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それからハーマイオニーに会ったのは、二十分後の事だ。
『占い学』の教室に登る梯子のところに、すっかり落ち込んだ様子で現れた。





「『元気の出る呪文』の授業に出なかったなんて、私としたことが!
きっと、これ、試験に出るわよ。フリットウィック先生がそんな事をチラッと仰ったもの!」



『ハーマイオニー。俺で良ければ、…』





ハーマイオニーのあまりに切羽詰まった姿に、名前は思わず口を開いた。
ちょっと迷いながらも言葉を続ける。





『…その時のノートとか、先生が話された事、教えようか。…』





あの話下手の名前が人に物を教えられるのかは不安なところだが、自ら教えようと言っている。
苦手としているが、それでも教えようと言っている事を、ハーマイオニーは分かった。





「ありがとう、ナマエ。それじゃあ、参考に見せてくれる?
後は自分で何とかするわ。ミスした私がいけないんだもの。」



『…』





名前は頷き、二人はもうすぐ訪れるイースターの長い休暇中にノートを見せる約束をした。
それから四人は梯子を上り、教室に入った。

小さなテーブル一つ一つに乳白色のような、銀色のようなの靄が入った水晶玉が置かれ、薄暗い室内でぼうっと光を放っている。

ハリー、ロン、ハーマイオニーは一緒に座り、名前は相変わらず一人隅のテーブルに向かった。
名前の背の高さでは、後ろの席の生徒は前が見えないからだ。





「皆様、こんにちは!」





声と共に薄暗い空間からトレローニーが現れた。
殆ど暗闇と同化しているので、表情や服の色までは分からない。
トレローニーが動けば、そこにいると分かる程度だ。





「あたくし、計画しておりましたより少し早めに水晶玉をお教えする事にしましたの。」





トレローニーはゆっくりと移動して、暖炉の火を背にした大きな椅子に深く腰掛けた。
そして、辺りを凝視する。
怪談話でも始まりそうな雰囲気である。





「六月の試験は球に関するものだと、運命があたくしに知らせましたの。
それで、あたくし、皆様に十分練習させてさしあげたくて。」



「あーら、まあ……
『運命が知らせましたの』…
…どなた様が試験をお出しになるの?あの人自身じゃない!何て驚くべき予言でしょ!」





ハーマイオニーの声だ。

一切遠慮せずにいつもの声量で、―――いや、いつもより大きな声だったかもしれない。はっきりと言い放った。
けれどもトレローニーは何事も無かったかのように話を続けた。





「水晶占いは、とても高度な技術ですのよ。」





まるで幸せな未来を語るような口調である。





「球の無限の深奥を初めて覗き込んだ時、皆様が初めから何かを『見る』事は期待しておりませんわ。
まず意識と、外なる眼とをリラックスさせる事から練習を始めましょう。」



『…』





話を聞きながら、名前はチラリと水晶玉を見る。
水晶玉の中を靄が蠢くだけで、何かが見えるようには考えられない。





「そうすれば『内なる眼』と超意識が顕れましょう。幸
運に恵まれれば、皆様の中の何人かは、この授業が終わるまでには『見える』かもしれませんわ。」





そして、皆が作業に取り掛かった。
作業と言っても、ただ水晶玉を見つめるだけだが。

初めての物を見る幼い子どものように、名前は水晶玉を見つめ、靄が蠢く様子を目で追っている。

水晶玉、というより、靄の動く様子を楽しんでいるように見える。





「球の内なる、影のような予兆をどう解釈するか、あたくしに助けて欲しい方、いらっしゃること?」





たくさん身に付けた腕輪同士をチャラチャラいわせながら、トレローニーは呟くように言った。
すると、どこからか吹き出す声が聞こえた。





「まあ、何事ですの!」





トレローニーの声と共に、皆が一斉に声のした方を見た。
ハリー達のいるテーブルだ。





「あなた方は、未来を透視する神秘の震えを乱していますわ!」





トレローニーはハリー達のテーブルに近寄り、水晶玉を覗き込んだ。
水晶玉のぼんやりとした光により、トレローニーの顔が暗闇に浮かび上がる。





「ここに、何かありますわ!」





低い声で言うと、水晶玉の高さまで顔を下げた。
大きな眼鏡に水晶玉が映り込んでいる。





「何かが動いている……でも、何かしら?」





トレローニーはよく見ようと、水晶玉にくっつきそうなくらいぐっと顔を近付けた。
息を潜めて水晶玉を見つめている。





「まあ、あなた……」





水晶玉から顔を離し、トレローニーはハリーを見つめた。
水晶玉の薄明かりに照らされたハリーの顔が、何とも嫌そうに歪んでいる。





「ここに、これまでよりはっきりと……ほら、コッソリとあなたの方に忍び寄り、段々大きく……死神犬のグ―――」



「いい加減にしてよ!」





ハーマイオニーは突然大声を上げた。
弾かれたようにトレローニーはハーマイオニーを見る。





「また、あの馬鹿馬鹿しい死神犬じゃないでしょうね!」





薄暗い室内のせいで表情は窺えない。
しかし一瞬の沈黙から、トレローニーが明らかな怒りを抱いたのを感じ取れる。





「まあ、あなた。こんな事を申し上げるのは、何ですけど、
あなたがこのお教室に最初に現れた時から、はっきり分かっていた事でございますわ。
あなたには『占い学』という高貴な技術に必要なものが備わっておりませんの。
全く、こんなに救いようのない『俗』な心を持った生徒に未だ嘗てお目にかかった事がありませんわ。」



「結構よ!」





ハーマイオニーは唐突にそう言うと、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
教科書を引っ掴み、乱暴な手付きで鞄に詰め込んでいく。





「結構ですとも!」





再び力を込めてそう言うと、鞄を振り回すようにして肩に掛けた。





「やめた!私、出ていくわ!」





ハーマイオニーは大股で出口へと歩き、撥ね上げ戸を蹴飛ばして開け、梯子を降りていった。

教室内は沈黙に満たされる。

トレローニーはテーブルを離れ、息を荒げているようだった。





「おおおおお!」





突然ラベンダーが大声を上げた。
皆が一斉にラベンダーを見る。





「おおおおおおお、トレローニー先生。私、今思い出しました。
ハーマイオニーが立ち去るのを、御覧になりましたね?そうでしょう、先生?
『イースターの頃、誰か一人が永久に去るでしょう!』
先生は随分前にそう仰いました!」



「ええ、そうよ。Ms.グレンジャーがクラスを去る事は、あたくし、分かっていましたの。
でも、『兆』を読み違えていれば良いのにと願う事もありますのよ……『内なる眼』が重荷になる事がありますわ……」





ラベンダーとパーバティはまるで神を見るかのようにトレローニーを見詰めた。
そして、トレローニーが自分達のテーブルに移って座れるよう場所を空けていた。





『…』





ハーマイオニーは本当に『占い学』をやめてしまったし、ハリーもロンも真面目に取り扱わない授業だが、名前は少なくとも向き合っていた。

何が面白いのか不明だが、じっと水晶玉を見詰め続けたのだ。

まあ元々、何かをじっと見詰め続ける事は慣れっこだったが。

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