10.-2
「まずいぞ。」
名前の行動に不思議がるのは、いきなりマントを被せられたハリー当人だけではない。
つられて眺めたロンとハーマイオニーが、それを見たと同時にハリーの頭に手を置いて、テーブルの下に押し込んだ。
ハリーはイリュージョンのように椅子から消えた。
恐らく並々注がれたバタービールは今の衝撃で溢れてしまっただろうが、そんな事はどうでもいい。
入口から現れたのは、マクゴナガル、フリットウィック、ハグリッド、コーネリウス・ファッジだった。
こちらに近付いてくる。
「モビリアーブス、木よ動け!」
ハーマイオニーが唱えると、側にあったクリスマス・ツリーが十数センチほど浮き上がり、ハリー達のテーブルの前まで移動し、真ん前に着地した。
先生方からは、名前達の姿は見えないだろう。
逆に言ってしまえば、こちらからも先生方の姿は見えない。
椅子の引かれる音がする。
先生方は着席したようだ。
マダム・ロスメルタが盆に注文された品を持って、先生方のテーブル近付いていく。
「ギリーウォーターのシングルです―――」
「私です。」
マクゴナガルの声だ。
「ホット蜂蜜酒、四ジョッキ分―――」
「ほい、ロスメルタ。」
ハグリッドの声だ。
「アイスさくらんぼシロップソーダ、唐傘飾りつき―――」
「ムムム!」
フリットウィックの声だ。
「それじゃ、大臣は赤い実のラム酒ですね?」
「ありがとうよ、ロスメルタのママさん。」
ファッジの声だ。
「君にまた会えてほんとに嬉しいよ。君も一杯やってくれ……
こっちに来て一緒に飲まないか?」
「まあ、大臣、光栄ですわ。」
ロスメルタは先生方のテーブルから離れるとカウンターの方へ向かい、
自身も何か飲み物を持って、再びテーブルに戻っていった。
「それで、大臣、どうしてこんな片田舎にお出ましになりましたの?」
「他でもない、シリウス・ブラックの件でね。
ハロウィーンの日に、学校で何が起こったかは、薄々聞いているんだろうね?」
「噂は確かに耳にしてますわ。」
「ハグリッド、あなたはパブ中に触れ回ったのですか?」
マクゴナガルが怒ったように言う。
「大臣、ブラックがまだこの辺りにいるとお考えですの?」
「間違いない。」
「吸魂鬼が私のパブの中を二度も探し回っていった事をご存じかしら?」
マダム・ロスメルタの声には刺々しさがあった。
「お客様が怖がって皆出ていってしまいましたわ。……
大臣、商売上がったりですのよ。」
「ロスメルタのママさん。
私だって君と同じで、連中が好きなわけじゃない。」
ファッジはきまりが悪そうな声で返した。
「用心に越した事はないんでね……
残念だが仕方がない……
つい先程連中に会った。ダンブルドアに対して猛烈に怒っていてね―――
ダンブルドアが城の校内に連中を入れないんだ。」
「そうすべきですわ。」
マクゴナガルがきっぱりと言う。
「あんな恐ろしいものに周りをうろうろされては、私達教育が出来ませんでしょう?」
「全くもってその通り!」
「にも関わらずだ。」
フリットウィックが同意すると、直ぐ様ファッジが言い返した。
「連中よりもっと質の悪いものから我々を守るために連中がここにいるんだ……
知っての通り、ブラックの力をもってすれば……」
「でもねえ、私にはまだ信じられないですわ。」
マダム・ロスメルタが考え深げに言う。
「どんな人が闇の側に荷担しようと、シリウス・ブラックだけはそうならないと、私は思ってました……
あの人がまだホグワーツの学生だった時の事を覚えてますわ。
もしあの頃に誰かがブラックがこんな風になるなんて言ってたら、私きっと、『あなた蜂蜜酒の飲み過ぎよ』って言ったと思いますわ。」
「君は話の半分しか知らないんだよ、ロスメルタ。」
ファッジがぶっきらぼうに言う。
「ブラックの最悪の仕業はあまり知られていない。」
「最悪の?」
マダム・ロスメルタの声は好奇心に溢れていた。
