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「私が?ヴォルデモートのスパイ?私がいつ、自分より強く、力のある人達にヘコヘコした?
しかし、ピーター、お前は―――
お前がスパイだという事を、何故初めから見抜けなかったかのか。
迂闊だった。お前はいつも、自分の面倒を見てくれる親分にくっついているのが好きだった。そうだな?かつてはそれが我々だった……私とリーマス……それにジェームズだった……」





ペティグリューはまた袖で顔を拭った。
異常な程に乱れた呼吸だ。





「私が、スパイなんて……正気の沙汰じゃない……決して……どうしてそんな事が言えるのか、私にはさっぱり―――」



「ジェームズとリリーは私が勧めたからお前を『秘密の守人』にしたんだ。」





言って、ブラックは歯を食い縛った。
獣が威嚇する時のように、歯を剥き出しにして。





「私はこれこそ完璧な計画だと思った……
目眩ましだ……ヴォルデモートはきっと私を追う。お前のような弱虫の、能無しを利用しようとは夢にも思わないだろう……
ヴォルデモートにポッター一家を売った時は、さぞかし、お前の惨めな生涯の最高の瞬間だったろうな。」





それに対してペティグリュー何事か呟いていたが、殆ど声としては聞き取れなかった。
ただ、真っ青な汗だくな顔で、相変わらず窓やドアの方に目を走らせているのが異様である。





「ルーピン先生。」





成り行きを見守っていたハーマイオニーは、遠慮がちに口を開いた。





「あの―――聞いてもいいですか?」



「どうぞ、ハーマイオニー。」



「あの―――スキャバーズ―――いえ、この―――この人―――ハリーの寮で三年間同じ寝室にいたんです。
『例のあの人』の手先なら、今までハリーを傷付けなかったのは、どうしてかしら?」



「そうだ!」





叫び、ペティグリューは中指でハーマイオニーを指差した。





「有難う!リーマス、聞いたかい?ハリーの髪の毛一本傷付けてはいない!そんな事をする理由がありますか?」



「その理由を教えてやろう。」





ブラックが口を開いた。





「お前は、自分の為に得になる事が無ければ、誰の為にも何もしないやつだ。
ヴォルデモートは十二年も隠れたままで、半死半生だといわれている。
アルバス・ダンブルドアの目と鼻の先で、しかも全く力を失った残骸のような魔法使いの為に、殺人などするお前か?
『あの人』の元に馳せ参ずるなら、『あの人』がお山の大将で一番強い事を確かめてからにするつもりだったろう?
そもそも魔法使いの家族に入り込んで飼ってもらったのは何の為だ?情報が聞ける状態にしておきたかったんだろう?え?お前の昔の保護者が力を取り戻し、またその下に戻っても安全だという事態に備えて……。」





ペティグリューは口をパクパクさせるが、結局言葉としては何も出てこなかった。





「あの―――ブラックさん―――シリウス?」





ハーマイオニーの言葉に、ブラックは勢い良く振り向いた。

驚いたように目を見開いて、ハーマイオニーをまじまじと見詰めている。





「お聞きしてもいいでしょうか。ど―――どうやってアズカバンから脱獄したのでしょう?もし闇の魔術を使ってないのなら」



「有難う!」





ペティグリューはまたしても叫び、ハーマイオニーに向かって何度も頷いた。





「その通り!それこそ、私が言いた―――」





ペティグリューは黙った。
ルーピンが睨んだのだ。

ブラックはハーマイオニーを見詰めたまま黙っていた。
顔をしかめ、答えに困っている。





「どうやったのか、自分でも分からない。」





考えるように。
そして言葉を探し。
ゆっくり、ブラックは答えた。





「私が正気を失わなかった理由は唯一つ、自分が無実だと知っていた事だ。
これは幸福な気持ちではなかったから、吸魂鬼はその思いを吸い取る事が出来なかった……しかし、その思いが私の正気を保った、
自分が何者であるか意識し続けられていた…
…私の力を保たせてくれた……
だからいよいよ……耐えがたくなった時は……私は独房で変身する事が出来た……
犬になれた。吸魂鬼は目が見えないのだ……。」





その時の光景を思い出したのか、ブラックは緊張したように唾を飲んだ。





「連中は人の感情を感じ取って人に近付く……私が犬になると、連中は私の感情が―――
人間的でなくなり、複雑でなくなるのを感じ取った……
連中は勿論それを、他の囚人と同じく私も正気を失ったのだろうと考え、気にも掛けなかった。
とはいえ、私は弱っていた。とても弱っていて、杖無しには連中を追い払う事はとても出来ないと諦めていた……」





ゆっくりした口調で、ブラックは続ける。





「そんな時、私はあの写真にピーターを見つけた……
ホグワーツでハリーと一緒だという事が分かった……
闇の陣営が再び力を得たとの知らせが、チラとでも耳に入ったら、行動が起こせる完璧な態勢だ……。」





ブラックが話をする脇で、ペティグリューは口をパクパクさせながら首を横に振っている。





「……味方の力に確信が持てたら、途端に襲えるように準備万端だ……
ポッター家最後の一人を味方に引き渡す。
ハリーを差し出せば、奴がヴォルデモート卿を裏切ったなどと誰が言おうか?奴は栄誉をもって再び迎え入れられる……。」





けれども、誰もペティグリューの事を気に掛けなかった。
ブラックの話に夢中だったし、今となってはペティグリューを庇う理由が無いからだ。





「だからこそ、私は何かをせねばならなかった。
ピーターがまだ生きていると知っているのは私だけだ……。」





淡々と話を続ける。
抑揚無く、無表情だ。
痩せこけた人形が話しているようだった。





「まるで誰かが私の心に火をつけたようだった。しかも吸魂鬼はその思いを砕く事は出来ない……
幸福な気持ちではないからだ……
妄執だった……
しかも、その気持ちが私に力を与えた。心がしっかり覚めた。
そこである晩、連中が食べ物を運んできて独房の戸を開けた時、私は犬になって連中の脇をすり抜けた……
連中にとって獣の感情を感じるのは非常に難しい事なので、混乱した……
私は痩せ細っていた。とても……
鉄格子の隙間をすり抜けられる程痩せていた……
私は犬の姿で泳ぎ、島から戻ってきた……
北へと旅し、ホグワーツの校庭に犬の姿で入り込んだ……その時、ナマエ。
君に出会ったのだ…。」



『…』





言って、ブラックは名前を見る。
ハリー達も名前を見た。

名前はブラックを凝視した。
瞬きせず、呼吸しているのか怪しいくらいに静かに、ただ見詰め返す。





「君と接触したのは…偶然だった。本当に。…弱っていた私は、君が近付いてくるのに気付かなかった。けれど…幸い、君は誰にも私の存在…犬の存在を知らせなかった。痩せ細ったただの犬だと思っていたのだろう…色々と世話を焼いてくれた。…
それからずっと森に棲んでいた……
勿論、一度だけクィディッチの試合を見に行ったが、それ以外は……
ハリー、君はお父さんに負けないぐらい飛ぶのがうまい……。」

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