05.-1
スネイプの罰則残り一週間を突然無しにされた日から、あっという間に二ヶ月が経過した。
迷路のような城内を移動教室の度に走り回り、さすがに慣れてきたようだった。
勉強も積み重ねやっていくうちに段々と理解できるようになってきたので、やっと面白く感じてきた。
名前はハリーのクィディッチの練習の見学も、学校生活での楽しみのひとつだった。自分で飛行するのももちろん楽しいが、クィディッチの選手に選ばれただけにハリーの飛行指導は熱が入っており、眺めていると迫力満点で映画を見ているようなのだ。
しかし、ひゅんひゅんと風を切って、小さなスニッチを追い掛けるハリーの一生懸命な姿を見るのが、名前の何よりも大好きな事だった。
もうすぐクィディッチの試合もある。名前は絶対に応援しようと、密かに考えている。
『…かぼちゃ。』
「うわ!ナマエかい?
朝からびっくりさせないでよ。」
「おはようナマエ。
それより、その格好なに?どうしたの?」
『起きたらこうだった。
それで、これ…枕元に。』
「なに?手紙?………
『親愛なるナマエ・ミョウジ殿
私達からのささやかな贈り物でございます。
<猫被り>気に入っていただければ幸いです。
from 二人のWより』………」
「絶対兄貴たちだ。
まったく!おふざけにもやっていい範囲があるのに。
今度会ったら殴ってやる。ごめんよ、ナマエ。」
『いや、…。』
そう言うなりどっさりと腰掛け、名前はミルクをゴブレットに注ぐ。
ロンの双子の兄達の悪戯によって、名前の頭には、黒いとがった三角形の耳と、ゆらゆらと不規則にゆれる長い尻尾が生えていたので、その姿はまるっきり『猫』だった。
少なくとも、隣に座るハリーとロンにはそう見えた。
―――どのくらいで効果が切れるのだろう―――
突き刺さる生徒や教師の視線に顔を背けながら、素早く朝食をたいらげ大広間を出るハリーとロンは、名前を間に挟み隠すように歩きながらそればかり考えていた。
『妖精の魔法』の授業へ向かうと、担当のフリットウィック先生は目を見開いて名前の姿を眺めていた。
ハリーとロンが説明すると納得がいったらしく、それ以降は何も聞かなかった。
(フリットウィック先生も、かなりウィーズリーの双子に手を焼いているようだ)
「さぁ、今まで練習してきたしなやかな手首の動かし方を思い出して。
ビューン、ヒョイ、ですよ。いいですか、ビューン、ヒョイ。
呪文を正確に、これもまた大切ですよ。覚えてますね、あの魔法使いバルッフィオは、『f』でなく『s』の発音をしたため、気がついたら、自分が床に寝転んでバッファローが自分の胸に乗っかっていましたね。」
フリットウィックは生徒を二人ずつ組ませて練習させる。
奇数であるためか、名前はまた一人でやることになった。
「オーッ、よくできました!皆さん、見てください。
グレンジャーさんがやりました!アッ、ミョウジくんも!すばらしい!」
いきなり名前を呼ばれたせいか、名前は浮遊させていた教科書を自分の頭へ落下させてしまった。
皆が吹き出しどっと笑う。
名前は大きな身を縮こまらせて顔を俯けた。
同じく名指しされたハーマイオニーを横目で見ると、皆と同じ様に笑っていた。
それでも浮遊させている羽は落ちていない。
(すごい集中力だ、と名前は思ったとか)
そこで一人、笑っていない人がいるのに気付く。
その人は何か憎しみでも抱いているかのように顔を歪めていて、名前の失敗など見ていなかったみたいだった。
「だから、誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。
まったく悪夢みたいなヤツさ。」
授業が終わってから、ロンはずっとこの調子だった。
人混みの中をするすると歩きながら、ロンはハーマイオニーの文句ばかりを言う。
ロンがぶつぶつと文句を言っていると、後ろから誰かがハリーにぶつかり、早足で追い越していった。
ハーマイオニーだった。
三人はハーマイオニーが泣き顔を見て、暫し呆然とした。
「今の、聞こえてたみたい。」
「それがどうした?
