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「それでもジェームズ・ポッターはブラックを使うと主張したんですの?」

「そうだ。」

ファッジは低い声で続けた。

「そして、『忠誠の術』をかけてから一週間も経たない内に―――」

「ブラックが二人を裏切った?」

「まさにそうだ。
ブラックは二重のスパイの役目に疲れて、『例のあの人』への支持を大っぴらに宣言しようとしていた。
ポッター夫妻の死に合わせて宣言する計画だったらしい。
ところが、知っての通り、『例のあの人』は幼いハリーのために凋落した。
力も失せ、酷く弱体化し、逃げ去った。
残されたブラックにしてみれば、全く嫌な立場に立たされてしまったわけだ。
自分が裏切り者だと旗幟鮮明にした途端、自分の旗頭が倒れてしまったんだ。
逃げる他無かった―――」

「クソッタレの阿呆んだらの裏切り者め!」

ハグリッドの罵声に、店内にいた客は静かになった。

「しーっ!」
マクゴナガルだ。

「俺はヤツに出会ったんだ。」
ハグリッドは悔しそうに言った。
「ヤツに最後に出会ったのは俺に違ぇねぇ。
その後でヤツはあんなに皆を殺した!
ジェームズとリリーが殺されっちまった時、あの家からハリーを助け出したのは俺だ!
崩れた家からすぐにハリーを連れ出した。

可哀想なちっちゃなハリー。
額におっきな傷を受けて、両親は死んじまって……

そんで、シリウス・ブラックが現れた。
いつもの空飛ぶオートバイに乗って。
あそこに何の用で来たんだか、俺には思いも付かんかった。
ヤツがリリーとジェームズの『秘密の守人』だとは知らんかった。
『例のあの人』の襲撃の知らせを聞き付けて、何か出来る事はねえかと駆け付けてきたんだと思った。
ヤツめ、真っ青になって震えとったわ。
そんで、俺が何したかと思うか?

俺は殺人者の裏切り者を慰めたんだ!」

「ハグリッド!お願いだから声を低くして!」

マクゴナガルが言った。
ハグリッドは先程より少し声を小さくして、それでも気持ちを抑えられないように、話を続けた。

「ヤツがジェームズとリリーが死んで取り乱してたんではねえんだと、俺に分かるはずがあっか?
ヤツが気にしてたんは『例のあの人』だったんだ!
ほんでもってヤツが言うには
『ハグリッド、ハリーを僕に渡してくれ。僕が名付け親だ。僕が育てる―――』ヘン!
俺にはダンブルドアからのお言いつけがあったわ。
そんで、ブラックに言ってやった。
『ダメだ。ダンブルドアがハリーはおばさんとおじさんのところに行くんだって言いなさった』
ブラックはゴチャゴチャ言うとったが、結局諦めた。
ハリーを届けるのに自分のオートバイを使えって、俺にそう言った。
『僕にはもう必要がないだろう』
そう言ったな。

何かおかしいって、そん時気付くべきだった。
ヤツはあのオートバイが気に入っとった。
何でそれを俺にくれる?
もう必要がないだろうって、何故だ?
つまり、あれは目立ちすぎるわけだ。
ダンブルドアはヤツがポッターの『秘密の守人』だって事を知ってなさる。
ブラックはあの晩の内にトンズラしなきゃなんねえって分かってた。
魔法省が追っ掛けてくるのも時間の問題だってヤツは知ってた。

もし、俺がハリーをヤツに渡してたらどうなってた?えっ?海のど真ん中辺りまで飛んだところで、ハリーをバイクから放り出したに違ぇねぇ。
無二の親友の息子をだ!

闇の陣営に組した魔法使いにとっちゃ、誰だろうが、何だろうが、もう関係ねえんだ……」

ハグリッドの話の後、長い沈黙が続いた。
それから、マダム・ロスメルタが口を開いた。

「でも、逃げ遂せなかったわね?魔法省が次の日に追い詰めたわ!」

「あぁ、魔法省だったら良かったのだが!」

ファッジが悔しそうに言った。

「ヤツを見つけたのは我々ではなく、チビのピーター・ペティグリューだった―――
ポッター夫妻の友人の一人だが。悲しみで頭がおかしくなったのだろう。多分な。
ブラックがポッターの『秘密の守人』だと知っていたペティグリューは、自らブラックを追った。」

