17.-2






「やあ、ハリー!試験を受けてきたのかね?
そろそろ試験も全部終わりかな?」



「はい。」



「いい天気だ。」





親しげに話し掛けるファッジに、ハリーも先生にそうするように、普段通り接している。
しかしハリー以外は魔法省大臣と会話する機会など無かったし、殆ど初対面のような仲なので、
二人が会話する後ろの方で、話を聞きながら黙って立っていた。





「それなのに……それなのに。」





ファッジの眉はぐっと寄り、垂れ下がる。
肺の中の空気を全て押し出すような深い溜め息を吐き、ハリーを見た。





「ハリー、あまり嬉しくないお役目で来たんだがね。『危険生物処理委員会』が私に狂暴なヒッポグリフの処刑に立ち会って欲しいと言うんだ。
ブラック事件の状況を調べるのにホグワーツに来る必要もあったので、ついでに立ち会ってくれというわけだ。」



「もう控訴裁判は終わったということですか?」





バックビーク関係の話題に、ロンの口からは無意識的に言葉が出てきていた。
ファッジは少し驚いたようだ。
目を見開き、一瞬黙り込み、珍しいものを見る目付きをロンに向ける。





「いや、いや。今日の午後の予定だがね。」



「それだったら、処刑に立ち会う必要なんか全然無くなるかもしれないじゃないですか!」





可能性は確かにあるが、望み薄である。
けれどもロンはそれ以外の答えを譲らないが如く、自信たっぷりに言い放ったのだ。





「ヒッポグリフは自由になるかも知れない!」





ファッジが口を開いた。
しかし答えは聞けない。
背後の扉が開き、城の中から二人の魔法使いが現れたのだ。

一人は風に煽られればパッタリと倒れてしまいそうな年寄り。
もう一人は真っ黒な口髭を生やした大柄の魔法使いだ。
おそらく、「危険生物処理委員会」の委員達だろう。





「やーれ、やれ、わしゃ、年じゃで、こんな事はもう……
ファッジ、二時じゃったかな?」





年寄りがハグリッドの小屋を見ながら話す横で、黒髭の男はベルトに挟んだ斧の刃を撫でている。
気付いたロンは口を開きかけたが、ハーマイオニーがロンの脇腹を小突いて玄関ホールの方へと顎で促した。
斧に気付いたのはロンだけではない。ハーマイオニーも、ハリーも、名前も見たのだ。





「何で止めたんだ?」





昼食で賑わう大広間に入りながら、ロンは口を開いた。
ローブを振り払うように歩く仕草から、怒っているのが分かる。





「あいつら、見たか?斧まで用意してきてるんだぜ。
どこが公正裁判だって言うんだ!」



「ロン、あなたのお父様、魔法省で働いてるんでしょ?
お父様の上司に向かって、そんな事言えないわよ!」





口ではそう言いながらも、ハーマイオニーは困惑しているようだった。





「ハグリッドが今度は冷静になって、ちゃんと弁護しさえすれば、バックビークを処刑出来るはず無いじゃない……。」





ハーマイオニーはそう言ったが、自分自身の言葉を信じる意志の強さは見受けられない。

午後には試験が全部終わるので、昼食を摂る生徒達は陽気なものだった。
ただこの四人だけは、試験が続くかのような重苦しい空気が醸し出されている。
ハグリッドとバックビークの事が気掛かりで騒ぐ気にはなれないのだ。

そのまま午後の試験時間となり、名前達は教室へと移動した。
残された試験は「占い学」と「マグル学」だ。
名前は「占い学」を先に受ける為、ハリーとロンと共に「占い学」の教室に向かう。
ハーマイオニーは「マグル学」へ向かった。





「一人一人試験するんだって。」





「占い学」の教室へと続く螺旋階段にクラスメート達が大勢腰掛け、階段は殆ど足の踏み場もないような状態で埋め尽くされていた。
皆教科書を開いたり、友達同士で問題を出し合ったりしている。

皆に倣い名前達も階段に座ると、横にいたネビルがそう言って教えた。
ネビルの膝には教科書が開かれている。





「君達、水晶玉の中に、何でもいいから、何か見えた事ある?」



「無いさ。」





不安そうなネビルを見もせずに、ロンは素っ気ない返事をした。

列は中々短くならない。

名前は教科書を開き、黙々と読み始めた。





「先生に何て聞かれた?大した事無かった?」



「もしそれを君達に喋ったら、僕、酷い事故に遭うって、
トレローニー先生が水晶玉にそう出てるって言うんだ!」





自分の番を終えたネビルに尋ねると、青白い顔に甲高い声でそう答えてくれた。
そして、逃げるようにして去っていった。





「勝手なもんだよな。」





ロンはフンと鼻を鳴らす。
そして、チラリと時計を見た。
先ほどから時間を気にしており、一分も経たない内にまた時計を見るのだ。
バックビークの控訴裁判の時間までどれほどか気にしているらしい。





