18.-1
「バックビークが負けた。」
「占い学」の試験を終えたハリーが息を切らせながら談話室に戻ってきてた。
隅っこに座る名前達の姿を見付けると、焦った様子で、開口一番に何か大切な話を伝えようと言い掛けたのだ。
しかし座り込む三人の、主に二人の顔を見て、ハリーは言葉を呑み込んだ。
「ハグリッドが今これを送って寄越した。」
沈んだ声で言いながら、ロンは力無く手紙をハリーに手渡した。
急いで手紙を開いたハリーは、短い文を素早く目で追う。
「行かなきゃ。」
力強く、ハリーは言った。
「ハグリッドが一人で死刑執行人を待つなんて、そんな事させられないよ。」
「でも、日没だ。」
絶望したような目でロンは窓の外を見詰めた。
空は赤から藍のグラデーションに染まっている。
「絶対許可してもらえないだろうし……
ハリー、特に君は……」
会話が途絶えた。
頭を抱えたハリーが、何か手立てはないかと必死に考えている。
「『透明マント』さえあればなあ……」
「どこにあるの?」
ハリーが呟くのと殆ど同時に、ハーマイオニーが聞いた。
その素早い反応にちょっと戸惑いながらも、ハリーは隻眼の魔女像の下にある抜け道に置いてきた経緯を説明する。
「……スネイプがあの辺でまた僕を見掛けたりしたら、僕、とっても困った事になるよ。」
「それはそうだわ。」
颯とハーマイオニーは立ち上がった。
意志の強そうな目でハリーを見詰める。
「スネイプが見掛けるのがあなたならね……
魔女の背中の瘤はどうやって開けばいいの?」
「それは―――それは、杖で叩いて『ディセンディウム―――降下』って唱えるんだ。でも―――」
「ナマエ、来て。」
『…』
ハーマイオニーは最後まで聞かずに、座り込んだままの名前の腕を引っ張って立ち上がらせた。
そして腕を掴んだまま、引き摺るようにして談話室から出ていった。
何が何だか分からない名前は、されるがままである。
十五分後、名前とハーマイオニーは談話室に戻ってきた。
丁寧に畳んだ「透明マント」をローブの下から取り出して、ハリーとロンに見せる。
「ハーマイオニー、最近、どうかしてるんじゃないのか!」
「透明マント」を見たロンは、目を見開いて叫んだ。
「マルフォイは引っ叩くわ、トレローニー先生のクラスは飛び出すわ―――」
驚くハリーとロンを見て、ハーマイオニーはちょっと誇らしげな顔で笑った。
その横で、名前は無表情ながらも若干疲れた顔をして立っている。
引き摺られるようにして連れてこられた名前は、隻眼の魔女像の前で見張りに立たされたのだ。
のらりくらりと言い逃れも出来ないのに、その上眠気がピークで頭も回らないのに、
もし人が来て、しかも尋ねられたらどうしようと、残り少ない神経を尖らせていたせいである。
夕食を摂る時間だから、名前達はクラスメートと一緒に大広間に向かった。
しかしグリフィンドール塔へは戻らなかった。
玄関ホールの角にある小さな部屋に隠れ、じっとして耳を澄ませながら、他に人がいなくなるのを待ったのだ。
「オッケーよ。」
ドアが閉まる音がした。
用心して、慎重に、ハーマイオニーは小さな部屋から首を突き出した。
ドアの周辺を見渡す。
「誰もいないわ―――
『マント』を着て―――」
名前達は押しくら饅頭の如く寄り集まって、マントを被せた。
マントの中で皆ピッタリくっつきながら、ちゃんとマントが被さっているか確認する。
「ナマエ、もう少し屈んで。足元が見えちゃうわ。」
『ごめん。…』
慌てて膝を曲げる。
殆ど空気椅子の状態である。
姿はすっかり隠れたが、その状態を維持出来るのか。
名前だけではなくハリー、ロン、ハーマイオニーもちょっと不安になった。
くっつき合い、マントに隠れながら、歩調を合わせて移動するのは困難を極めた。
玄関ホールを横切り、石段を降りて校庭に出て、ハグリッドの小屋に辿り着いた時は全員が安堵した事だろう。
ハリーがドアをノックした。
一分程答えが無く、やっと現れたハグリッドの顔は真っ青だった。
「僕達だよ。」
震えながら、誰が来たのかと見渡しているハグリッドに、ハリーは小さな声で言った。
