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「手一杯でおいでなさる。
吸魂鬼の奴らが城の中さ入らんようにしとくとか、シリウス・ブラックがウロウロとか―――」
そこで、ロンとハーマイオニーはハリーを見た。
ハリーは元々、ハグリッドが何故シリウス・ブラックの事を黙っていたのか聞くためにここにやって来たのだ。
シリウス・ブラックの名前が出た今、ハリーは再度その理由を思い出し、打ちひしがれるハグリッドを責め立てると思ったらしい。
「ねえ、ハグリッド。
諦めちゃダメだ。ハーマイオニーの言う通りだよ。ちゃんと弁護が必要なだけだ。僕達を証人に呼んでいいよ―――」
「私、ヒッポグリフいじめ事件について読んだ事があるわ。
確か、ヒッポグリフは釈放されたっけ。探してあげる、ハグリッド。
正確に何が起こったのか、調べるわ。」
しかし、ハリーは責め立てることはしなかった。
勇気づけるように優しい声を掛けたのだ。
ハーマイオニーもそれに続き、何とかハグリッドを安心させようとしている。
ハグリッドの泣き声は酷くなるばかりであった。
ハリーとハーマイオニーは、ロンと名前を見た。
どうにかせよという無言の圧力である。
「アー―――お茶でも入れようか?
誰か気が動転してる時、ママはいつもそうするんだ。」
困ったのは名前である。
話し下手な名前が、勇気づけるような優しい声を掛けるなど、出来るわけがない。
行動で何かしら示すしかなかった。
ロンがお茶を出すまでの間。
ハリーとハーマイオニーがひたすら元気づけている側で、
テーブルに突っ伏し、呼吸もままならないほどにしゃくり上げるハグリッドの大きな背中を、名前はただ撫で続けた。
「お前さん達の言う通りだ。
ここで俺がボロボロになっちゃいられねえ。
しゃんとせにゃ……」
温かいお茶を飲み、漸くハグリッドは落ち着いた。
すると、テーブルの下からおずおずとファングが現れた。
涙に濡れたハグリッドの顔を上目遣いに窺うように見てから、膝に頭を載せた。
「この頃俺はどうかしとった。」
ファングの頭を撫で、涙を拭いながら、疲れた掠れ声で言った。
「バックビークが心配だし、だーれも俺の授業を好かんし―――」
「皆、とっても好きよ!」
「ウン、すごい授業だよ!」
明らかに嘘と分かる台詞である。
その証拠に、目が泳いでいる。
「あ―――レタス食い虫は元気?」
「死んだ。
レタスのやり過ぎだ。」
「ああ、そんな!」
ロンの口角が上がっている。
ハグリッドはそれどころではない心境らしく、幸い気付かれはしなかった。
「それに、吸魂鬼の奴らだ。
連中は俺をとことん落ち込ませる。
『三本の箒』に飲みに行くたんび、連中の側を通らにゃなんねえ。
アズカバンさ戻されちまったような気分になる―――」
言葉を切ると、ハグリッドはお茶を飲んだ。
何かを思うように黙り込んでいる。
ハグリッドは短い間アズカバンに入れられたが、少なくとも名前は、アズカバンでの話を聞いたことはない。
それはハリー達三人も同じらしい。
先を待つようにハグリッドを見つめている。
「ハグリッド、恐ろしいところなの?」
「想像もつかんだろう。」
遠慮がちにハーマイオニーが尋ねると、ハグリッドは口を開き、
ぽつりぽつりと低い声で話を続けた。
「あんなとこは行った事がねえ。気が狂うかと思ったぞ。酷い思い出ばっかしが思い浮かぶんだ……
ホグワーツを退校になった日……
親父が死んだ日……
ノーバートが行っちまった日……」
ハグリッドの目は再び涙の膜に覆われた。
溢れ、零れ落ちていく。
「暫くすっと、自分が誰だか、もう分からねえ。そんで、生きててもしょうがねえって気になる。
寝てる内に死んでしまいてえって、俺はそう願ったもんだ……
釈放されたときゃ、もう一度生まれたような気分だった。
色んな事が一度にドォッと戻ってきてな。こんないい気分はねえぞ。
そりゃあ、吸魂鬼の奴ら、俺を釈放するのは渋ったもんだ。」
「だけど、あなたは無実だったのよ!」
「連中の知った事か?そんなこたぁ、どーでもええ。
二、三百人もあそこにぶち込まれていりゃ、連中はそれでええ。
そいつらにしゃぶりついて、幸福ちゅうもんを全部吸い出してさえいりゃ、
誰が有罪で、誰が無罪かなんて、連中はどっちでもええ。」
そこまで話し終えると、ハグリッドはまた黙り込んだ。
それから再度口を開いた時、そこから出される声は絞り出すように掠れていた。
