22.-1
クルックシャンクスを先頭に、ルーピン、ペティグリュー、ロン、宙吊りのスネイプ、ブラック、ハリー、ハーマイオニー、名前と続いた。
階段を下り、「暴れ柳」の根元に続くトンネルを、腰を折って歩いた。
ハリーとブラックが何か小さな声で話す音と、ペティグリューの荒い呼吸以外は、これといって聞こえなかった。
………
『…』
トンネルの道も残り僅かとなった頃だろうか。
何の前触れもなく名前はピタリと足を止めた。
足音が止まった事に気が付いたのだろう、ハーマイオニーが振り返る。
「ナマエ、どうしたの?」
『…』
「ナマエ?」
『……』
名前を呼んだ。しかし、返事をしない。
黙るばかりの名前を見て、ハーマイオニーは眉を顰めている。
『…音、
……』
「音?」
迷うように口を開いた。
すかさずハーマイオニーが聞き返す。
『…聞こえなかったか。』
「どんな音?」
『………』
「ハーマイオニー、ナマエ!どうしたの?何かあったのかい?」
トンネルの中に声が響いた。
気が付けば、前を歩いていたハリー達の姿が無い。
先に進んだらしい。
「大丈夫よ、ハリー!」
「もうすぐ出口だよ。僕達はもう外に出たよ!」
「今行くわ!
ねえ、ナマエ、大丈夫?」
『…ああ。』
ハーマイオニーは尚も眉を顰めていたけれど、前を向いて歩き始めた。
名前はその後に続き、漸く、外に出た。
空は既に真っ暗だ。
曇っているらしく、月も星も見えない。
ルーピン達は待っていてくれたらしい。
ハーマイオニーと名前が合流すると、一行は城へと向けて再び足を進める。
「ちょっとでも変なまねをしてみろ、ピーター。」
前の方で、ルーピンが低い声でそう言うのが聞こえた。
……
『……』
音だ。名前は思う。
低いのか高いのか、分からないが、音を感じた。振動を感じた。
今度は、足は止めなかった。
ただ、辺りに視線を遣った。
音の出所を探すために。
音の正体を確かめるために。
ザアア―――…
………
強い風が吹く。
ローブが捲り上がり、髪の毛を逆立てていく。
雲が流れ、雲間から月の光が零れ落ちる。
しかし、風の音に消されることなく、音は主張していた。
チリン……
『…』
目を見開く。鈴の音だ。
名前は気付いた。
しかし、一体どこから聞こえてくるのか?
音は先程よりもはっきりと、そしてだんだんと大きくなっている。
突然、ハーマイオニーが足を止めた。
名前は意識を戻し、前方を見る。
『……』
ブラックが片手を上げて、ハリーとハーマイオニーと名前を制止していた。
そして、その前。
スネイプの前。
ロンの前。
ペティグリューの前。
ルーピンだ。ルーピンが立ち竦んでいた。
手足が震えている。
「どうしましょう―――あの薬を今夜飲んでないわ!危険よ!」
悲鳴のような声でハーマイオニーが叫んでいる。
耳鳴りのように鈴の音が聞こえる。
「逃げろ。」
後ろにいるハリー、ハーマイオニー、名前に向けてか。
ブラックが低い声で言う。
「逃げろ!早く!」
ハリーはロンを見た。
ロンは片足を骨折し、その上ペティグリューとルーピンに繋がれたままである。
逃げるわけにはいかない。ハリーは飛び出した。
しかし、ブラックは素早くハリーの胸に腕を回して引き戻した。
「私に任せて―――逃げるんだ!」
苦しむような唸り声がする。
見ると、ルーピンは催眠術にかかったように月を見詰めたまま、手足を震わせている。
その手の爪が鋭く形を変え、伸び始め、毛が生え出した。
頭が伸び、体が伸び。
背中が盛り上がる。
衣服が背中から裂けた。
蝉が殻を破るようだった。
中から鳶色の体毛に被われた背中が現れた。
荒い呼吸でふらつきながら、狼人間は立ち上がる。
『ルーピン先生、』
呼んだ声は小さい。
思わず漏れた、独り言だった。
しかしルーピンは―――
狼人間は―――
振り向いて名前を見た。
じっと、名前を見た。
そして、近付いてこようとする。
しかし、手錠で繋がれているため、それ以上は進めない。
『ルーピン先生…』
再び呼んだ瞬間。
手錠を捻切った。
黒い犬がハリー達を守るように躍り出る。
ブラックが変身したのだ。
そして、狼人間の首に食らい付いた。
