11.-3
『…』
そこまで見た名前は視線を前に戻す。
食事よりもシャワーが優先らしい。
まあ、私服の彼ら―――
中には正装した者もいるが―――
そんな輪の中にスウェットスーツ姿でのこのこ入り込むのは忍びない。
場違いにも程がある。
『…』
大広間の会話が止まっている。
気付いた名前はチラリともう一度、大広間の方を見た。
これがいけなかった。
いつからだろうか。
皆の視線が大広間の扉へ集中していた。
通りがかっただけの名前はその視線を受けて、ちょっとぎょっとしたように後ずさる。
気付かなかったふりをしたいのか、何気なく視線をそらした。
「おお。ナマエ、こちらへ!」
逃れられなかった。
「Mr.ミョウジ、お座りなさい。
シビル、人数は十四人になりました。これで気兼ねなく昼食を摂れますね?」
マクゴナガルは何故か何となく勝ち誇ったような雰囲気である。
トレローニーはちょっと腑に落ちないらしい。
それでも、スネイプとマクゴナガルの間に設けられた空席に腰掛けた。
「シビル、臓物スープはいかが?」
手近のスープ鍋に匙を突っ込み、マクゴナガルが勧める。
しかしトレローニーは返事をせず、周りを見回していた。
「あら、ルーピン先生はどうなさいましたの?」
「気の毒に、先生はまたご病気での。
ナマエ、さあ、お座り。キジのローストはいかがかな?」
『ありがとうございます。いただきます。…』
手招きをされ、名前はハーマイオニーの隣の椅子に腰掛ける。
目の前の席にはスプラウトがいる。
それはいい。
斜め左前にはスネイプがいる。
こちらは威圧感たっぷりだ。
「クリスマスにこんな事が起こるとは、全く不幸な事じゃ。」
「でも、シビル、あなたはとうにそれをご存知だったはずね?」
「勿論、存じてましたわ。ミネルバ。」
マクゴナガルとトレローニーの二人は、声音と表情は落ち着いている。
しかし、言葉の端々に散りばめられた刺々しさはどうにも出来なかった。
「でも、『すべてを悟れる者』であることを、ひけらかしたりはしないものですわ。
あたくし、『内なる眼』を持っていないかのように振る舞う事が度々ありますのよ。他の方達を怖がらせてはなりませんもの。」
「それで全てが良く分かりましたわ!」
「ミネルバ、どうしてもと仰るなら、あたくしの見るところ、ルーピン先生はお気の毒に、もう長いことはありません。
あの方自身も先が短いとお気付きのようです。あたくしが水晶玉で占って差し上げると申しましたら、まるで逃げるようになさいましたの―――」
「そうでしょうとも。」
「いや、まさか―――」
ダンブルドアが少し大きな声を出した。
ヒートアップしていく二人の会話を止める効果はあったようだ。
「―――ルーピン先生はそんな危険な状態ではあるまい。
セブルス、ルーピン先生にまた薬を造って差し上げたのじゃろう?」
「はい、校長。」
「結構。それならば、ルーピン先生はすぐに良くなって出ていらっしゃるじゃろう……。
デレク、チポラータ・ソーセージは食べてみたかね?美味しいよ。」
このクリスマス・ディナーは二時間続いた。
正にご馳走と呼べる様々な料理が次から次へと現れた。
ゆっくりと時間をかけて食事を終えた名前は、一言挨拶を述べると立ち上がる。
「ミョウジ、もういいのですか?」
『はい。』
それに驚いたのはマクゴナガルである。
目を見開いたマクゴナガルが、無表情に立つ名前を見上げた。
「マクゴナガル先生、ナマエはいつもこうです。」
「まあ。それは本当ですか?Ms.グレンジャー。」
「はい。」
非難されたような声音である。
というか、マクゴナガルの視線は明らかに何かを訴えている。
目の前に座るスプラウトも、その隣に座るフリットウィックも―――名前は視線から逃れるように、チラリと辺りを見渡すが、この場にいる全員が―――
(スネイプさえも)―――
何だか意味ありげな視線を送ってきていた。
『……。』
逃れるようにして、大広間から出ていった。
談話室に着いた名前は、安堵したのも束の間。
ベッドの上にプレゼントの山が出来ているではないか。
乗り切らなくて、床にも置いてある。
『…』
目の前にして、名前は放心したように固まる。
そしてハリーのベッドに横たわる、真新しい、いかにも高級感のある箒を目にし、又もや硬直した。
『…』
やがて動き始めると、一つ一つプレゼントを開封した。
山積みになっている殆どが知らない相手からなので、名前はここでも動きを止めて頭を悩ませる。
毎年の事だが、ウィーズリー家からはセーターが届いていた。