「ハーマイオニーが当たってたような気がしてきたよ。」





そして、頭上の撥ね戸に向かって親指を突き出した。





「全くインチキばあさんだ。」



「全くだ。」





ロンがまた時計を見た。
ハリーも時計を見た。

もう二時だ。





「急いでくれないかなぁ……」





列は大分短くなっていた。
順番はもうすぐ回ってくる。
しかしそのもうすぐ、という時間が長く感じるのだ。

長いことかかって(時間にすれば数分かもしれないが)、やっとパーバティが梯子を降りてきた。





「私、本物の占い師としての素質を全て備えてるんですって。」





誇らしげに胸を張り、ハリーとロン、名前にそう告げた。





「私、色ーんなものが見えたわ……
じゃ、頑張ってね!」





言って、パーバティは急ぎ足で螺旋階段を下りていった。
階下にいるラベンダーの元へ行ったのだろう。





「ナマエ・ミョウジ」





頭上の撥ね戸から、こもった声で聞こえてきた。
「未来の霧を晴らす」の教科書を閉じて、名前は立ち上がると、
銀の梯子を上っていった。





『…失礼します。』





撥ね戸を開き声を掛けたが、返事は無かった。
教室は薄暗く、暑く、吐き気を催すほどの香が充満している。





「こんにちは。」



『こんにちは。…』



「良い子ね。どうぞお掛けになって…」





暖炉を背にして、トレローニーが椅子に腰掛けて名前を見上げた。
丸いテーブルを挟み、名前は向かい合わせに座る。
テーブルの真ん中には水晶玉が置かれ、中にドライアイスの煙のような、白い靄が渦巻いていた。





「この玉をじっと見て下さらないこと……。
ゆっくりでいいのよ……。
それから、中に何が見えるか、教えて下さいましな……。」



『…』





名前は言われた通り、じっと水晶玉を見つめた。
いつもより瞬きが少ない。
水晶玉の中の靄は、決して動きを止めることなく、忙しなく形を変え続けた。





「どうかしら?」



『…』





答えを促す声に、名前は顔を上げた。
大きな眼鏡をかけたトレローニーが、大きな目で名前をじっと見つめた。





「何か見えて?」



『…』





名前はトレローニーを見つめ、それから水晶玉を見下ろした。
形を変え続ける靄は、見ようと思えば何にでも見える。
ぼんやり眺める雲のように、アイスクリームや綿飴なんかに見えてくるのだ。





『…………鳥に、見えます。』



「鳥?どんな鳥に見えます?その鳥は…どんな様子かしら?」





言いながら、トレローニーは膝の上に乗せた羊皮紙に何やら書き込んでいる。
名前は水晶玉を見詰めながら黙り込み、言葉を探しているようだった。





『…白い鳥です。飛んでいます。』



「その鳥はどこに向かっているかしら?
よーくご覧なさい…
よーく考えて…」



『…』





名前はまた言葉を探し、暫し黙り込む。





『…この、学校……
ホグワーツです。…』





名前の言葉に頷きながら、トレローニーは羊皮紙にまた何やら書き込んだ。
そして、顔を上げて名前を見る。





「それじゃあ、ここでおしまいにいたしましょう…。」





それだけ言うと、トレローニーは教室を出ていくように促した。
名前は教科書の詰まった鞄を持ち、立ち上がる。
すると、突然トレローニーの手が伸ばされたかと思うと、ギュウと腕を掴まれた。





「あなた、落ち込む事はございませんのよ。」



『…』



「あなたには真実を見抜く素質がありますわ…
きちんと練習をすれば、その力は確実になるのよ…
幸せに通ずるとは限らないけれども……」





声は、最後の方は小さく掠れていた。
スルリと手を離し、そろそろと膝の上に置く。





「引き留めてしまって、ごめんあそばせ…。」



『……』





名前はじっと、眼鏡越しにトレローニーの目を見詰めた。
眼鏡越しの目は実物の二倍はあるだろう、粒の大きな葡萄のようだ。
何も言わずに見詰める名前を、トレローニーは見つめ返し、不思議そうに瞬きをした。





『失礼します。』





唐突に言って、名前はペコリとお辞儀をした。
それから何事も無かったかのように撥ね戸を開けて、梯子を降りていく。
地に立つと、こちらを見るロンとハリーと目が合った。





「どうだった?」



『…』
首を傾げた。
『部屋が暑かった。』



「そういう事を聞きたかったわけじゃないんだけどね…。」



「ロナルド・ウィーズリー」





頭上から声が聞こえ、ロンがしかめっ面になった。
名前の隣を通り過ぎて、しかめっ面のまま銀の梯子を上っていく。
その姿を見送ってから、ハリーは名前を見た。





「談話室で会おう。」



『…』





ハリーの言葉に頷き、名前は螺旋階段を下り始めた。

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