「ペティグリュー……
ホグワーツにいた頃はいつも二人の後にくっついていた
あの肥った小さな男の子かしら?」

「ブラックとポッターの事を英雄のように崇めていた子だった。」

マクゴナガルが言った。

「能力から言って、あの二人の仲間にはなり得なかった子です。
私、あの子には時に厳しくあたりましたわ。
私が今どんなにそれを―――
どんなに悔いているか……」

「さあ、さあ、ミネルバ。」

マクゴナガルは急に鼻声になった。
ファッジが優しく声を掛けている。

「ペティグリューは英雄として死んだ。目撃者の証言では―――
勿論このマグル達の記憶は後で消しておいたがね―――
ペティグリューはブラックを追い詰めた。泣きながら
『リリーとジェームズが。シリウス!よくもそんな事を!』
と言っていたそうだ。それから杖を取り出そうとした。
まあ、勿論、ブラックの方が速かった。
ペティグリューは木端微塵に吹っ飛ばされてしまった……」

マクゴナガルは鼻をかみ、潤んだ声で言った。

「バカな子……間抜けな子……どうしようもなく決闘が下手な子でしたわ……
魔法省に任せるべきでした……」

「俺なら、俺がペティグリューのチビより先にブラックと対決してたら、杖なんかモタモタ出さねえぞ―――
ヤツを引っこ抜いて―――
バラバラに―――
八つ裂きに―――」

「ハグリッド、バカを言うもんじゃない。」

ファッジが厳しく言った。

「魔法警察部隊から派遣される訓練された『特殊部隊』以外は、追い詰められたブラックに太刀打ちできる者はいなかったろう。
私はその時、魔法惨事部の次官だったが、ブラックがあれだけの人間を殺した後に現場に到着した第一陣の一人だった。
私は、あの―――あの光景が忘れられない。今でも時々夢に見る。
道の真ん中に深く抉れたクレーター。
そのそこの方で下水管に亀裂が入っていた。
死体が累々。
マグル達は悲鳴をあげていた。
そして、ブラックがそこに仁王立ちになり笑っていた。
その前にペティグリューの残骸が……
血だらけのローブと僅かの……
僅かの肉片が―――」

ファッジの声が途切れたかと思うと、鼻をかむ音が五人分聞こえてきた。

「さて、そういう事なんだよ、ロスメルタ。」

ファッジは掠れた低い声で言った。

「ブラックは魔法警察部隊が二十人がかりで連行し、ペティグリューは勲一等マーリン勲章を授与された。
哀れなお母上にとってはこれが少しは慰めになった事だろう。
ブラックはそれ以来ずっとアズカバンに収監されていた。」

「大臣、ブラックは狂ってるというのは本当ですの?」

「そう言いたいがね。」

ファッジはゆっくり続けた。

「『ご主人様』が敗北した事で、確かに暫くは正気を失っていたと思うね。
ペティグリューやあれだけのマグルを殺したというのは、追い詰められて自暴自棄になった男の仕業だ―――
残忍で……何の意味もない。
しかしだ、先日私がアズカバンの見回りに行った時ブラックに会ったんだが、
何しろ、あそこの囚人は大方皆暗い中に座り込んで、ブツブツ独り言を言っているし、正気じゃない……
ところが、ブラックがあまりに正常なので私はショックを受けた。
私に対して全く筋の通った話し方をするんで、何だか意表を突かれた気がした。
ブラックは単に退屈しているだけなように見えたね―――
私に、新聞を読み終わったならくれないかと言った、
洒落てるじゃないか、クロスワードパズルが懐かしいからと言うんだよ。
ああ、大いに驚きましたとも。
吸魂鬼が殆どブラックに影響を与えていない事にね―――
しかもブラックはあそこで最も厳しく監視されている囚人の一人だったのでね、そう、
吸魂鬼が昼も夜もブラックの独房のすぐ外にいたんだ。」

「だけど、何のために脱獄したかとお考えですの?
まさか、大臣、ブラックは『例のあの人』とまた組むつもりでは?」

「それが、ブラックの―――
アー―――
最終的な企てだと言えるだろう。」

ファッジは言葉を濁した。

「しかし、我々は程無くブラックを逮捕するだろう。
『例のあの人』が孤立無援ならそれはそれでよし……
しかし彼のもっとも忠実な家来が戻ったとなると、どんなにあっという間に彼が復活するか、考えただけでも身の毛がよだつ……」

カチャ。
グラスを置く音がした。

「さあ、コーネリウス。校長と食事なさるおつもりなら、城に戻った方がいいでしょう。」





マクゴナガルのその一言が発端となり、その場はお開きになったらしい。
一人、また一人と立ち上がり、先生方は「三本の箒」を後にした。





「ハリー?」





恐る恐る名前を呼びながら、ロンとハーマイオニーがテーブルの下を覗き込んだ。

ハリーは俯き、黙っている。
ロンとハーマイオニーも、何も言わないまま、ハリーを見つめている。
名前は沈黙する三人を見つめ、相変わらず無表情である。

賑やかな酒場に、それは不似合いな光景だっただろう。

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