17.-1
クィディッチ杯を勝ち取り一週間程経った頃には六月が近付いていた。
すなわち試験が迫っていたのである。
夢見心地に浸る間も無く、生徒達は皆試験に備えて勉強に努めた。
フレッドとジョージでさえ勉強をし、特に、N・E・W・Tという資格テストを受けるパーシーと、有りとあらゆる授業を取るハーマイオニー、名前は、誰よりも勉強に励んでいた。
「ハーマイオニー?」
『…』
ロンの声で名前は本から顔を上げた。
ハーマイオニーお手製の試験の予定表をチラチラと見ながら、遠慮がちに、慎重に、ハーマイオニーの顔色を窺っている。
最近、ハーマイオニーはすぐに怒るのだ。
「あの―――この時間表、写し間違いじゃないのかい?」
「何ですって?」
一瞬ドキリとするような厳しい声で言う。
予定表を取り上げて、じっくりと眺めている。
「大丈夫よ。」
「どうやって同時に二つのテストを受けるのか、聞いてもしょうがないよね?」
「しょうがないわ。」
素っ気ない返事を聞いてから、ロンは名前を見た。
名前もハーマイオニーと同じく、二つのテストを同時に受ける。
しかしその手段は極秘なので、名前は視線に気付いていないふりをして、再び本に目を落とした。
「あなた達、私の『数秘学と文法学』の本、見なかった?」
「ああ、見ましたとも。寝る前の軽い読書の為にお借りしましたよ。」
揶揄うロンの声は極めて小さかく、本を探してテーブルの上をガサゴソ漁るハーマイオニーの耳には届く事はなかった。
すると、そのガサゴソ音に混じって、窓辺の方で羽音がした。
見ると、ヘドウィグだ。
嘴にメモを咥えている。
「ハグリッドからだ。」
ヘドウィグから素早くメモを受け取ると、ハリーは慌てた手付きでメモを開いた。
「バックビークの控訴裁判―――六日に決まった。」
「試験が終わる日だわ。」
「皆が裁判の為にここにやって来るらしい。」
ハリーがメモに目を通しながら話すのを、名前は本を読むのを中断して聞いた。
ハーマイオニーは「数占い」の教科書を彼方此方と探している。
「魔法省からの誰かと―――
死刑執行人が。」
「控訴に死刑執行人を連れてくるの!
それじゃ、まるで判決が決まってるみたいじゃない!」
「ああ、そうだね。」
「そんな事、させるか!」
死刑執行人が来るという事に、ハーマイオニーは驚いて顔を上げた。
ハリーは何やら考え込んでおり、ロンは声高く叫んでいる。
名前はいつも通り無表情に無口で、相変わらず何を考えているのか分からない状態だった。
「僕、あいつの為に長ーい事資料を探したんだ。
それを全部無視するなんて、そんな事させるか!」
無実の命が消えてしまう事よりも、折角の苦労が水の泡になってしまう事の方が、あってはならない事のようだ。
まあ敢えてそう言ってしまうところは、ロンらしいと言えばらしいのだが。
しかし前回の様子からすると、「危険生物処理委員会」はマルフォイ氏の言い成りだ。
一縷の望みにかけたいが、あまり期待は出来ないのが現状である。
ついに試験が始まった。
試験が終わればすぐに長い夏期休暇に入るが、この期間が生徒達にとっては地獄の時間である。
月曜日の午前から午後に移り変わろうとする頃、三年生は「変身術」の教室から生気を失い出てきた。
大広間で昼食を摂りながら話す話題は、専ら「変身術」で出た課題だ。
「僕のは尻尾のところがポットの注ぎ口のままさ。悪夢だよ……」
「亀ってそもそも口から湯気を出すんだっけ?」
「僕のなんか、甲羅に柳模様がついたまんまだったんだ。ねえ、減点されるかなぁ?」
昼食を終えれば、すぐに「呪文学」の試験だ。
ハーマイオニーの言った通り、「元気の出る呪文」がテストに出てきた。
その日の試験を終えて夕食を摂った後、皆は急いで談話室に戻る。
翌日の試験科目、「魔法生物飼育学」、「魔法薬学」、「天文学」の復習をする為である。
皆が談話室で復習に励む中、名前は寝室のベッドの上で勉強を長いことしていた。
少なくとも同室のハリーやロンが眠るまでは、黙々と本を読んでいたようだった。
そして翌日は先に寝たハリーやロンよりも早くに起きて本を読んでいるので、まさか徹夜したのではと二人はちょっぴり心配した。
しかし二人の心配は杞憂だとばかりに、名前は「魔法生物飼育学」の試験を受けて合格した。
まあ、一時間後に自分の「レタス食い虫」が生きていれば合格という簡単なテストだったので、(「レタス食い虫」は放っておくと一番調子が良い)ただ見詰めているだけでいいようなものだったが。
問題だったのは午後にある「魔法薬学」の、「混乱薬」を作る課題だった。
生徒が作業する横でスネイプが側に立ち、じっくりと眺め、持っているノートに数字を書き込むのだ。
そうして生徒の側を順番に回っていく。
「……」
『……』
ハリーとロンが思った通り殆ど睡眠をとってない名前だが、この時ばかりは頭が冴え渡った。
何しろ、自分が見つめる分には全く動じないが、見つめられる側になると途端に平静を失う。
表情にはからきし出ないが、ちょっとした挙動の節々に表れる。
そのちょっとした挙動から拾い上げる事が得意なのがスネイプなので、長いこと怪訝そうに眺め回されるのだった。
この時、名前の地獄はピークを迎えたことだろう。
その日の「天文学」の試験は真夜中に行われ、名前は休もうにも休めずに水曜日の朝を迎える。
水曜の午前は「魔法史」、午後は「薬草学」。
この時点で三日間不眠である。
しかし顔には出ないのだ。挙動は若干おかしいが。