今年は紅葉のような濃い赤色だ。
やはり若干サイズが大きい。
プレゼントを開封し終わると、名前は勉強道具を取り出す。
その時、寝室の扉が開かれた。
ハリーだった。
『ハリー、その箒…
ファイアボルトか。』
「そう。送られてきたんだ。」
ハリーはトランクから「箒磨きセット」を取り出しながら答えた。
「カードも何も無かったから、誰がくれたのか分からないんだけど…」
『綺麗な箒だ。』
「うん、とても…ねえ、ナマエ。
ファイアボルトの手入れをするために談話室に下りるけど、君も来ない?」
『…』
「休みで皆帰ってるから、談話室は僕とロン以外いないよ。だから、テーブルは広く使えるし…」
言いながら、ハリーはチラリと名前を見た。
近頃、名前は寝室か図書館で勉強ばかりしている。
元々少なかったハリーやロンとの他愛ないお喋りは、無いといってもいいぐらいだ。
せめて同じ空間にいたいのかもしれない。
『…そうする。』
勉強道具を持ち上げた名前は、箒と「箒磨きセット」を手にしたハリーと共に、談話室へ下り立った。
名前はテーブルに勉強道具を広げ、黙々と宿題をこなす。
ハリーとロンは、磨く必要のないピカピカの箒を見つめ、恋をしたように恍惚としていた。
すると、そこへハーマイオニーがやって来た。
その背後にはマクゴナガルが立っている。
寮監であるマクゴナガルが談話室に来ることは滅多に無い。
あるとすれば、深刻な知らせを発表する時くらいだ。
『………』
ハーマイオニーはハリーとロンを避けるように歩き、何も言わずに名前の前に座った。
手近な本を拾い上げ開くと、読むようにしながら顔を隠している。
しかし、本は逆さまである。
「これが、そうなのですね?」
そこまでハーマイオニーを見つめていた名前は、再びマクゴナガルを見た。
マクゴナガルはファイアボルトを見つめている。
「Ms.グレンジャーがたった今、知らせてくれました。
ポッター、あなたに箒が送られてきたそうですね。」
弾かれたようにハリーとロンはハーマイオニーを見た。
本の上から額だけが見える。
たちまち真っ赤になった。
「ちょっと、よろしいですか?」
マクゴナガルはハリーが何か言う前に、その手からファイアボルトを取り上げる。
「フーム。それで、ポッター、何のメモも付いていなかったのですね?カードは?
何か伝言とか、そういうものは?」
「いいえ。」
「そうですか……」
マクゴナガルはファイアボルトを見つめながら、深刻そうにしている。
持ち主のハリーといえば、何が何やら分からず、成り行きを待つばかりであった。
「さて、ポッター、これを預からせてもらいますよ。」
「な―――何ですって?」
驚いて立ち上がったのはハリーだけではなかった。
隣に座っていたロンも立ち上がっている。
「どうして?」
「呪いがかけられているかどうか調べる必要があります。
勿論、私は詳しくありませんが、マダム・フーチやフリットウィック先生がこれを分解して―――」
「分解?」
ロンが素っ頓狂な声で返す。
「数週間もかからないでしょう、何の呪いもかけられていないと判明すれば返します。」
「この箒はどこも変じゃありません!
先生、本当です―――」
「ポッター、それは分かりませんよ。
飛んでみないと分からない事でしょう。
兎に角、この箒が変にいじられていないという事がはっきりするまでは、これで飛ぶ事など論外です。
今後の成り行きについてはちゃんと知らせます。」
あれよあれよという間に、マクゴナガルはファイアボルトを持って談話室から出ていった。
ハリーとロンは、その背中を呆然と見送っている。
談話室は静まり返り、ただ暖炉の火だけがパチパチと音を立てて燃えている。
我に返ったロンが、ハーマイオニーを睨み付けた。
「一体何の恨みで、マクゴナガルに言い付けたんだ?」
ハーマイオニーは本を叩き付けるように投げ捨てた。
(目の前にいた名前は、その衝撃に後退りした)
頬の赤みは引いていない。
けれど勢い良く立ち上がり、こちらも睨み付ける。
「私に考えがあったからよ―――
マクゴナガル先生も私と同じ御意見だった―――
その箒は多分シリウス・ブラックからハリーに送られたものだわ!」
勿論、ハリーを思っての行動である。
恨みなどでは決してない。
しかし、ハーマイオニーの善かれと思ってのこの行動が、友人関係の亀裂となる。
そうなるだろう事が、ハリーとロンの表情から察するに容易であった。
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