24.-1
病室で溶けるように姿を消した二人は、直後ダンブルドアが出ていったドアから入ってきた。
端から見ていた名前からすれば、瞬く間の出来事である。
しかしその一瞬の間に、濃密な時間を過ごしてきたであろう事は、知っている名前には理解出来た。
『おかえり。』
「…ただいま。」
何を言うべきか分からないが、口を開いた名前は、そう言った。
二人は緊張した声音で返したが、大きな事をやり遂げた安堵が表情に滲み出ていた。
どうやら、上手くいったようだ。
『……』
会話はそれっきりだ。
ドアの鍵が閉まる音がして、ハリーとハーマイオニーは急いでベッドに潜り込んだ。
そしてそのすぐ後、マダム・ポンフリーが事務室から戻ってきた。
「校長先生がお帰りになったような音がしましたけど?
これで私の患者さんの面倒を見させていただけるんでしょうね?」
声だけで分かる。機嫌が悪い。
ハリーとハーマイオニーも察したらしい。
差し出されるチョコレートを黙って食べた方が良さそうだと。
差し出されるチョコレートを受け取るままに口に運んで、その数が四個目になった。
マダム・ポンフリーは二人を監視するが如く立ちはだかっていて、名前が目覚めた事に気付く様子はない。
『……』
声を掛けるか否か。
名前はマダム・ポンフリーの背中を見つめ黙っている。
迷っていたのだ。
そうしていると、遠くの方から咆哮のような音がしているのに気が付いた。
「何かしら?」
マダム・ポンフリーも気が付いたようだ。いや、気が付かない方がおかしい。
声はだんだんと大きくなっていたのだから。
「全く―――全員を起こすつもりなんですかね!一体何のつもりでしょう?」
声の主は今やすぐ近くまで来ているらしい。
話している内容は廊下に反響してはいるが、はっきりと聞こえてくる。
「きっと『姿くらまし』を使ったのだろう、セブルス。誰か一緒に部屋に残しておくべきだった。こんな事が漏れたら―――」
「奴は断じて『姿くらまし』をしたのではない!」
ファッジとスネイプだ。
スネイプの声量はかなり大きい。
「この城の中では『姿くらまし』も『姿現し』も出来ないのだ!
これは―――断じて―――何か―――
ポッターが―――絡んでいる!」
「セブルス―――落ち着け―――ハリーは閉じ込められている―――」
勢いよくドアが開かれた。
勢いがよすぎて、ドアが壁に当たって跳ね返った程だ。
勢いと音に驚いて、名前の心臓も跳ね返った程だ。
やって来たのはファッジとスネイプ、ダンブルドアだった。
前者の二人は怒り心頭に発しているが、ダンブルドアは素知らぬ顔だ。
「白状しろ、ポッター!」
大股に近寄りながら、スネイプが怒鳴った。
「一体何をした?」
「スネイプ先生!」
胸座に掴みかからん勢いである。
これに対して怒ったのは、当然校医であるマダム・ポンフリーだ。
「場所を弁えていただかないと!」
「スネイプ、まあ、無茶を言うな。」
ファッジは怒ってはいたが、スネイプよりは落ち着いているようだ。
穏やかにスネイプを静めている。
「ドアには鍵がかかっていた。今見た通り―――」
「こいつらが奴の逃亡に手を貸した。分かっているぞ!」
けれどもスネイプの興奮は治まらない。
ハリーとハーマイオニーを指差し、我を忘れたように叫んだ。
「いい加減に静まらんか!」
ついにファッジが怒鳴った。
「辻褄の合わんことを!」
「閣下はポッターを御存知無い!」
スネイプの声はファッジよりも大きい。
「こいつがやったんだ。分かっている。こいつがやったんだ―――」
「もう充分じゃろう、セブルス。」
宥めるでもなく、窘めるでもなく、ダンブルドアは静かにそう言った。
「自分が何を言っているのか、考えてみるがよい。
わしが十分前にこの部屋を出た時から、このドアにはずっと鍵がかかっていたのじゃ。
マダム・ポンフリー、この子達はベッドを離れたかね?」
「勿論、離れませんわ!」
マダム・ポンフリーはきっぱりと言い放つ。
「校長先生が出てらしてから、私、ずっとこの子達と一緒におりました!」
「ほーれ、セブルス、聞いての通りじゃ。」
ダンブルドアは穏やかな調子のまま続けた。
「ハリーもハーマイオニーも同時に二ヵ所に存在する事が出来るというのなら別じゃが。
これ以上二人を煩わすのは、何の意味もないと思うがの。」
スネイプは黙っている。
けれども納得いかないようだった。恨みのこもった鋭い目でファッジ、ダンブルドアと睨み付けたのだ。
それから何も言わずに、黒いマントを翻すと、大きな足音を立てて病室から出ていった。
「あの男、どうも精神不安定じゃないかね。」
出ていってから、ファッジは呟くように言った。
見境なく怒鳴り散らすスネイプに対し、若干失望した雰囲気である。
「私が君の立場なら、ダンブルドア、目を離さないようにするがね。」
「いや、不安定なのではない。」
ダンブルドアは相変わらず穏やかな調子を崩さない。
「ただ、ひどく失望して、打ちのめされておるだけじゃ。」
「それは、あの男だけではないわ!」
ファッジは急に声を荒らげた。
「『日刊予言者新聞』はお祭り騒ぎだろうよ!
我が省はブラックを追い詰めたが、奴はまたしても、我が指の間から零れ落ちていきおった!
あとはヒッポグリフの逃亡の話が漏れれば、ネタは充分だ。私は物笑いの種になる!
さてと……もう行かなければ。
省の方に知らせないと……。」
「それで、吸魂鬼は?
学校から引き揚げてくれるのじゃろうな?」
「ああ、その通り。連中は出ていかねば。」
ファッジは苦悩の表情で髪を掻きむしっている。
「罪もない子供に『キス』を執行しようとは、夢にも思わなかった……
全く手におえん……全くいかん。
今夜にもさっさとアズカバンに送り返すよう指示しよう。
ドラゴンに校門を護らせる事を考えてはどうだろうね……。」
「ハグリッドが喜ぶことじゃろう。」
そうして、嵐は過ぎ去った。
ダンブルドアとファッジは病室を出ていって、直ぐ様マダム・ポンフリーがドアの鍵をかけた。
愚痴をこぼしながら、マダム・ポンフリーは事務室へと戻っていく。
そして、タイミングが良いのか悪いのか。
名前の隣のベッドから呻きが聞こえた。
ロンが目覚めたのだ。
「ど―――どうしちゃったんだろ?」
上半身を起こしたロンは、頭を掻きながら、辺りをキョロキョロと見回している。
「ハリー?僕達どうしてここにいるの?
シリウスはどこだい?ルーピンは?何があったの?」
一瞬。
ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせた。
「君が説明してあげて。」
言って、ハリーはチョコレートをかじった。
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