01.-1
「ねえ、見て。彼。」
「あんな人、この学校にいたかな?」
『…』
朝食に賑わう大広間に一歩足を踏み入れれば、寮ごとに分けられたテーブルなど関係なく、そこかしこから視線を投げ掛けられた。
長い足で大股に歩きながら、名前はチラリと横目で見る。
幼い顔立ちの、好奇の眼差し。
どうやら、視線を向けてくるのは新入生のようである。
一ヶ月近く遅れて学校に到着したせいか、名前の登場は彼らにとって興味深いものであったらしい。
「先輩かなあ。」
「当たり前だろ。あんなに背が高いんだから。」
『…』
賑わう中で気にしていないのか、声を抑えていない彼らの内緒話は筒抜けである。
視線を前に戻した名前は、何事も無かったかのように歩を進めた。
やがて目的地に辿り着けばピタリと立ち止まり、空いた席へと腰を下ろしながら、先客である友人達へ向けて、呟くような挨拶をする。
『おはよう。』
「…」
「…」
「…」
談笑していた彼らはピタリとそれを止めて、弾かれたように名前を見た。
目を見開き、口をぽっかりと開け、まるで幽霊を見たようだ。
フォークに刺さっていたソーセージが、ぼとりとテーブルの上に落ちたが、誰も気付かない。
「ナマエ!」
一拍の間を置いて、彼らは一斉に名を呼んだ。
それが思いの外大きな声だったから、名前は椅子の上でほんの少し、その大きな身を縮こまらせる。
「今朝起きたら、君のベッドに荷物が置いてあったもんだから、やって来たんだと思ったけれど…」
呆然としたまま、ロンは話した。
「でも、寮のどこにもナマエはいなかった。」
もう落ち着きを取り戻したらしいハリーが続く。
『マクゴナガル先生のところに行っていた。』
「マクゴナガル先生のところへ?」
『…』
食事の手が止まったままのハーマイオニーを横目に、名前は頷く。
ミルクの入った容器を引き寄せ、ゴブレットに並々注いだ。
『話。』
「話?」
『今後の話。』
コクリ。
ゴブレットに口を付けて、ミルクを飲む。
『時間割とか、授業の事。時々、日本に帰るから。』
「何で?」
『…』
山盛りのサラダを崩さないように、静かにボウルを引き寄せてから、名前はハリー達三人の方を見た。
皆一様に心配や不安を滲ませている。
ハリーもロンもハーマイオニーも、おそらく他の生徒も誰も彼も、名前が学校の到着に遅れた理由を知らない。
知っているのはどうやら教師陣のみであるらしい。
「どこか体、悪いの?」
『……』
おそるおそる、遠慮がちにハーマイオニーが尋ねた。
名前は頭を振ってそれを答えとする。
『後で話す。』
三人は何か言いたげに名前を見た。
けれど、サラダを装うのに苦戦している名前を見て、諦めたらしい。渋々といった様子で頷いた。
「ナマエ、また背が伸びた?」
『…』
その直後に話題は変わり、名前は理解するのに数秒を要した。
「ねえ、いい加減話してくれないかな?」
『…』
ほんの少し苛々した口調で、何の前置きも無しにロンは言う。
名前に向けて発せられた言葉だったが、当人は自分に言ったとは思っていないようだった。
というか、そもそもロンの存在に気付いている様子は無かった。
柔らかなソファーに座り込み、未だ読書に没頭している。
ロンは鼻から息を吐き出して、名前のローファーを踏みそうな程に近付き、腕組みをして名前を見下ろした。
そこで名前はやっと顔を上げて、その威圧的な雰囲気に僅かにたじろいだのである。
『………何。』
「ナマエ、何か忘れてはいない?」
『………』
言い聞かせるようにゆっくりした口調でハーマイオニーが尋ね、それにハリーとロンが頷いて促す。
そうして、黙ったまま彼らは名前を見つめた。何かを期待するように。
しかし何を期待されているのか、何を促されているのか。名前にはさっぱり分からないようであった。
ただ目をぱちくりさせて、ずらりと立ち並ぶ彼らを見上げるばかりである。
ついに折れたのは彼らの方で、顔を見合せ、揃って溜め息を吐いたのだった。
「今朝、後で話すって言ったじゃないか。