「バックビークをこのまんま逃がそうと思った……
遠くに飛んでいけばええと思った……
だけんどどうやってヒッポグリフに言い聞かせりゃええ?どっかに隠れていろって……
ほんで―――
法律を破るのが俺は怖い……」
マグカップを見つめていたハグリッドは顔を上げて、ただ黙って話を聞く名前達四人を見た。
真っ赤に充血した目から涙が流れ、ハグリッドのモジャモジャした髭を濡らしていく。
「俺は二度とアズカバンに戻りたくねえ。」
ハグリッドの話を聞いた翌日。
名前達は「危険生物処理委員会」でハグリッドが勝つ手助けをする為に動き始めた。
図書館から役立ちそうな本を借りると、談話室に戻り、
暖炉の前にどっかり腰を落ち着けると、ひたすら本を読み漁った。
「これはどうかな……一七二二年の事件……あ、ヒッポグリフは有罪だった―――
ウワー、それで連中がどうしたか、気持ち悪いよ―――」
「これはいけるかもしれないわ。えーと―――
一二九六年、マンティコア、ほら頭は人間、胴はライオン、尾はサソリのあれ、
これが誰かを傷付けたけど、マンティコアは放免になった―――
あ―――ダメ。
何故放たれたかというと、皆怖がって側に寄れなかったんですって……。」
時々言葉を交わしては再び黙読し、作業は続く。
お開きになったのは、就寝時間になってからだった。
『…』
いつも通りの時間に起きた名前は、いつも通りトレーニングを行う。
それが休暇中の、それもクリスマスの朝だとしてもだ。
外はまだ夜と見紛う程に暗く、静けさに満ちていた。
『…おはよう。』
「禁じられた森」に近付けば、気配を察したのか。
草むらを掻き分けて、黒い犬が現れた。
小さく一声、返事をするかのように鳴く。
それから毛皮に積もった雪を、ぶるりと体を震わせ落とした。
『…寒くないの。』
じっと無抵抗に名前を見つめる黒い犬。
足を持ち上げて肉球に触れてみれば、雪と同じくらいに冷えていた。
地面を駆け回る足だ。
肉球は硬くひび割れている。
『…一緒に走ろうか。』
ニギニギと触れていた手を止めて、名前は何の脈絡も無しに突然そう言った。
犬はやはり、言葉を理解しているかのように一声鳴くのだ。
『…』
犬と共に、半ば遊ぶように―――名前はゆっくりとトレーニングを行った。
日が上り、空が白み、それでも雪は降り続けている。
暫くすると、犬は踵を返し森に帰った。
腕時計を見ると、昼食の時間を少し過ぎた頃だった。
犬は昼食を探しに森へ戻ったのかもしれない。
『…』
その姿を見送った名前は、自身も城の方へと戻ることを選んだ。
階段を上がり、角を曲がり。
石畳の廊下を歩いている。
すると、会話が聞こえてきた。
ここは大広間の前の廊下だ。
大広間からの会話が廊下に漏れて、離れた名前の場所までにも聞こえてきているのだろう。
「あたくしも驚きましたわ。
一人で昼食を摂るという、いつものあたくしを棄て、皆様とご一緒する姿が見えましたの。
運命があたくしを促しているのを拒む事が出来まして?
あたくし、取り急ぎ塔を離れましたのでございますが、遅れまして、ごめんあそばせ……」
「それは、それは。
椅子をご用意いたさねばのう―――」
そう、昼食の時間だ。
大広間ではこの学校に残った僅かな人数で、クリスマス・ディナーと洒落込んでいるらしい。
声の主は「占い学」のシビル・トレローニーと、ダンブルドアだろう。
「校長先生、あたくし、とても座れませんわ!
あたくしがテーブルに着けば、十三人になってしまいます!
こんな不吉な数はありませんわ!
お忘れになってはいけません。十三人が食事を共にする時、最初に席を立つ者が最初に死ぬのですわ!」
「シビル、その危険を冒しましょう。」
マクゴナガルの声だ。
大広間に近付くにつれて、明確になっていく声の調子からして。
マクゴナガルの声は明らかに苛立っている。
大広間の扉の前まで辿り着いた名前は、歩みを止めないままチラリと大広間を覗いた。
中央に一つだけテーブルが置いてあり、各寮のテーブルは壁に立て掛けられている。
ただ一つのテーブルには先生も生徒も着席していて、一緒になって食事をしていた。
トレローニーがそのテーブルを前にして、何やら立ち竦んでいるらしい。
「構わずお座りなさい。
七面鳥が冷えきってしまいますよ。」
マクゴナガルは立ち竦むトレローニーを見上げ、尚も苛立った様子でそう言った。
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