04.-1






「あら、あなた…ナマエ・ミョウジ?」



『…』















ぴり、

痛みが走る。

声をかけられた拍子に、本の紙で指先を切ってしまった。

ゆっくりと振り向く。



朝早い図書館奥で、
ふわふわとした栗色の髪の毛をもつ女の子と出会った。






























『君は…』



「あら、いきなりごめんなさい。
私はハーマイオニー・グレンジャー。」



『…、よろしく。
…何で、名前…』



「だってあなたって、とっても目立つもの。ああ、悪い意味じゃないのよ。
背が高いから、どこにいたって目が止まるの。

それに魔法薬の初日の授業で、遅刻してきたでしょう?それでも冷静で…。
先週の飛行訓練ではネビルを助けに飛んでいったじゃない。

あなたって結構、先輩方はもちろん、私たちの間でも話題になってるのよ。女の子たちの間ではファンクラブもできたとか。」



『…そう。…』





名前は頷き、ハーマイオニーが抱える本を見詰める。





「いつも落ち着いてみえてたから、先週の出来事には本当にびっくりしたわ…

手首はもう大丈夫なのよね?」



『…、ほとんどは。今は皮膚の治療してる。
…何で。』



「ネビルから聞いたの。あなたのこと、とても心配してたわ。」



『………』



「そういえば…朝御飯は食べたの?
大広間では、あなたの姿を見掛けなかったけれど。」



『…治療があったから、医務室で食べた。』



「そう。
本、好きなの?」
抱えている本を見せる。



『………』
コクリ、頷く。



「そうなの?だけど、あまり姿を見たことがないわね…」



『いつも奥にいるから。』



「ああ…そっか、私はあまり奥まで来ないわ。
だから会わないのね。

でも、なんだか嬉しいわ。本を読む子がいて。
先輩方には本を読む人がたくさんいるんだけど、同期の子はあまり読まないの。

よかったらナマエって呼ばせてもらっていいかしら?」



『…ハーマイオニーって呼ぶ。』



「ええ、よろしくね、ナマエ。」



『よろしく、ハーマイオニー。』





ハーマイオニーはニコリと笑った。
少し大きな前歯と、並びのいい白い歯が見えた。

二人は席に座り、しばらく話し込む。
スラスラ話すハーマイオニーと、ぼそぼそ話す名前は対照的だったが、不思議と話が途切れることはなかった。

授業開始15分前に差し掛かった頃、ヒョッコリと2つの頭が現れる。
ハリーとロンだ。

笑顔だった二人だが、ハーマイオニーと目が合うと、途端に不機嫌そうな顔付きになった。
ハーマイオニーもだ。

間に挟まれた名前は首を傾げる。





「やぁグレンジャー。さっきぶりだね。
君の『お節介』にナマエを巻き込むつもりかい?」



「悪いけどナマエは喜んでくれると思うぜ。
君と違ってね。」



「あら、それはどうかしらね。
喜ぶかどうか、話してごらんなさい。どうぞご自由に。」



「ああ、君に言われなくともそうするさ。」





三人の話す口調は刺々しい。
名前は三人を交互に見遣り、また首を傾げる。

ハーマイオニーはハリーとロンを睨んだ後、名前に笑いかけてから本を抱えて去っていった。
直後ハリーとロンが笑顔で近寄ってくる。





「ナマエ、また医務室?朝御飯の時大広間で見なかったけど。
まだ完治しないの?」



『…大丈夫。』



「そっか。よかったね。安心したよ。」



『………ありがとう。
…何かあったのか。』



「え?」



『いつもより機嫌が良さそうだ。』





指摘されたハリーはロンと互いの顔を見合わせて、そのあとすぐに嬉しそうな笑顔に変わった。

ハリー宛てにニンバス2000というすごい箒がマクゴナガルから送られてきたらしい。

名前はロンの勢いのよい説明に、ただ頷く。

図書館を出てしばらく、二人はハーマイオニーのことで愚痴を言い始める。
名前は、二人の話に耳を傾ける。





『…、…心配してるんじゃないか。』



「まさか!校則破ってシーカーになった僕が気に入らないだけさ。」



「そうだよ。あいつ退学が何より最悪だと思ってるからな。」



