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ぼそぼそと男の声で会話が交わされている。

暗い静かな病室に、それは鮮明に響いていた。





「言語道断……あろうことか……誰も死ななかったのは奇跡だ……こんなことは前代未聞……いや、全く、スネイプ、君が居合わせたのは幸運だった。」

「恐れ入ります、大臣閣下。」

「マーリン勲章、勲二等、いや、もし私が口喧しく言えば、勲一等ものだ。」

「まことに有り難いことです、閣下。」

「酷い切り傷があるねえ……ブラックの仕業、だろうな?」

「実は、ポッター、ウィーズリー、グレンジャーの仕業です、閣下……。」

「まさか!」

「ブラックが三人に魔法をかけたのです。我輩にはすぐ分かりました。三人の行動から察しますに、錯乱の呪文でしょうな。三人はブラックが無実である可能性があると考えていたようです。
三人の行動に責任はありません。しかしながら、三人が余計な事をした為、ブラックを取り逃がしたかもしれないわけでありまして……
三人は明らかに、自分達だけでブラックを捕まえようと思ったわけですな。この三人は、これまでも色々とうまくやり遂せておりまして……どうも自分達の力を過信している節があるようで……
それに、勿論、ポッターの場合、校長が特別扱いで、相当な自由を許してきましたし―――」

「ああ、それは、スネイプ……何しろ、ハリー・ポッターだ……我々は皆、この子に関しては多少甘いところがある。」

「しかし、それにしましても―――あまりの特別扱いは本人の為にならぬのでは?我輩、個人的には、他の生徒と同じように扱うよう心掛けております。
そこでですが、他の生徒であれば、停学でしょうな―――少なくとも―――友人をあれほどの危険に巻き込んだのですから。
閣下、お考え下さい。校則の全てに違反し―――しかもポッターを護る為に、あれだけの警戒措置がとられたにも関わらずですぞ―――規則を破り、夜間、人狼や殺人者と連るんで―――
それに、ポッターは、規則を犯して、ホグズミードに出入りしていたと信じるに足る証拠を我輩は掴んでおります―――」

「まあまあ……スネイプ、いずれその内、またその内……あの子は確かに愚かではあった……。」





目を閉じたまま、名前は夢現の状態でその会話を耳にしていた。

とはいえ、考えることが出来る状態ではない。

今横たわっているのが医務室のベッドだとか、そこまでの経緯だとか、彼らが何を話しているのだとか。
それが夢なのか、現実なのか、それすら分からない。





「一番驚かされたのが、吸魂鬼の行動だよ……どうして退却したのか、君、本当に思い当たる節は無いのかね、スネイプ?」

「ありません、閣下。
我輩の意識が戻った時には、吸魂鬼は全員、それぞれの持ち場に向かって校門に戻るところでした……。」

「不思議千万だ。しかも、ブラックも、ハリーも、それにあの女の子も―――」

「全員、我輩が追い付いた時には意識不明でした。我輩は当然、ブラックを縛り上げ、猿轡を噛ませ、担架を作り出して、全員を真っ直ぐ城まで連れてきました。」





会話が途切れた。
病室は静けさを取り戻す。

名前の意識は、また夢の中へ落ちていく。















すぐ側で衣擦れの音がする。

名前は目を開けた。





『……』





薄暗い天井が広がる。
ゆっくりと瞬きを繰り返す。
そして、衣擦れの音がする方へ目を遣った。赤ん坊がするように、見るのではなく、ただ音に反応したかのように。
隣のベッドで、マダム・ポンフリーがこちらに背中を向けて何か作業をしている。





『…』





名前はぼんやりとしていて、無表情に瞬きを繰り返すだけで。
やがてまた目を閉じて、眠ろうとする。
マダム・ポンフリーは作業を終えたのか、衣擦れとともに足音が遠ざかっていった。





