でも平気だよ?」



『俺が行きたいんだ。』



「…そう。
ありがとう、ナマエ。」



『……』





ハリーが嬉しそうに笑う。
名前は開きかけた口をぎゅっと閉じた。

名前がついていくのならとハーマイオニーは安心したようで、笑って二人を送り出す。
けれども、少し不安そうに眉をひそめていた。

騒がしい談話室を出て、扉が閉まると、吐く息は白く染まった。
ぶるりと体が震える。





『…明日、……緊張するか。』





静かな廊下に、名前の小さな声がよく響く。

ハリーは目を見開き驚いて、隣を歩く名前を見詰める。
やがて、コクリと頷く。

本を返してもらいにいくのは、明日のクィディッチの試合の不安を忘れたいがための口実だったのだ。





「緊張してるし、不安だよ。」



『…応援する。』



「うん、…ナマエ、絶対見に来てね?」



頷き、
『…気を付けて。』



「ありがとう。ナマエは心配性だね。」



『…。』





首を傾げた名前に向かって、ハリーはにっこりと笑った。

それから会話も少なく、廊下を進み、階段を上る。
温かかった体も冷えきった頃、やっと職員室に到着した。

ハリーが歩み出て、ドアをノックする。
しかし答えはなく、名前とハリーは首を傾げた。
ハリーが再度ノックをする。
それでも返事はなかった。





「誰もいないのかな。」



『…見るか。』



「そうだね。もしかしたらスネイプ、本を置きっぱなしにしているかもしれないし。」



『…持ってく。』



「持っていくよ。どうせ規則はでっち上げだろうし。」



『………』





何か言いたげに口を開いた名前は、ややあってから口を閉じた。
その間にハリーがなるべく音を立てないように、職員室の扉を開ける。

中の光りが廊下側にもれて、部屋の様子は小さな隙間からでも容易に見ることができた。
部屋の中には、スネイプとフィルチしかいなかった。

フィルチがスネイプに包帯を渡している。





「忌々しいやつだ。三つの頭に同時に注意なんてできるか?」





そう言うスネイプの片足はズタズタで、血塗れだった。

名前は首を傾げてハリーを見る。ハリーは驚いたように目を見開いていた。
そして直ぐ様、静かに扉を閉めようとした。

だがそれは失敗した。





「ポッター!!」



「本を返してもらえたらと思って。」



「出て行け、失せろ!」





ハリーは全速力で寮に向かって走っていった。

小さくなっていくハリーの背中を、名前がぼーっと見詰める。





「!……君も寮に戻りたまえ、ミョウジ。」



『…スネイプ先生。』





暗がりから現れた名前を、スネイプは驚いた顔付きで見た。
しかしすぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ったが。

名前は遠慮がちに前に進み出て、職員室に入る。





「…何か用かね?ミョウジ。」



『足…まだ…ですか。』



「…余計な口出しはよしたまえ、と先日申し上げたばかりのはずですがな。」



『……治さない、…ですか。』



「…Mr.ミョウジ、君は結局何が言いたいのかね。」





座ったままのスネイプが、名前を上目遣いに睨み付ける。
名前はビクリと身を縮ませた。

鋭い射貫くような眼光を真正面から受けて、口を開いては閉じてを繰り返す。

やがてもごもごと、やっと声にした。





『…俺が……やりますか。』



「なんだと」





スネイプの眼光が鋭くなる。
名前の体は強張った。





「貴様なんぞに手を貸される必要はない。これ以上くだらないことを言うのならばさっさと寮へ戻りたまえ。さもなくば減点してさしあげるが、Mr.ミョウジ?」



『…、スネイプ先生…。』



「戻りたまえ。減点すると言っているのが聞こえなかったのかね。」



『………
…。』





名前は口を一文字に引き結び、じっと、スネイプを見詰める。
スネイプも名前を見詰める。
(というよりも、睨み付けている)

二人はしばし見詰め合った。





『………』



「………」



『………』



「………」



『………』



「…何故顔を赤らめる。」



『…すいません』





恥ずかしくて。

俯いた名前は、ぼそぼそとそう続けた。
普段は青白い顔を、今はリンゴのように真っ赤に染めている。

―――日本人は礼儀正しく、奥ゆかしいと聞いたことはあるが―――

しかしこの状況で何が恥ずかしいのだと言いたげに、スネイプは眉間の皺を深くさせた。

いろいろ言いたいことがあったが全て呑み込み、とりあえず溜め息を吐く。





「よかろう。」



『…』



「それほどまでに手当てをしたいというのならば許可しよう。ただし傷を悪化させるようなことはするな。」



『し…しません。』





名前はスネイプの手から素早く包帯を抜き取ると、屈んで足の傷を手当てしだした。
スネイプが呆気にとられるほどに、動作に隙はなかった。

監視するような鋭い目付きで、スネイプはせっせと手当てをする名前をじっと見る。
名前は何か企んでいる様子もなく、無表情で黙々と治療を施している。

フィルチはとっくに、学校の見回りに行ってしまっていない。

時折走る痛みに、ほんの少し、いつもより眉間の皺が深くなる。





『…スネイプ先生』





包帯を巻く手を止め、名前はスネイプを見上げる。





「なんだね。」



『傷、は…どこで。』



「Mr.ミョウジ、君には関係ないことだろう。」



『…フィルチさんとの話、と…関係は。』



「…余計な口出しをするな。」



『………ごめんなさい。』



「………」



『…終わりました、スネイプ先生。』





立ち上がった名前を視界の隅に、スネイプは手当てを施された脚を見る。

丁寧に包帯を巻かれた脚が、そこにはあった。





『…失礼します。』



「…。」





ぐにゃりと力ないお辞儀をし、項垂れた名前が出口に向かっていく。





「…ハロウィンの日、」





ふいに低い声が響く。

名前は僅かに首を傾げながら、振り返ってスネイプを見た。





「あのふざけた格好はハロウィンの冗談のつもりでしたのかね?」



『…あれは、ロンの、…
ウィーズリーのお兄さんたちが、イタズラで。……』



「成る程。奴らの罠にまんまと嵌まってしまったと。気の毒に。
学校中君の噂で持ちきりでしたぞ。」



『…。』





名前は顔を青くさせたり、赤くさせたりして、ピキンと固まった。
もちろんその慌てようも、第三者から見れば、いつもと何も変わってない通常の状態にしか映らないだろうが。

再度『おやすみなさい』と言うと、逃げるようにして職員室から出ていった。

そのときには既に、就寝時間を過ぎていた。

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