「あんなに沢山の可哀想な人達を殺した、
それより悪い事だって仰るんですか?」
「まさにその通り。」
「信じられませんわ。あれより悪い事って何でしょう?」
「ブラックのホグワーツ時代を覚えていると言いましたね、ロスメルタ。」
マクゴナガルは小さな声で切り出した。
「あの人の一番の親友が誰だったか、覚えていますか?」
「えーえー。」
マダム・ロスメルタはちょっと笑った。
「いつでも一緒、影と形のようだったでしょ?ここにはしょっちゅう来てましたわ。
―――ああ、あの二人にはよく笑わされました。まるで漫才だったわ、
シリウス・ブラックとジェームズ・ポッター!」
机の下でジョッキが落ちる音がした。
おそらくハリーだろう。
ロンが焦った顔で机の下を蹴った。
「その通りです。」
マクゴナガルだ。
「ブラックとポッターは悪戯っ子達の首謀者。
もちろん、二人とも非常に賢い子でした―――
全くずば抜けて賢かった―――
しかしあんなに手を焼かされた二人組は無かったですね―――」
「そりゃ、わかんねえですぞ。」
ハグリッドはくつくつと笑った。
「フレッドとジョージ・ウィーズリーにかかっちゃ、互角の勝負かもしれねえ。」
「皆、ブラックとポッターは兄弟じゃないかと思っただろうね!」
フリットウィックの声だ。
「一心同体!」
「全くそうだった!」
ファッジだ。
「ポッターは誰よりブラックを信用した。
卒業しても変わらなかった。
ブラックはジェームズがリリーと結婚した時新郎の付き添い役を務めた。
二人はブラックをハリーの名付け親にした。
ハリーは勿論全く知らないがね。
こんな事を知ったらハリーがどんなに辛い思いをするか。」
「ブラックの正体が『例のあの人』の一味だったからですの?」
「もっと悪いね……」
ファッジは低くした声を更に落として、話を続けた。
「ポッター夫妻は、自分達が『例のあの人』に付け狙われていると知っていた。
ダンブルドアは『例のあの人』と緩み無く戦っていたから、数多くの役に立つスパイを放っていた。
そのスパイの一人から情報を聞き出し、ダンブルドアはジェームズとリリーにすぐに危機を知らせた。
二人に身を隠すよう勧めた。
だが、勿論『例のあの人』から身を隠すのは容易な事ではない。
ダンブルドアは『忠誠の術』が一番助かる可能性があると二人にそう言ったのだ。」
「どんな術ですの?」
「恐ろしく複雑な術ですよ。」
フリットウィックは咳払いし、甲高い声で言った。
「一人の、生きた人の中に秘密を魔法で封じ込める。
選ばれた者は『秘密の守人』として情報を自分の中に隠す。
斯くして情報を見つける事は不可能となる―――『秘密の守人』が暴露しない限りはね。
『秘密の守人』が口を割らない限り、『例のあの人』がリリーとジェームズの隠れている村を何年探そうが、二人を見つける事は出来ない。
例え二人の家の居間の窓に鼻先を押し付ける程近付いても、見つける事は出来ない!」
「それじゃ、ブラックがポッター夫妻の『秘密の守人』に?」
「当然です。」
マクゴナガルだ。
「ジェームズ・ポッターは、ブラックだったら二人の居場所を教えるぐらいなら死を選ぶだろう、それにブラックも身を隠すつもりだとダンブルドアにお伝えしたのです。
……それでもダンブルドアはまだ心配していらっしゃった。
自分がポッター夫妻の『秘密の守人』になろうと申し出られた事を覚えていますよ。」
「ダンブルドアはブラックを疑っていらした?」
「ダンブルドアには、誰かポッター夫妻に近い者が
二人の動きを『例のあの人』に通報しているという確信がおありでした。」
マクゴナガルの声は暗い。
「ダンブルドアはその少し前から、味方の誰かが裏切って
『例のあの人』に相当の情報を流していると疑っていらっしゃいました。」
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