31.






「到着じゃ。」



『…』





かたく閉じていた目を開ける。
どっしりとした城門が目の前にあった。
それは独りでに開き、二人を迎え入れる。

そして、長い長い坂がずっと続く。
遠くの方に、ホグワーツが見える。
窓からはオレンジ色の明かりがもれていた。





「さて、ちと面倒じゃが、歩いていこう。
ナマエ、体は大丈夫かの?」



『はい。』



「それは結構。初めてコレを体験した者は、大抵吐くんじゃがの。」



『…』





悪びれた様子もなく言い退けて、ダンブルドアは歩き始めた。

昼御飯を食べていたら吐いていたかもしれない。















いつもは騒がしい校内だが、今は静かなものだ。
蝋燭の灯火だけが照らす廊下は薄暗く、誰ともすれ違わない。
皆はもうベッドの中なのだろう。
既に就寝時間を過ぎているのだから。
日本では昼過ぎだったが、こちらは深夜に差し掛かっている。





『…』





黙ったまま先頭に立って歩くダンブルドアの後を、名前も黙ってついていく。
どこへ向かっているのかは分からなかった。

やがて三階のガーゴイルの石像の前に辿り着くと、ダンブルドアはその前に立った。
合言葉を呟くとガーゴイル像が動き出し、背後の石壁が左右に開き、階段が現れる。





『…』





ダンブルドアに誘われるまま、名前はその階段を上がった。
階段は扉に続いていた。
ダンブルドアが先に中へ入って、名前が入るのを待っている。





『失礼します。』





円形状の部屋だ。

壁には額に入った写真がずらりと飾ってある。
おそらく、ホグワーツ歴代校長の写真だろう。

そしてここは、ダンブルドアの部屋なのだろう。





『……』





ダンブルドアの部屋に来るのは初めてかもしれない。
名前は物珍しそうに辺りを見回している。
そして、扉のすぐ脇に鳥がいるのに気が付いた。
鮮やかな赤色と金色の鳥だ。
金の止まり木に静かに止まって、見つめる名前を見つめ返している。





「ナマエ、ここに座りなさい。」



『はい。』





ダンブルドアは机を挟んで椅子に座り、向かい側の椅子に座るよう手で促した。
周りを見回すのをやめて、名前を椅子に腰掛ける。

机の後ろの棚には「組分け帽子」が置いてあり、その隣のガラスケースには銀の剣が収められているのが見えた。





「さて、」





どこからともなく紅茶が現れて、机の上に静かに着地した。

芳醇な香りとともに湯気が立ち上る。

促されるまま手に取って、一口コクリと飲み込んだ。





「まずは、ナマエ。
君が無事であった事を喜びたい。」





ダンブルドアは机の上に手を置いて、手を組み合わせる。
じっと名前を見つめた。





「そして、君のご両親について、こうなってしまった事が残念でならない。」



『……』





どこまで知っているのかは分からないが、起こった事全てを手紙にして知らせてある。
勿論事実だけを述べて、曖昧な事は伏せている。
ダンブルドアはそれを敏感に感じ取っているようで、秘密を暴くような目で名前を見つめていた。