ロンやペティグリューから遠ざけようというのだ。
二匹は唸りながら、剥き出しにした牙で互いを噛み合い、互いを爪で引き裂き合う。
地面に叩き付けられても、容赦無く血が飛び散っても、戦う事をやめない。
ハーマイオニーが悲鳴をあげた。
ペティグリューがルーピンの杖に飛び付いていた。
手錠で繋がれていたロンは引っ張られ、地面に転倒する。
『…』
杖を構えた。
しかし遅かった。
破裂音と閃光が弾け散る。
ロンは転倒したまま動かなくなった。
また破裂音。
クルックシャンクスが宙を飛び、地面に落ちて、こちらも動かない。
鈴の音がやかましく鳴っている。
杖は名前に向けられた。
『プロテゴ。』
素早く弾き返す。
光の球は霧散した。
しかしそれを見たペティグリューは続けざまに放つ。
名前が唱えるより先に。
名前の手から杖が舞い、光が弾ける。
そして続けざまに、脚と脇腹に当たった。
芝生に倒れ込んだ。
「エクスペリアームス、武器よ去れ!」
ペティグリューに杖を向け、ハリーが素早く唱えた。
ルーピンの杖はペティグリューの手から弾かれ、地面に落ちる。
「動くな!」
しかし、遅かった。
その瞬間、ペティグリューは鼠の姿へと変わっていった。
手錠をすり抜け、草むらのある方へと駆けていく。
そして、悲痛に吼える声と、低く唸る声とが聞こえた。
狼人間が逃げ出したのだ。
森に向かって駆けていく。
「シリウス、あいつが逃げた。
ペティグリューが変身した!」
ハリーが叫んだ。
ブラックは血を流しており、深い傷をいくつか負っているように見えた。
けれどもハリーの言葉を聞くなり、怪我など無いかのように素早く立ち上がり、ペティグリューが向かった方へと駆けていった。
「ロン!ナマエ!」
「大丈夫!?」
ハリーとハーマイオニーは、ロンと名前に駆け寄る。
『俺は平気だ。それより、
ロンの意識が無い。』
「ペティグリューは一体ロンに何をしたのかしら?」
地面に倒れたままのロンを覗き込むようにして、ハーマイオニーは小さな声でそう言った。
ロンはどこを見ているのか分からない薄目を開けて、ぽっかり開けた口から規則正しい呼吸を繰り返している。
生きているのは確かだが、意識がはっきりしていないようだ。
「さあ、分からない。」
「ナマエ、あなた本当に何ともないの?
ペティグリューの魔法が当たったでしょう?」
ハリーとハーマイオニーが名前を見た。
名前は芝生に座ったままだ。
杖腕である手から血が滴り、指先を伝って地面に落ちていた。
「血が出てるわ。」
ハーマイオニーが目を見開いて、名前の杖腕をそっと掴んだ。
ローブを捲って腕を見る。
白いシャツが真っ赤に染まっていた。
『折れてはいない。』
こちらは意識ははっきりしているらしい。
名前は出血し続ける腕を見詰めながら言った。
杖腕がこうなのだから、脚と脇腹も同じような状態なのかもしれない。
ハリーは辺りを見回した。
「三人を城まで連れていって、誰かに話をしないと。」
乱暴に髪を掻き上げた。
混乱しているらしい。目が彼方此方、縋るように動く。
必死に冷静になろうとしているのだ。
「行こう―――」
言って、立ち上がりかけた時だ。
暗闇の彼方から、悲痛な犬の鳴き声が聞こえてきた。
「シリウス」
ハリーは息を呑み、闇を見詰めて呟いた。
そして、ロンを見て、また闇を見詰める。
『ハリー。』
ハリーは名前を見た。
縋るような目だった。
ブラックは窮地に追い込まれている。
しかし、ロンは意識不明の状態だ。
ハリーはロンとブラックの間で揺ジレンマに陥っている。
『ブラックさんの方に行って。』
ハリーが目を見開いた。
『ここには俺が残る。
ハーマイオニー、ハリーについていって。』
ハリーは名前をじっと見た。
そして、血が滴る手を見た。
それからもう一度、確かめるように名前を見た。
真っ直ぐ見詰めてくる真っ黒な瞳を見て、ハリーは力強く頷く。
ハーマイオニーも頷いた。
そして、二人は駆け出した。
悲痛な鳴き声がする方へ。
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