27.







『本日はご多忙中のところ、遠路はるばるお越し下さいまして、誠にありがとうございました。
故人の長男といたしまして、親族一同を代表して、厚くお礼申し上げる次第でございます。……』















「名前くん。こっちは片付け終わったし、そろそろ帰ろか。」



『…』





角からひょっこり顔を出した柳岡が、優しい声を掛ける。
会葬者達の食事後。
誰もいなくなった会場に、名前は一人、パイプ椅子に座っていた。





「タクシー呼んでもらったから、ここで座って待ってよか。
十分くらいで来るやろ。」





言いながら、柳岡は名前の隣に腰掛けた。

髪が乱れ、ネクタイが少し歪んでいた。





『…』





テーブルの上には会葬者に用意された食べ物や飲み物が、乱雑に置かれている。

数種類の料理で、皿には食べ残しが目立っていた。
あまり美味しくないのかもしれない。

壁に掛けられた時計は静かに時を刻んでいる。
もうすぐ日付が変わる。





『柳岡さん。』



「うん?」





時計の秒針の音しかしない静かな空間で、それは唐突で。
手持ち無沙汰にどこともなくぼうっと見つめていた柳岡を、少しだけ驚かせたようだった。





『急な事だったのに、今日は色々と、ありがとうございます。
俺は何をしたらいいか、全く分からなくて…』



「ああ、」





柳岡は左右に手を振った。
「気にするな」というアピールらしい。





「いい、いい。気にせんといて。
君のお父さんには世話になってたんや。」



『だけど、柳岡さんにはジムでの仕事があります。俺一人のために時間を費やしていたら、柳岡さんに、
ジムの皆さんにも迷惑になります。』



「…」





柳岡はじっと名前を見つめた。
名前は相変わらずの無表情で、柳岡を見つめ返した。

目は腫れていない。いつも通りの涼しげな目元だ。
葬儀中、名前は泣かなかった。
葬儀前も、今も。

では、見えない場所で、知らない時に一人で泣いているのだろうか?
感情の起伏を示さない名前が、柳岡はただひたすらに心配だった。





「これはな、名前くん。
大人の仕事なんや。」





頭に手を置いて、ゆるりと撫で回す。





「名前くん、君はまだ子どもや。」



『…』



「こないな事になってしまって、本当に悲しい。僕はまだ信じられん。大人の僕がそうなんや。
子どもの君はどないな気持ちか、…」





言葉が詰まる。
唇を真一文字に引き結び、柳岡は目を伏せた。
静かに深い溜め息を吐く。
そしてもう一度、名前を見つめた。





「君には君しか出来ない事がある。
今日のスピーチ、立派やったで。」





そこで、葬儀場の人間がやって来た。タクシーが来たと言う。
柳岡は礼を言って立ち上がると、名前の肩を抱えるようにしてタクシーの元へ向かった。

乗り込んだ柳岡は、名前の自宅付近へ向かうように、運転手へ告げる。
柳岡と名前を乗せたタクシーは、車通りも疎らな深夜の道路を走り出した。





「明日、…ちゅーか、
もう、今日やけど」





呟くように話し掛けられ、名前は隣に座る柳岡を見た。





「朝早いから、迎えに来るよ。」



『…』



「終わるのは夕方くらいになると思う。
その後の事は僕がやるから、君はお母さんのところに行ってくるといい。」





薄暗がりの車内。
過ぎ去る街灯が、時折柳岡の姿を照らし出した。
柳岡は真っ直ぐ名前を見つめていた。





『…ありがとうございます。』





頷きとともに呟く。

タクシーは順調に走っていて、もうすぐで家に着きそうだった。

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