それなのに、昼になっても夕方になっても話してくれないから…。」
今朝の一件を話しているのだと、名前はそこで初めて気が付いたらしい。一人納得したように頷いている。
話しながらソファーに腰掛けたロンは、名前のその様子を見てちょっと眉をひそめた。
ロンに倣って空いている場所へ座ったハリーとハーマイオニーも、チラと顔を見合せて無言の会話をしている。
「ほらね」「やっぱりね」という表情である。
「ナマエ、まさか忘れてないよね?」
『…』
若干心配しているような目付きでハリーに見つめられ、名前はそろりと視線を暖炉へと向けた。
暖炉ではパチパチと音を立てて薪が燃えているだけで、何の変哲もない。
ハリーもロンもハーマイオニーも、今や名前が話し始めるのを黙って待っていた。
ただ、見つめる瞳は強く訴えかけていて、これまで我慢していたであろう事を窺わせた。
けれども名前が「後で話す」と言った為に、人の多い昼間では話せない内容なのだと認識して、今まで言い出す事を遠慮していたらしい。
そうしてやっと話したのは、日付が変わるのも近い就寝時間間近である。
名前達以外は皆寝室に引き上げて、この談話室には誰もいない。
『…何から話したらいいか、分からない。』
少しして開いた口からは、抑揚の無い声が零れた。
開いたままの本に掌を置いて、もう片方の手に栞をもてあそぶ。
落ち着かないようにも見えるし、手持ち無沙汰にも見えた。
『……話を聞いて、もしかしたら…
驚くかもしれない。…
誤解するかもしれない。』
「いつもの事じゃないか。」
何を今更、という調子でハリーが言った。
「そうだよ。ナマエ、君はいつも気付いたら背後にいるから、僕、毎回驚いてるんだぜ。」
「誤解する事を恐れているなら、ナマエ。ね。誤解がないように、私達、落ち着いて、ちゃんと話せばいいのよ。」
「時間はあるんだから、話してよ。もうすぐ就寝時間だけど…
大丈夫さ。静かに話せば、怒られたりしないよ。きっと。」
『…』
ハリー達の後押しがあって、決心がついたのか。
それとも、話の整理が出来たのか。
ゆっくりと口を開いた名前は、ぽつりぽつりと、呟くようにして話を始めた。
ダンブルドアに話したように、彼らに伝えた。
話は淡々と語られた。
途中、ハリーとロンは何か言いたそうに口を開きかけたりしたが、そうするたびにハーマイオニーが止めた。ハーマイオニー自身も我慢しているようだった。
そうして話が終わる頃には、今まで何度も口を開きかけた彼らは、皆黙り込んでいた。
何を話せばいいか分からないようだった。
「奴らにとって、君のお父さんは裏切り者だから、だから殺されちゃったってこと?」
沈黙を破り、初めに口を開いたのはロンだった。
チラリ、名前はロンを見る。
するとロンは少し慌てた様子で、また口を開いた。
「いや、勿論、操られてたんだから、裏切るっていうか、うん。ええと、…抵抗したから。
そうだよね?」
『………
ダンブルドア校長先生は、そう考えている。』
「だけど、それなら、ナマエ。君だって危ないんじゃないか?君のお母さんだって…。」
『なるべく帰省する。』
にべもない返事で言い切られて、ロンは返す言葉に詰まった。
愛想がないのはいつもの事がである。
「それはそうよね。だって、心配だもの。」
『…』
コクリ、頷く。
「けど、ナマエ。
勿論、ダンブルドア先生は了承したのよね?」
『…』
「今はホグワーツにいるからいいわよ。
でも、ホグワーツから出たら、誰があなたを守るの?」
心配からか不安からか、もしかしたら両方かもしれない。
ハーマイオニーの眉はきゅっと寄せられている。
返事をしない名前は、少し考えているようだった。
『連絡手段として、ダンブルドア校長先生から鳥を預かった。』
眉間に寄っていた眉が元に戻り、ハーマイオニーは少し目を見開いて、ぱちぱちと瞬いた。
ハリーもロンも、名前が何を言ったのか分からないようだった。
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