「おや、目が覚めたんですか!」





その声に、閉じた目と落ちかけた意識を名前は再び開ける。

枕の上で頭を捻り、声のした方を見た。

マダム・ポンフリーはベッド脇の小机に、何か茶色い岩のような物を置いて、小さいハンマーで砕いている。





「ロンとナマエは、どうですか?」





二人分の声が一斉に聞こえた。
ハリーとハーマイオニーの声だ。
マダム・ポンフリーが向かった先のベッドと、その隣のベッドには、ハリーとハーマイオニーそれぞれがいるようだ。





「死ぬことはありません。」





マダム・ポンフリーが深刻そうに言うものだから、名前は立ち上がって心配無用だと伝えたいくらいだった。

しかし動こうとしても、首から下は不思議な事に全く力が入らない。





「あなた達二人は……ここに入院です。私が大丈夫だというまで―――ポッター、何をしてるんですか?」



「校長先生に御目にかかるんです。」



「ポッター。」





薄暗い病室ではっきりはしないが、ハリーはベッドから起き上がっているようだった。

マダム・ポンフリーが優しい声で名前を呼んだ。





「大丈夫ですよ。ブラックは捕まえました。上の階に閉じ込められています。
吸魂鬼が間もなく『キス』を施します―――」



「えーっ!」





大きな衣擦れの音がした。
どうやら、ハリーはベッドから飛び起きたらしい。
そして、ハーマイオニーも。

騒ぎが聞こえたのか、何やら慌ただしい足音が病室に入ってくる。





「ハリー、ハリー、何事だね?」





慌てふためく男の声だ。
聞き覚えはあるが、誰かは思い出せない。





「寝てないといけないよ―――
ハリーにチョコレートをやったのかね?」



「大臣、聞いて下さい!シリウス・ブラックは無実です!
ピーター・ペティグリューは自分が死んだと見せ掛けたんです!今夜、ピーターを見ました!
大臣、吸魂鬼にあれをやらせては駄目です。シリウスは―――」





そこでやっと、名前は声の主を思い出す。
コーネリウス・ファッジだ。





「ハリー、ハリー、君は混乱している。あんな恐ろしい試練を受けたのだし。
横になりなさい。さあ。全て我々が掌握しているのだから……。」



「してません!

捕まえる人を間違えています!」



「大臣、聞いて下さい。お願い。」





ハーマイオニーの声が加わった。





「私もピーターを見ました。ロンの鼠だったんです。『動物もどき』だったんです、ペティグリューは。それに―――」



「お分かりでしょう、閣下?」





突然男の声が加わった。
スネイプの声だ。

理解するのと同時に、記憶が走馬灯のように蘇る。

今こうして病室のベッドに横たわるまでの経緯に、スネイプは大いに関係あったのだ。
城に連れ帰ったのは勿論だが、医務室に連れていったのもスネイプだった。





『……。』





思い出した名前は頬を真っ赤に染めて(勿論無表情のまま)、布団に顔を埋めた。

治療にはスネイプも加わった。
名前は治療の為に衣服を脱がなければならなかった。
同性同士であろうと関係はなく、どうにも耐えられないほどに名前は恥ずかしかったらしい。
スネイプとしては何を今更と思ったことだろう。何せ去年もその前もスネイプは治療に加わったのだから。
その時名前の意識は無かったが。

そして治療を終えた名前はベッドに横たわり、遂に気絶するように意識を飛ばした。
限界だったのだ。





「錯乱の呪文です。二人とも……
ブラックは見事に二人に術をかけたものですな……」



「僕達、錯乱してなんかいません!」



「大臣!先生!
二人とも出ていってください。ポッターは私の患者です。患者を興奮させてはなりません!」



「僕、興奮していません。何があったのか、二人に伝えようとしてるんです。
僕の言うことを聞いてさえくれたら―――」





言い掛けて、ハリーは突然咽せ込んだ。
マダム・ポンフリーがハリーの口に、チョコレートの塊を押し込み黙らせたのである。
そして手早くベッドに押し戻したのだ。
布団にくるまる名前には、全く想像もつかない光景だったろう。





「さあ、大臣、お願いです。この子達は手当てが必要です。どうか、出ていってください―――」





再びドアが開く音が聞こえた。
足音が近付いていく。

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