「ナマエは僕が校則破ってシーカーになったこと、どう思う?ハーマイオニーみたいに怒るかい?」



『………いや、別に。…でも…』



「でも、何だい?」



『…………………

よかった、と思う。…』





ハリーとロンは満足気に、嬉しそうに笑った。
名前は二人の笑顔を横目に歩く。

今夜練習を見に来ないかと誘う二人に、名前は断る。
二人はさして気分を害する様子もなく、また今度と言ってくれて、お誘いの話はそこで終わった。

話は代わる代わる移り変わり、名前は楽しそうに喋るハリーとロンの話に、ただ耳を傾ける。















夕刻、名前は地下牢に繋がる長い螺旋階段を下りていた。
日が射し込むことはないここは当然肌寒く、一段一段下りる度に温度が下がっているように感じた。
冷気が体温を奪う。
指先が冷たい。

やっと教室に着いた頃には、名前の指先に感覚はなかった。

その手を握り締めて戸を叩く。





『…ミョウジです。』



「入れ。」





軋むドアをゆっくり開ける。
そして静静とスネイプに歩み寄る。

スネイプは薬物らしきものが入った小瓶を見ていた。
じっくり吟味した後何かを紙に書き留め、小瓶を木箱に戻す。
そしてまた別の小瓶を取り出す。





「いつも通りだ。」



『…分かりました。』





名前は徐に掃除道具の入っている薄汚れたロッカーまで行くと、箒や塵取りを取り出し、黙々と掃除をしはじめた。

『いつも通り』とは、掃除の事だったのだ。

物静かなこの教室では、たまに瓶と瓶とが擦れる音や、箒が床を掃く音しかしなかった。

名前は手は休めないままに、ちらりと横目でスネイプを見る。
そして、微かに首を傾げる。





『、…………』





指先に痛みが走った。

スネイプから視線を外し、机を拭く手を止め、雑巾を握っていた方の掌―――指先を見る。

が、何も変わった様子はない。
朝方、本の紙で切った傷痕があるだけで、それも開いた様子はない。
次に机を見るが、小さな水溜まりがある以外、何もない。
首を傾げる。

ぼんやりと、名前は指先を見つめた。

そしてまた、かくんと首を傾げた。





『…………』





ふと視線を感じた名前が顔を上げると、ばっちりスネイプと目が合った。

怪訝そうな顔をしている。
眉間にできた皺の溝が深い。
名前はその溝の深さにピキンと固まった。

スネイプは突然立ち上がると黒いマントを翻し、さっとこちらに寄ってくる。

名前は見つめていた手を下ろして、指先を握りこむと、すっと視線を斜め下にやった。





「どうした。」



『…何も、。』





名前は目の前に立つスネイプの顔を見ない。
机の角のささくれ立った部分を見ている。

スネイプはぎゅっと眉根を寄せて、一層溝を深くした。





「指先を見せたまえ。さっきお前が見つめていた指だ。」



『………何も、ないです。』



「黙って指を見せたまえ。」





スネイプの口調は苛々としていた。
ずいと差し出された掌に無言の催促をされる。
名前はじっと差し出された掌を見つめた後、自分の手を置いた。

スネイプは名前の指先を見て、右の眉と左の眉がくっついてしまいそうなくらい寄せる。





「…来たまえ。解毒が必要だ。」



『…解毒、』
首を傾げる。



「痛むことは君自身がよくわかっているだろう。
早く来たまえ。
死にたいのなら別だが、我輩の教室で死なれては迷惑だ。」



『………死ぬ、…』





スネイプはそれ以上何も言わず、くるりと背を名前に向けて、ただ黙然と奥の部屋へ歩いていった。
名前は親鳥について歩く雛さながら、スネイプの背中を追う。

忌々しそうに舌打ちを一つ。
スネイプが呟く。





「単体では毒にしかならぬ液体だが、調合することで強力な殺菌剤となる。
液体の名を知りたいかね。」



『………』



「…それどころではなさそうですな。」





きしきしと木製のドアが音を立てて開く。
仄暗い部屋が広がる。まるでお化け屋敷のようだ。

動物のアルコール浸けや、難しそうな書物が並ぶ背の高い本棚、調合されたたくさんの薬と、そのための道具。

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