「ナマエよ、君はあの日何を見た?」





そしてついに躊躇いなく、ダンブルドアはそう言った。

名前は真っ直ぐダンブルドアを見る。
ダンブルドアは確信めいた目付きで名前を見つめ返した。

何か思い当たる節があるようだ。




『………』



「ゆっくりでよい。ナマエ、ゆっくりじゃ。
何が起きたか、何を見たのか、教えて欲しい。」





名前はダンブルドアを見つめた。
アイスブルーの瞳は射貫かんばかりに見つめ返してくる。

名前は視線をそらした。
目を伏せ、唇を真一文字に引き結ぶ。





『………
デパートが火事になって、』





やがて口を開くと、話し始めた。





『父と母と、他のお客さんと一緒に、出口に向かいました。』





抑揚の無い声で、ぽつりぽつりと続ける。





『途中、瓦礫が落ちてきて、…すり抜ける隙間はありました。
そこを、お客さんが通って、出口に向かって……』





思い出すように、時折口を閉じては、また開く。





『誰も出てこなくなって。…父を呼びました。瓦礫の向こう側にいたまま、こっちへ来なかった。
それで、俺は、隙間から覗いたんです。』





表情からはやはり、予想はしていたが、感情を見出だす事は出来ない。





『…父の背中が見えて、それで、倒れて、動かなくなりました。』





口を閉じる。
ぎゅ、と真一文字に引き結ぶ。
そして再び口を開く。





『………
それから母を連れて、外に出ました。救急車や、消防車が沢山来ていて、人が沢山集まってて…
………』





話し始めて、そこで初めて、長い間黙った。
伏せた目を紅茶に向けて、ぱちぱちと瞬く。





『………
…見間違いかもしれません、』





躊躇いがちに、小さな声で切り出す。





『勘違いかもしれません、けど……
人だかりの中に、黒ずくめの男の人を見ました。
俺を見て、笑っていました。』





顔を上げて、ダンブルドアを見る。





『…………それで、終わりです。』





再び目を伏せ、紅茶を見つめる。
ダンブルドアは暫く黙って、名前を見つめた。

紅茶から立ち上る湯気は、殆ど見えないくらい薄くなっている。





「実はの、ナマエ。
クィディッチ・ワールドカップのキャンプ場に、死喰い人が現れたのじゃ。」





そう、静かに切り出す。
伏せていた目をダンブルドアに向けた。





「奴らはキャンプ場を襲撃し、『闇の印』を残して消えた。
『姿くらまし』じゃ。」





ダンブルドアはその瞳を見つめて続けた。
月の無い夜のような、黒い瞳を見つめ続けた。





「日付は火事が起こる九時間前。」



『…』



「分かるかの、ナマエ。
キャンプ場での襲撃。そして火事。
日本との時差はおよそ九時間。」



『…』



「『死喰い人』は襲撃した後『姿くらまし』し、
日本に『姿あらわし』して火事を起こした。」



『…』



「君が見た者は見間違いでも勘違いでも、おそらく無いじゃろう。偶然にしてはタイミングが良すぎる。
計画されたものだったのじゃろう。」



『……』





ダンブルドアを見つめ、瞬きだけを繰り返す。
言葉を失っているようにも見えたし、何か考え事をしているようにも見える沈黙だった。





『…父は、』





表情を全く変えないまま、そう切り出した。





『裏切り者だから、殺されたんでしょうか。』



「…」





ダンブルドアは少し黙り、それから頷いた。





「その可能性は大いにある。ナマエ、君もじゃ。」



『…』



「君だけではない。君の母親もそうじゃ。奴らは裏切り者を許しはしない。
その一家を根絶やしにするまで命を狙い続ける。」



『…』



「しかし、だからこそ分からないのじゃ。」



『…』



「何故君を生かしたのか…
それが分からない。それがどうしようもなく恐ろしい。」





それは名前にも分からない。
ダンブルドアに分からないのだから、名前に分かるはずもないのだろうけど。





「今後の学校生活じゃが、」





ダンブルドアは組んでいた手を解いて、カップを掴んだ。
紅茶を一口飲み、唐突にそう言った。





「君はお母さんの事で度々、日本に帰らなければならなくなるじゃろう。」



『…』



「そこでじゃ。」





ダンブルドアは突然、腕を掲げた。
すると、開いた窓から何かが颯と入り込んできて、その腕に止まった。





「君とわしの連絡をとる手段が必要かと思うてな。」





それは鳥だった。白い鷹だ。
頭から尾まで、60cm程だろうか。
翼を広げたらもっと大きく感じるかもしれない。





「とても神経質で警戒心が強いが、頭の良い鳥じゃ。」





ダンブルドアが、鷹の乗った腕を振る。
すると鷹は飛び立ち、名前の肩へ降り立った。
ズシリとした重みがある。
力強い足が肩を掴むが、痛くないよう加減をしているのを体に感じた。





「君に授けよう。」



『ダンブルドア校長先生、』



「ん?」



『日本とここでは、遠いです。大丈夫でしょうか…』



「大丈夫じゃ。彼は耐えられる。
そして何より、君にとって、きっと大切な存在になる。
賢明な老将のように君を導き、巣の中の雛のように落ち着ける場所となるじゃろう。
彼はいつも寄り添ってくれるはずじゃ。」





名前は肩に乗った鷹を見つめた。
柔らかな羽毛が頬を撫でる。





『ダンブルドア校長先生。』



「ん?」



『この鳥の名前は、何というのでしょうか。』



「まだ、彼に名前は無い。君が名付けると良い。」



『………』



「…………そうじゃの。名前が決まるまでは、………
ネス、と呼べば良い。
不便じゃしの。これまではそう呼ばれてきた。」



『……ネス、』





呟くと、くるる、と小さな返事が返ってきた。





「そうそう。教科書等は君のベッドの上に置いてあるはずじゃ。」





白い鷹―――
ネスと静かに戯れる名前を見つめながら、ダンブルドアは言った。





『有り難うございます。あの、…』



「代金の事は気にせんで良いぞ。」



『……』





先に言われてしまった。





「それから、宿題もまとめて置いてある。
こんな時に言うのも気が引けるんじゃが。」



『…』



「先生方は事情を知っておられるから、多少遅れて提出しても大丈夫じゃ。
それと、分からない事があるのなら、先生方にでも、君の友人にでも、遠慮せずに聞きなさい。
勿論わしでも良いぞ。」





穏やかに微笑むダンブルドアを無表情に見つめ、名前は小さくお礼を言った。

その頭の中では、これまでの遅れを取り戻す為の段取りを既に考えている事だろう。

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