「『透明マント』を着てるんだ。中に入れて。そしたらマントを脱ぐから。」
「来ちゃなんねえだろうが!」
声を潜めて言いながらも、ハグリッドは名前達が中に入れるように下がった。
中に名前達が入るのを確認してから、ハグリッドは急いで戸を閉める。
マントを脱ぎ、名前は漸く真っ直ぐ立てた。
少しばかり膝が笑っている。
「茶、飲むか?」
言って、ハグリッドはヤカンの方に手を伸ばした。
震えている。
ハグリッドは前回のように泣いてはいなかったし、ハリーに抱き着く事もしなかった。
来てはいけないのに訪れた四人を咎めもしなかった。
目は虚ろで、ぼんやりとしている。
ハグリッドの顔色を窺いながら、躊躇いがちに、ハーマイオニーは口を開いた。
「ハグリッド、バックビークはどこなの?」
「俺―――
俺、あいつを外に出してやった。」
普段通りの声音で、ハグリッドは話した。
けれども手は震えていた。
ミルクを容器に注ごうとして目測を誤り、テーブルに溢した。
「俺の南瓜畑さ、繋いでやった。木やなんか見た方がいいだろうし―――
新鮮な空気も吸わせて―――
その後で―――」
ハグリッドの手が激しく震えた。
持っていたミルク入れが手から滑り落ち、床に落ちて割れた。
容器の破片が飛び散り、ミルクはじわじわと床に広がる。
ハーマイオニーが急いで駆け寄り、名前も一緒になって、床を拭き始めた。
「私がやるわ、ハグリッド。」
「戸棚にもう一つある。」
『俺はここを片付ける。…
ハーマイオニーは、ミルク入れの方を探してくれるか。』
「分かったわ。」
ハグリッドは腰が抜けたように座り込んで、汗もかいていないのに袖で額を拭った。
てきぱき動く名前とハーマイオニーを、青白い顔でぼんやりと眺めている。
「ハグリッド、誰でもいい、何でもいいから、出来る事はないの?」
ハリーはハグリッドと並んで座ると、強い口調で尋ねた。
「ダンブルドアは―――」
「ダンブルドアは努力なさった。だけんど、委員会の決定を覆す力はお持ちじゃねえ。
ダンブルドアは連中に、バックビークは大丈夫だって言いなさった―――だけんど、委員会は怖じ気付いて……
ルシウス・マルフォイがどんなやつか知っておろう……連中を脅したんだ、そうなんだ……
そんで、処刑人のマクネアはマルフォイの昔っからのダチだし……だけんど、あっという間にスッパリいく……
俺が側についててやるし……」
一気に話して、ハグリッドは唾を飲み込んだ。
少しの沈黙。
何か探すように、目が辺りをさ迷った。
「ダンブルドアがおいでなさる。ことが―――事が行われる時に。今朝手紙を下さった。俺の―――俺の側にいたいと仰る。
偉大なお方だ、ダンブルドアは……」
戸棚でミルク入れを探していたハーマイオニーの方から、啜る音がした。
空耳かと思うとくらいに小さく短い声だった。
こちらに背を向けているので、本当かどうかは分からない。
ミルク入れ探し当てたハーマイオニーは、背筋を伸ばして振り向いた。
「ハグリッド、私達もあなたと一緒にいるわ。」
ハグリッドは頭を振る。
「お前さん達は城さ戻るんだ。言っただろうが、お前さん達にゃ見せたくねえ。それに、初めっから、ここさ来てはなんねえんだ……
ファッジやダンブルドアが、お前さん達が許可もらわずに外にいるのを見つけたら、ハリー、お前さん、厄介な事になるぞ。」
唇がふるりと震えたかと思うと、ハーマイオニーの頬を涙が伝っていった。
けれどもハグリッドに見せまいと背を向けると、急いで涙を拭って、お茶の支度に忙しなく動き回った。
溢れたミルクを拭いて、割れた破片も片付けた。
テーブルと床をすっかり綺麗にしてから、名前はハーマイオニーを手伝いに向かう。
「ナマエ、ミルクを取ってくれる?」
『…』
「ありがとう。」
ミルクの入った瓶から持ち上げ、ハーマイオニーに手渡そうとした時だ。
容器の蓋を取ったハーマイオニーが、突然叫び声を上げた。
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