23.-2
「ダンブルドア先生、シリウス・ブラックは―――」
「なんてことでしょう!」
現れたのはダンブルドアだったようだ。
ヒステリックなマダム・ポンフリーの叫びに反応してか、名前は少し身動ぐ。
「病棟を一体なんだと思っているんですか?校長先生、失礼ですが、どうか―――」
「すまないね、ポピー。だが、わしはMr.ポッターとMs.グレンジャーに話があるんじゃ。」
怒って早口になるマダム・ポンフリーに対して、ダンブルドアはのんびりとしている。
「たった今、シリウス・ブラックと話をしてきたばかりじゃよ―――」
「さぞかし、ポッターに吹き込んだと同じお伽噺をお聞かせしたことでしょうな?」
くだらないとでも言いたげな口調である。
何一つ証拠を見ていないのだから、無理もない。
「鼠が何だとか、ペティグリューが生きているとか―――」
「左様、ブラックの話はまさにそれじゃ。」
「我輩の証言は何の重みもないということで?」
唸るように、スネイプの声が一段と低くなる。
「ピーター・ペティグリューは『叫びの屋敷』にはいませんでしたぞ。校庭でも影も形もありませんでした。」
「それは、先生がノックアウト状態だったからです!」
ハーマイオニーが力を込めて言った。
「先生は後から来たので、お聞きになっていない―――」
「Ms.グレンジャー。口出しするな!」
「まあ、まあ、スネイプ。」
スネイプが突然怒鳴ったことに、ファッジは驚いたようだった。
驚いたのはファッジだけではない。
彼らから離れたベッドにいる名前も、突然の怒鳴り声に驚いたらしかった。
掛け布団が少し跳ねたのだ。誰も気が付かなかったが。
「このお嬢さんは、気が動転しているのだから、それを考慮してあげないと―――」
「わしは、ハリーとハーマイオニーと三人だけで話したいのじゃが。」
遮るようにして発せられた言葉は唐突な内容で、何の脈絡もないものだった。
そしてそれにはそれ以上の会話をさせないような雰囲気があった。
「コーネリウス、セブルス、ポピー―――席を外してくれないかの。」
「校長先生!」
それに慌てたのはマダム・ポンフリーである。
彼女は校医で、ハリー達は患者だ。
治療が終わっていない今、呑めない要求であった。
「この子達は治療が必要なんです。休息が必要で―――」
「事は急を要する。」
ダンブルドアは落ち着いた様子で、はっきりきっぱり言う。
「どうしてもじゃ。」
マダム・ポンフリーの声が途切れた。
直後足音が響き、それはマダム・ポンフリーの事務所の方へと続く。
それから、バタンとドアが閉まる音が聞こえた。
「吸魂鬼がそろそろ着いた頃だ。迎えに出なければ。
ダンブルドア、上の階で御目にかかろう。」
ファッジはそう言って、病室のドアへと歩いていった。
ドアを閉める音がしなかったので、外でスネイプを待っているのかもしれない。
けれども、足音は動き始めなかった。
「ブラックの話など、一言も信じてはおられないでしょうな?」
「わしはハリーとハーマイオニーと三人だけで話したいのじゃ。」
「シリウス・ブラックは十六の時に、既に人殺しの能力を顕した。」
囁くようにスネイプは言う。
耳を澄まして何とか聞き取れる程度だ。
「お忘れになってはいますまいな、校長?ブラックは嘗て我輩を殺そうとした事を、忘れてはいますまい?」
「セブルス、わしの記憶力は、まだ衰えてはおらんよ。」
ダンブルドアがそう言うと、スネイプはようやくドアへと向かったらしかった。
ドアが閉まる音が響く。
途端にハリーとハーマイオニーの二人が同時に口を開いた。
「先生、ブラックの言っている事は本当です―――僕達、本当にペティグリューを見たんです―――」
「―――ペティグリューはルーピンが狼に変身した時逃げたんです。」
「ペティグリューは鼠です―――」
「ペティグリューの前足の鉤爪、じゃなかった、指、それ、自分で切ったんです―――」
「ペティグリューがロンとナマエを襲ったんです。シリウスじゃありません―――」
声が途切れた。
ダンブルドアが手を上げて、制止したのだ。
「今度は君達が聞く番じゃ。
頼むから、わしの言う事を途中で遮らんでくれ。何しろ時間がないのじゃ。」
時間が無いという割には、落ち着いた様子であった。
「ブラックの言っている事を証明するものは何一つ無い。君達の証言だけじゃ―――十三歳の魔法使いが二人、何を言おうと、誰も納得はせん。
あの通りには、シリウスがペティグリューを殺したと証言する目撃者が、いっぱいいたのじゃ。わし自身、魔法省に、シリウスがポッターの『秘密の守人』だったと証言した。」
「ルーピン先生が話して下さいます―――」
「ルーピン先生は今は森の奥深くにいて、誰にも何も話す事が出来ん。再び人間に戻る頃には、もう遅過ぎるじゃろう。シリウスは死よりも惨い状態になっておろう。
更に言うておくが、狼人間は我々の仲間内では信用されておらんからの。狼人間を支持したところで殆ど役には立たんじゃろ―――
それに、ルーピンとシリウスは旧知の仲でもある―――」
「でも―――」
「よくお聞き、ハリー。もう遅過ぎる。分かるかの?