そして試験最終日の木曜日を迎えた。四日目突入である。
午前は「闇の魔術に対する防衛術」だ。
ルーピンは授業でもそうであったように、試験も独特だった。
行われる場所は屋外だ。
まず、グリンデローが入った深いプールを渡る。
次に、レッドキャップが沢山潜んでいる穴だらけの場所を横切って、道に迷わせようと誘うヒンキーパンクをかわして沼地を通り抜ける。
そして最後に、ボガートが閉じ込められている大きなトランクに入り込んで戦うというものだった。
名前の最大の敵は睡魔である。
ボガートまでは、フラフラと危なっかしい足取りでも進みつつ、なんとかこなしてこれた。
だがボガートを前にしても依然として思考力は低下しており、一番怖いものを考え笑いに変える、という行程が中々まとまらなかった。
このボガート退治に一番手間取り、やっと出てきた頃には視線も定まらない始末だった。
これにはルーピン、先に課題をこなし様子を見ていたハリーも目を見張り、すぐに口を開いた。
「合格だよ、ナマエ。しかし随分と時間がかかったね?」
『…
考えがまとまらなかったんです。』
「ルーピン先生、この試験期間中、ナマエは寝てないんです。」
「おや。それは…、
考えがまとまらなくて当たり前だ。」
「ナマエ。一番怖いもの、何を想像したの?」
『…』
「ボガートの授業の時、ナマエの前では、ボガートは姿を変えなかったよね。
だから、ちょっと気になったんだ。」
『…』
頷く。
『…色々考えてみたけれど、…
何も思い付かなかった。』
「だけど、ボガートを倒す事は出来たんだよね?」
また頷く。
『出てこなかった。…
何も、出てこなかった。』
「どういう事?」
『ボガートが消えて、何もいなくなったんだ。』
「ふうん…」
そんなものをどうやって笑いに変えたのか不明だが、というか、そもそも名前が爆笑する姿など想像も出来ないが―――
ちょっと考える顔をしたハリーは、そんな事を思う。
その隣で、名前の次の生徒が課題を進めるのを見ながら、ルーピンも考える顔付きになった。
「ナマエは誰もいなくなってしまう事を恐れているのかもしれないね。」
「誰もいなくなる…」
ルーピンの考えを、ハリーが呟くように鸚鵡返しする。
その顔はまだ考えている風だった。
そして思い付いたように目を少し見開くと、そのままの表情でルーピンを見上げた。
「でも、先生。ナマエは一年生の時…
みぞの鏡っていう、望みを映す鏡を見たんです。その時、僕も見ましたけど、パパとママ…両親の姿が見えました。
だけどナマエは何も変わらなかった。普通の鏡で見るように、そのままの姿が映ったんです。
ダンブルドア先生は、そのままの姿が見える人は、幸せな人だって仰ってました。
現状が続く事を望んでいて、そう見えるのかもしれないとも…」
そこまで一気に話すと、ハリーは一旦口を閉じて俯いた。
それから、名前を見て―――無表情で見つめ返す名前を見て、もう一度ルーピンを見上げた。
「ナマエは、一番怖いものも、一番望んでいるものも見えないんです。
それってよくある事なんでしょうか?」
「うーん、そうだね…」
ルーピンは考える顔をして、名前を眺めた。
身長があまり変わらないので、殆ど真正面から見詰められているようなものである。
名前は視線をボガートの入ったトランクに移した。
あまり意味はない。逃げただけだ。
「みぞの鏡の件で、ダンブルドア先生は、そのままの姿が見える人は幸せ、
それか、現状が続く事を望んでいると仰ったんだね?
それを仮説に考えるのなら、ナマエ。君は今が一番幸せって事だよ。」
『…』
「現実的でもあるし、夢想家でもある。どちらにせよ、慎ましいものだけれどね。
でも、寝てないんだろう?頭が回らないんだから、何も出てこなくてもおかしくはないさ。」
言って、ルーピンはニッコリと、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。
話を上手くすり替えられたような気もするが、ハリーは納得し、そもそも風呂敷を広げるつもりは無かった名前はただ聞き手に回り、その話はそれまでとなる。
それから暫く、名前はハリーとルーピンと一緒になって、ロンとハーマイオニーの様子を見た。
ロンはヒンキーパンクに惑わされ沼地に腰まで沈み、全て完璧にこなしたハーマイオニーはボガートが潜むトランクに入ったが、一分ほどして叫びながら飛び出してきた。
「ハーマイオニー、どうしたんだ?」
「マ、マ、マクゴナガル先生が!先生が、私、全科目落第だって!」
ルーピンが驚いて声を掛けると、ハーマイオニーはトランクを指差して言葉を失った。
このパニック状態のハーマイオニーが我に返るまで暫くかかり、漸く落ち着いた頃、四人一緒に城へと向かった。
道中、ロンは話の節々にハーマイオニーのボガートの一件を持ち出しては揶揄った。それが案外としつこい。
最近怒りやすいハーマイオニーがキレるのもそう遅くはないと、ハリーと名前は確信していた。
今に暴言の応酬が始まる。
そう思っていた。
しかし正面玄関に差し掛かった時、玄関の階段の天辺にいる人物を目にした事で、皆の意識はそこに一点集中したのだ。
コーネリウス・ファッジがいた。
細縞のマントを着てうっすら汗をかきながら、校庭を見詰めていた。
近付いてくるハリーの姿を見つけると、ファッジは驚いたように目を見開いた。
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