13.-1
スキャバーズが消えた。
ロンが慌ただしく引き剥がしたシーツには、点々と血が付いていた。
そして、床にはクルックシャンクスのものと思われる、長いオレンジ色の毛が落ちていた。
状況から察するに、クルックシャンクスがスキャバーズを食べてしまったのだ。
口論するハーマイオニーに向かって、ハリーはそう伝えた。
「良いわよ。ロンに味方しなさい。
どうせそうすると思ってたわ!」
怒りで我を忘れたように大きな声で、ハーマイオニーは言った。
「最初はファイアボルト、今度はスキャバーズ。みんな私が悪いってわけね!
ほっといて、ハリー。私、とっても忙しいんだから!」
この一件が、ハーマイオニーとロンとの亀裂を深くさせる。
決定的になったと言っても良いくらいだった。
「折角ファイアボルトが戻ってきたのに。」
ハリーが肩をガックリ落として言う。
声も覇気がない。
ハーマイオニーとロンの二人は互いにカンカンで、目が合う度に睨み付け、舌打ちする。
そんな二人に挟まれる名前とハリーの間には、この数日間でちょっとした友情が芽生えていた。
「もう、仲直りは出来ないのかな。」
『…。
…ごめん。ハリー。』
「どうしてナマエが謝るの?」
『俺が眠って無かったら、こんな事にはならなかったかもしれない。…』
確かに、名前は寝室にいたのだ。
スキャバーズがロンのベッドにいた事も知っていた。
起きていれば、クルックシャンクスの侵入を防げたかもしれない。
たとえ相手がすばしっこい猫だとしても。
「ナマエのせいじゃないよ。」
『…』
「とにかく、今の僕達に出来るのは、二人の様子を見守る事だけだ。
ハーマイオニーのフォローはナマエがしてくれる?僕だとすぐ怒るから、まともに話が出来ないんだ。
ロンは僕が何とかするよ。」
『…』
頷いて返事をする。
名前とハリーの連携プレーで、二人の関係を何とか和らげようという魂胆である。
「元気出せ、ロン。
スキャバーズなんてつまんないやつだって、いつも言ってたじゃないか。」
誰彼構わず怒り狂うハーマイオニーに対し、ロンはペットを失った悲しみに打ち沈んでいた。
「それに、ここんとこずっと弱ってきてた。一度にパッといっちまった方が良かったかもしれないぜ。
パクッ―――
きっと何にも感じなかったさ。」
「フレッドったら!」
「あいつは食って寝る事しか知らないって、ロン、お前そう言ってたじゃないか。」
「僕達の為に、一度ゴイルに噛み付いた!」
絞り出すような声で言って、ハリーを見た。
「覚えてるよね、ハリー?」
「うん、そうだったね。」
「やつの最も華やかなりし頃だな。」
真面目な表情と声を取り繕い、フレッドはロンを慰めた。
「ゴイルの指に残りし傷跡よ、スキャバーズの想い出とともに永遠なれ。
さあ、さあ、ロン、ホグズミードに行って、新しいネズミを買えよ。メソメソしてて何になる?」
落ち込むロンを元気付ける為に、フレッドとジニー、ハリーが色々と声を掛けている。
名前はその輪の中に加わってはいるが、あまり会話に参加はしない。
名前はこういう事は不得意だ。
だからハリーには頼まれたし、承知したが、ハーマイオニーを元気付けるような事は中々ハードルが高かった。
それに気が付いたのは頼まれた後で、
名前はレポートを書く事よりも頭を悩ませている。
青空は晴れ渡り、雲一つない。
空気はひんやりとしているが、日の光がポカポカと暖かかった。
こんな日でなければ昼寝でもしたい陽気である。
「あっ
ハリーが出てきたわ。」
今日はクィディッチの試合だ。
グリフィンドール対レイブンクローである。
弱い風が吹いているが、試合には差し支え無いだろう。
「何もなければいいんだけれど…。」
ハリーの抱えるファイアボルトを見つめ、ハーマイオニーが心配そうに呟いた。
『…きっと、大丈夫。
先生方が調べたんだ。』
「そうよね…」
同意はしたものの、ハーマイオニーは不安そうだ。
仲違いの最中ではあるが、やはり心配らしい。
雨のような拍手と歓声の中で、名前とハーマイオニーは静かに試合の開始を待った。
「全員飛び立ちました。
今回の目玉は、何といってもグリフィンドールのハリー・ポッター乗るところのファイアボルトでしょう。
『賢い箒の選び方』によれば、ファイアボルトは今年の世界選手大会ナショナル・チームの公式箒になるとの事です―――」
試合が開始された。
選手達は地を蹴った。
リー・ジョーダンの解説実況が、マイクを通して競技場に鳴り響く。
ハリーは誰よりも速く飛び上がった。
今や青空を背景に豆粒程度にしか見えない。
「ジョーダン、試合の方がどうなっているか解説してくれませんか?」
「了解です。先生―――ちょっと背景を説明しただけで。
ところでファイアボルトは、自動ブレーキが組み込まれており、更に―――」
「ジョーダン!」
「オッケー、オッケー。ボールはグリフィンドール側です。
グリフィンドールのケイティ・ベルがゴールを目指しています……」
ケイティが初ゴールを決めた。
グリフィンドールは喜んで、言葉にならない大声を上げた。
その時、ハリーが上空から観客席の方へ急降下し出した。
スニッチを見つけたらしい。
急降下するハリーの背後で、ぴったりチョウ・チャンが付いてきている。
しかし、レイブンクローのビーターが打ったブラッジャーが行く手を阻む。
ハリーは避けるしかなく、その間にスニッチを見失ってしまった。
「グリフィンドールのリード。八十対〇。
それに、あのファイアボルトの動きをご覧下さい!ポッター選手、あらゆる動きを見せてくれています。
どうです、あのターン―――チャン選手のコメット号は到底敵いません。ファイアボルトの精巧なバランスが実に目立ちますね。この長い―――」
「ジョーダン!いつからファイアボルトの宣伝係に雇われたのですか?真面目に実況放送を続けなさい!」
マクゴナガルの声が歓声よりも大きく競技場に鳴り響いた。
大きく差が開いていたが、レイブンクローは反撃に転じ、三回ゴールを決める。
差は五十点に縮まり、チョウが先にスニッチを取れば、レイブンクローが勝ってしまう。
ハリーは焦っているようだ。
高く飛び上がると、忙しなく辺りを見回している。
『…』
スニッチを見つけた。
ハリーは加速する。
しかし、今度はチョウが行く手を阻む。
ハリーは避けるしかない。
チョウは自分でスニッチを探す事よりも、ハリーの後を追った方が確実だと判断したらしい。
ハリーの後を追い続ける。
だが、いつまでも追われてばかりのハリーではない。
急下降し、チョウが付いてきたところで、急上昇した。
チョウは急下降していく。
何とかチョウを撒いたのだ。
『…』
その時、チョウが驚いた顔をしてどこかを指差した。
ハリーはつられて下を見ている。
名前も見てみるが、名前の場所からは何があるのか分からなかった。
再びハリーの方へと視線を戻す。
ハリーはユニフォームに手を突っ込んでいる。
素早く杖を取り出し叫んだ。
「エクスペクト・パトローナム!守護霊よ来たれ!」
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