誰も友達がいないってことは、とっくに気が付いているだろうさ。」
『………ロン、』
「何?ナマエ。」
『…ハーマイオニーは、俺の友達だ。』
表情に乏しく、何を話し掛けても声色を変えない、普段何を考えているのかわからない、ポーカーフェイスの名前が、
微かに眉根を寄せてロンを睨んでいる。
名前の怒りを感じ取ったロンは、その剣幕にたじたじとなった。
名前はロンからすいと視線を外し、ハーマイオニーの行った方へ走り出す。
小さくなっていく名前の姿を、ハリーとロンは呆然と見つめ続けた。
『…………。』
追い掛けて追い掛けて、名前は女子トイレに来ていた。
何の躊躇もなしにドアを開けてしまってから、少し固まり、ややあってから一歩、足を踏み入れる。
1つの個室から、時折鳴咽や洟を啜り上げるか細い音がした。
名前はハーマイオニーのいるであろう個室の前に立ち、口を開けたり閉じたりを繰り返していたが、やがてゆっくり俯くと、じっと自分の足元を見つめた。
「………誰?」
『………ハーマイオニー』
かすれた、か細いハーマイオニーの声が聞こえた。
名前は勢いよく顔を上げ、トイレのドアを見つめる。
「………ナマエ?」
『…ん。…』
「悪いけど、一人にしてくれる。
それにここ、女子トイレよ。早く出ていった方がいいわ。」
『…ハーマイオニー…。…』
「お願いだからほっといて…!私のことなんて…っ…」
『………』
「………」
『………ハーマイオニーと、俺……
…友達。』
「………」
『俺は、ハーマイオニーことが好きだ。』
名前はドアに向かって続ける。
『俺は、笑わないし、何も話さない。…いつも避けられる。
…それは、ハーマイオニーも知ってると、思う…。
でも……だから、
ハーマイオニーが話し掛けてくれたとき、嬉しかった。…』
「………」
『どう言えば、理解してもらえるのか、わからない、けど…
……誰かに好かれれば、誰かに嫌われるの、わかってるから、…。
でも、俺は、ハーマイオニーが好き。』
「………」
『でも、ハーマイオニーは、』
「………」
『………ハーマイオニーは、俺のこと…
嫌い、。…』
名前は下唇を噛む。
俯き、じっと爪先を見詰めた。
しばらくして、突然ドアが開く。
そしてぎゅうと、名前を押し倒す勢いでハーマイオニーが抱きついた。
わあわあと泣き叫んで、名前の体に腕を精一杯回して、しがみつく。
名前は両手をハーマイオニーの肩や頭上にうろうろさせた。
「嫌いなんてことないわ、ナマエ。好きよ。もちろん。大事なお友達だもの。」
『……』
うろうろさせていた手を、ハーマイオニーの頭に置く。
「私、ただ、間違ってるのを教えてあげたくて。馬鹿にするつもりなんてなかったのよ。」
『…ん。
勘違い、されやすいだけだ。
…俺も、そう。』
「ナマエと一緒?」
『うん…。』
ハーマイオニーはふっと笑った。
浮かんだ笑顔を、名前はじっと見詰めた。
ふと、名前が顔を上げる。
ひくひくと鼻を動かす。
そして、廊下へと目を向けた。
『…
ハーマイオニー、後ろ振り向かないで。落ち着いて、聞いてほしい。』
「?…どうしたの?」
『…トロールがいる。
でも、こっちには気付いていない。』
「トロールが!?」
『ハーマイオニー、しっ。』
「あ…ごめんなさい。びっくりして…」
その後、ハーマイオニーの言葉が続かなかった。
トロールが女子トイレに入ってきたのだ。
トロールは二人の姿を見付けるやいなや、棍棒を振り回した。
とっさにハーマイオニーを抱き締めて身を躱す。
棍棒を振り落とされたトイレが、紙屑のように散った。
ハーマイオニーの体は震え、唇をぎゅっと噛んでいる。
名前はそっと、ハーマイオニーを抱いたまま、忍び足で出口に向かって走り出した。
直後、鍵のかかる音が響いた。
『…!』
「ナマエっ!トロールが!!」
『!』
名前は振り向く。すぐ目の前に、棍棒がある。
避けようとするが、棍棒はそれを追い掛けてくる。
名前はハーマイオニーを棍棒の落ちる範囲外へ突き飛ばした。
直後、辺りにはタイルの破片や壊れた配水管の水が飛び散った。
「きゃあああああああ!!!!!」
ハーマイオニーの悲鳴に、女子トイレ前の廊下の曲がり角まで走り戻ってきたハリーとロンは、二人そろって顔を青褪めさせた。
また、トイレに向かって走り出す。
出口の鍵をかけたのは、この二人だった。
「「ハーマイオニー!」」
「!
ハリー!ロン!」
「まずい、あいつ、ハーマイオニーを狙ってる!」
「なんとかこっちに引き付けるんだ!」
ハリーは大声を張り上げると、トロールが壊した洗面台の蛇口を拾い、壁に叩きつけた。
トロールは振り向き、ハリーたちの存在に気付く。
標的をハリーに変えたようで、のろのろと棍棒を振り上げると、ハリーに近付いてきた。
「やーい、ウスノロ!」
ロンは洗面台の破片を、トロールに投げつけた。
破片は見事トロールの後頭部に命中する。
トロールはロンの方へ目をやった。
ハリーはその隙に、トロールの背後へ回りこみ、震えるハーマイオニーの手を引っ張る。
「早く、走れ、走るんだっ!」
「ああ、ハリー、ナマエが…ナマエが…!」
「ナマエがいるの!?」
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