10.-1






『大丈夫か、ハリー。』



「うん。ありがとう、ナマエ。」



『……』





月曜日、ハリーは退院した。

怪我は良くなったようだが、顔色は逆に悪くなっていた。

ニンバス2000が粉々になってしまったショックか、
クィディッチの試合に敗北した事によるショックか、
はたまた吸魂鬼による影響か―――分からないが、名前に負けず劣らず、青白い。

目の下にはうっすらと隈が出来ていた。















「『闇の魔術に対する防衛術』を教えてるのがスネイプなら、僕、病欠するからね。」





昼食後、教室に向かいながらロンが言う。

むくれた表情から察するに、前回の罰則はとてつもなく嫌なものだったのだろう。





「ハーマイオニー、教室に誰がいるのか、チェックしてくれないか。」





ハーマイオニーは教室のドアの端から、こっそりと室内を覗き込む。





「大丈夫よ。」





教壇にはルーピンが立っていた。
ドアの端に固まる名前達四人を見つけると、にっこりと微笑む。

優しげに細められた目の下には、以前よりもくっきりとした隈が出来ていた。
痩せたかもしれない。
くたびれたローブから窺える体のラインは、一層細く平たくなっていた。

復帰したとはいえ、まだ体調は万全ではないように見える。

それでも、生徒が席に着くと、ルーピンは穏やかな微笑みを浮かべる。
すると皆一斉に、ルーピンの代理としてスネイプがどんな授業をしたか、報告という愚痴を事細かに話し始めた。





「フェアじゃないよ。
代理だったのに、どうして宿題を出すんですか?」

「ボクたち、狼人間について何にも知らないのに―――」

「―――羊皮紙二巻きだなんて!」



「君達、スネイプ先生に、まだそこは習っていないって、そう言わなかったのかい?」





ルーピンは少し眉を寄せて、珍しく不快そうな顔をした。





「言いました。でもスネイプ先生は、僕達がとっても遅れてるって仰って―――」

「―――耳を貸さないんです。」

「―――羊皮紙二巻きなんです!」





ほとんどの生徒が腹を立てていた。
皆が皆、好き勝手に文句をぶちまけているので、何を言っているのかよく分からない状態だ。

そんな生徒を眺めて、ルーピンは穏やかに微笑む。





「よろしい。私からスネイプ先生にお話ししておこう。
レポートは書かなくてよろしい。」





ハーマイオニーの「もう書いちゃったのに」と嘆く声は、皆の歓声にかき消されてしまった。

同じく書き終えていた名前だが、喜ぶでもなく嘆くでもなく、いつも通り無表情に構えている。

彼にとってはどちらでも良い事なのかもしれない。
顔に出ないという可能性は十分にあるけれど。





「これは旅人を迷わせて沼地に誘う。」





始まったルーピンの授業は、一気に生徒達の意識を集中させた。

ルーピンは硝子箱に入った「ピンキーパンク」を皆に見えるようにすると、ゆっくりと説明をする。

その説明に耳をそばだてて、皆は真剣な表情でノートに書き取っている。





「手にカンテラをぶら下げているのが分かるね?目の前をピョンピョン飛ぶ―――
人がそれについていく―――
すると―――……」





あっという間に時間が経過し、終業のベルが鳴った。

それから「闇の魔術に対する防衛術」は、また皆にとって楽しいものになる。
そして。
シリウス・ブラックや吸魂鬼が侵入した事など無かったかのように、十一月、十二月と、淀み無く月日が経っていった。

学期が終わる二週間前、校内は早くもクリスマス・ムードで満ちあふれていた。
そんな中、学期最後の週末にホグズミード行きが許され、ハリー以外の皆は有頂天である。





「クリスマス・ショッピングが全部あそこで済ませられるわ!」





飛び跳ねそうなくらい、ハーマイオニーは喜んでいる。





「パパもママも、ハニーデュークス店の『歯磨き糸楊枝型ミント菓子』がきっと気に入ると思うわ!」





ホグズミード行きの土曜の朝。

マントやスカーフで完全防寒にした名前、ロンとハーマイオニーに別れを告げ、ハリーは一人大理石の階段を上り、グリフィンドール塔に向かっていった。

申し訳無くなる瞬間である。

しかしホグズミードに着いた途端、そんな気持ちあったのかというぐらいはしゃぐのが彼らだ。





「バタービール、お持ちしました。
こちらでよろしかったかしら?」



『はい。…
ありがとうございます。』





店員の女性はバタービールを名前の前に置くと、パチリとウインクを残し、カウンターへと戻っていった。

名前は店員のいた場所を見つめ、パチリと瞬きをする。
何が起きたのか、事態が飲み込めていないようだ。





『…』





ホグズミード行きを許された、初めての年だ。
楽しんでおいで―――

という両親の言葉に従い、名前はその際に勧められた『バタービール』を飲む。
成る程、確かに美味しい。
名前は納得したように頷いた。

『三本の箒』は居酒屋らしく、ガヤガヤと騒がしい。

静かな窓辺の席に名前は一人座り、煙草の煙で霞んだ店内をぼんやりと眺めた。





『………』





冷たい風が名前の頬に当たった。

暖かな室内。

入口の扉が開かれれば、冷たい風が侵入して、すぐに分かる。





「ナマエ!」



『……』





声を掛けられると同時に肩を叩かれた。

振り向くと、寒風に頬を染めたハーマイオニーとハニーが立っている。

今入って来たのは彼らなのだろう。





「ナマエもここに来ていたのね。
ここ、座ってもいいかしら?」



『…』





頷いてから、チラリ。
ハリーを見る。

ハリーも名前を見た。





『透明マントか。』



「え?」



『ここに来た…』



「ああ、ウン。」





ハリーは頷き、辺りを警戒するように見回してから、名前の方に身を寄せた。

何やらポケットをあさっている。





「それもあるんだけど…」





すると、机の下。

二人の他には誰にも見えない位置に、ハリーは古びた羊皮紙を取り出し、名前に見えるようにした。





『…これは。』



「フレッドとジョージがくれた。「忍びの地図」って言うんだ。
ホグワーツと敷地に詳しい地図で、誰がどこにいるか分かる。
それと―――」



「ナマエ。その地図は秘密の抜け道が記されているの。
ハリーはそれを使ってここまで来たのよ。」



『…』





ハーマイオニーは呆れた表情で、
「何か言ってやってよ」とでも言いたげに名前を見た。





「あっ、ナマエ!」





見ると、大ジョッキを三本抱えたロンが立っている。

泡立った琥珀色の飲み物。
中身はバタービールだろう。





「君も来ていたんだ。」





ロンは泡立った熱いバタービールをテーブルの上に置いてから、自身も残った空席に座った。

窓際の小さなテーブル席は、あっという間に満席になった。





「それじゃ、乾杯!」





歌うように言うと、ロンは満面の笑顔で大ジョッキを挙げた。

ハリー、ハーマイオニー、
中身が残り僅かの名前も、順々に挙げた。

グビッと飲むと、ハリーは幸せそうに微笑む。
鼻の下に泡のヒゲが出来ていた。





『…』





冷たい風が名前の頬を撫でた。
また入口の扉が開かれたようだ。
名前はチラリと見て、途端ピシリと固まった。
直後動き出し、自身のマントでハリーの身を隠した。





『…』





大ジョッキに口をつけたまま、ハリーは名前を不思議そうに見上げた。
それから名前の視線を追って、入口の方へ目を向ける。

途端、噎せ込んだ。

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