19.-3
「いつ頃から気付いていたのかね?」
「ずーっと前から。」
ルーピンは変わらず落ち着いていた。
声、表情、動作…。
全て授業中に見るルーピンと変わりない。
「スネイプ先生のレポートを書いた時から……。」
「スネイプ先生がお喜びだろう。」
反対に、ハーマイオニーは落ち着きを無くしている。
様子を窺うように話している。
「スネイプ先生は私の症状が何を意味するのか、誰か気付いて欲しいと思って、あの宿題を出したんだ。
月の満ち欠け図を見て、私の病気が満月と一致する事に気付いたんだね?
それとも『まね妖怪』が私の前で月に変身するのを見て気付いたのかね?」
「両方よ。」
「ハーマイオニー、君は、私が今までに出会った君と同年齢の魔女の、誰よりも賢いね。」
「違うわ。」
いつもの穏やかな笑顔を、ルーピンは浮かべて見せた。
「私がもう少し賢かったら、皆にあなたの事を話してたわ!」
「しかし、もう、皆知ってる事だ。」
笑顔を消し、落ち着いた声で続ける。
「少なくとも先生方は知っている。」
「ダンブルドアは、狼人間と知っていて雇ったっていうのか?」
ロンは目を見開き、素っ頓狂な声を出した。
「正気かよ?」
「先生の中にもそういう意見があった。」
ロンの方を見て、ルーピンは続けた。
「ダンブルドアは、私が信用できると、何人かの先生を説得するのに随分ご苦労なさった。」
「そして、ダンブルドアは間違ってたんだ!」
急にハリーは叫んだ。
勢い良くブラックの方を指差す。
「先生はずっとこいつの手引きをしてたんだ!」
「私はシリウスの手引きはしていない。」
ブラックは覚束無い足取りで天蓋ベッドに歩いていく。
クルックシャクスがその後を追った。
『……』
ベッドの側にはロンがいる。
片脚を引き摺りながら、その両方から離れようと動いている。
ブラックは震える手で顔を覆いながらベッドに身を埋め、
クルックシャクスはその傍らに寄り添い、膝に乗って甘えるように喉を鳴らす。
眺めていた名前は、やがて不意に歩き始めて、ロンとブラックの間に移動した。
「訳を話させてくれれば、説明するよ。ほら―――」
ルーピンは四本の杖を一本ずつ、それぞれの持ち主の方に投げた。
「ほーら。」
そしてルーピンは自分の杖をベルトに挟み込んで、両手を上げて見せた。
「君達には武器がある。私達は丸腰だ。
聞いてくれるかい?」
「ブラックの手助けをしていなかったっていうなら、こいつがここにいるって、どうして分かったんだ?」
「地図だよ。」
項垂れるブラックを睨み付け、ハリーは言った。
そして返ってきた答えに、ハリーはルーピンを見ざるを得なかった。
疑うように見詰めている。
「『忍びの地図』だ。事務所で地図を調べていたんだ―――」
「使い方を知ってるの?」
「勿論、使い方は知っているよ。」
話しながら、ルーピンは急かすように手を振る。
「私もこれを書いた一人だ。私はムーニーだよ―――
学生時代、友人は私をそういう名で呼んだ。」
「先生が、書いた―――?」
「そんな事より、私は今日の夕方、地図をしっかり見張っていたんだ。
というのも、君と、ロン、ハーマイオニー、ナマエが城をこっそり抜け出して、ヒッポグリフの処刑の前に、ハグリッドを訪ねるのではないかと思ったからだ。
思った通りだった。そうだね?」
ルーピンは推理をする探偵のように、部屋を往ったり来たりし始めた。
「君はお父さんの『透明マント』を着ていたかもしれないね、ハリー―――」
「どうして『マント』の事を?」
「ジェームズがマントに隠れるのを何度見たことか……」
歩きながら、ルーピンはまた急ぐように手を振った。
「要するに、『透明マント』を着ていても、『忍びの地図』に顕れるという事だよ。
私は君達が校庭を横切り、ハグリッドの小屋に入るのを見ていた。
二十分後、君はハグリッドのところを離れ、城に戻り始めた。
しかし、今度は君達の他に誰かが一緒だった。」
「え?」
ハリーは一瞬呆気にとられたようだった。
「いや、僕達だけだった!」
「私は目を疑ったよ。」
ハリーの言葉を無視して、ルーピンは部屋を歩き続けている。
「地図がおかしくなったかと思った。
あいつがどうして君達と一緒なんだ?」
「誰も一緒じゃなかった!」
「すると、もう一つの点が見えた。急速に君達に近付いている。
シリウス・ブラックと書いてあった。……
ブラックが君達にぶつかるのが見えた。
君達の中から二人を『暴れ柳』に引きずり込むのを見た―――」
「一人だろ!」
「ロン、違うね。」
怒鳴るロンに、ルーピンは冷静だ。
「二人だ。」
そこでピタリ、ルーピンは歩くのをやめた。
「ネズミを見せてくれないか?」
「何だよ?スキャバーズに何の関係があるんだい?」
「大有りだ。」
話ながらも、ルーピンは床に座り込むロンを眺め回している。
「頼む。見せてくれないか?」
「何だよ?」
躊躇いながらローブに手を突っ込み、ロンはスキャバーズを取り出した。
ルーピンは近付くと、じっとスキャバーズを見詰める。
息を殺し、瞬きをせず、獲物を狙う獣のように。
その異様な雰囲気に、ロンはスキャバーズを胸に庇った。
「僕のネズミが一体何の関係があるって言うんだ?」
「それはネズミじゃない。」
突然ブラックが口を開いた。
ロンはブラックを見る。
「どういう事―――こいつは勿論ネズミだよ―――」
「いや、ネズミじゃない。」
今度はルーピンを見る。
「こいつは魔法使いだ。」
「『動物もどき』だ。」
ルーピンの声にブラックが続いた。
「名前はピーター・ペティグリュー。」
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