スネイプ先生の語る真相の方が、君達の話より説得力があるという事を知らねばならん。」
「スネイプはシリウスを憎んでいます。」
食い下がるハリーに代わり、今度はハーマイオニーが訴えた。
「シリウスが自分にバカな悪戯を仕掛けたというだけで―――」
「シリウスも無実の人間らしい振る舞いをしなかった。
『太った婦人』を襲った―――
グリフィンドールにナイフを持って押し入った―――
生きていても、死んでいても、兎に角ペティグリューがいなければ、シリウスに対する判決を覆すのは無理というものじゃ。」
「でも、ダンブルドア先生は僕達を信じて下さってます。」
「その通りじゃ。」
しっかりした声で、強くそう言った。
「しかし、わしは、他の人間に真実を悟らせる力はないし、魔法大臣の判決を覆すことも……」
声には陰りがあった。
ハリーとハーマイオニーは黙っている。
陰りから深刻さが窺えて、返す言葉を失っているのだ。
「必要なのは」
一拍置いて、ダンブルドアはゆっくりと切り出した。
「時間じゃ。」
「でも―――」
ハーマイオニーが素早く切り返した。
けれども直後、息を呑む音がして、短く叫んだのだ。
「あっ!」
「さあ、よく聞くのじゃ。」
ダンブルドアはないしょ話でもするように、声を低くさせた。
「シリウスは八階のフリットウィック先生の事務所に閉じ込められておる。西塔の右から十三番目の窓じゃ。
首尾よく運べば、君達は、今夜、一つと言わずもっと、罪無きものの命を救う事が出来るじゃろう。
ただし、二人とも、忘れるでないぞ。見られてはならん。
Ms.グレンジャー、規則は知っておろうな―――どんな危険を冒すのか、君は知っておろう……
誰にも―――
見られては―――ならんぞ。」
話は終わったようだ。
そこまで言うと、ダンブルドアはドアに向かって歩き始めた。
「君達を閉じ込めておこう。」
ドアの前に立つと、ダンブルドアはそう言った。
「今は―――真夜中五分前じゃ。
Ms.グレンジャー、三回引っくり返せばよいじゃろう。幸運を祈る。」
バタン。
ドアが閉まった。
「幸運を祈る?」
ハリーが呟いた。
「三回引っくり返す?一体、何の事だい?
僕達に、何をしろって言うんだい?」
「ハリー、こっちに来て。」
「逆転時計」をローブの中から引っ張り出して、ハーマイオニーは言った。
「早く!」
ハリーはハーマイオニーの隣に立った。
これから何が起きるのかなんて予想も出来ないだろう。
知っているのはこの場に二人。
ハーマイオニーと名前だけだ。
「さあ―――
いいわね?」
「僕達、何をしてるんだい?」
『ハーマイオニー、ハリー。』
二人が弾かれたように名前の方を見た。
名前は枕の上で頭を捻り、顔を二人の方へ向けていた。
体が動かない今、これが精一杯だった。
『…頑張って。』
「任せて。」
ハーマイオニーは深く、強く頷いて、砂時計を引っくり返した。
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