09.-2






横たわっているハリーの顔は青白い。

泥に汚れ雨に濡れ、言われなければ死体と思わざるを得ない状態だった。

ベッドの周りに集まるグリフィンドールのクィディッチ選手、ロン、ハーマイオニーは、何やら口々に言葉を交わしている。

名前はいつも通りだ。
相変わらずの無表情で、唇を真一文字に引き結んでおり、
ただぼうっと、ハリーの顔を覗き込むように屈む彼らの背後に佇んでいた。





「地面が柔らかくてラッキーだった。」



「絶対死んだと思ったわ。」



「それなのに眼鏡さえ割れなかった。」



「こんなに怖いもの、これまで見た事ないよ。」





ピクリ、瞼が震えた。
と思うと、ハリーの目がゆっくりと開かれた。

彼らの会話はピタリと止まり、瞬間、スッと息を吸い込む音がした。





「ハリー!」





フレッドは叫ぶように名を呼んだ。
ハリーはというと、泥塗れの濡れ鼠、真っ青な顔色でいる彼の姿に、ちょっと驚いたよう目を見開いている。





「気分はどうだ?」



「どうなったの?」





それでもハリーは今までの事を思い出したらしく、慌てたように起き上がった。

皆が息を呑み、また少し顔色を悪くさせる。





「君、落ちたんだよ。」
フレッドが答えた。
「ざっと……そう……二十メートルかな?」



「皆、あなたが死んだと思ったわ。」





アリシアは震え、その震えを抑え込むように唇を噛んだ。

ハーマイオニーが小さくしゃくりあげた。
ハリーが落ちた時、一番動揺したのは彼女だった。





「でも、試合は……
試合はどうなったの?やり直しなの?」





おそらく、そうであってほしいという期待を込めた問いだったのだろう。
しかし、その問いに答える者はいなかった。

ハリーは皆の沈黙から答えを悟ったようだった。





「僕達、まさか……負けた?」



「ディゴリーがスニッチを取った。」
ジョージが言った。
「君が落ちた直後にね。あいつは気が付かなかったんだ。
振り返って君が地面に落ちているのを見て、ディゴリーは試合中止にしようとした。やり直しを望んだんだ。
でも、向こうが勝ったんだ。フェアにクリーンに……ウッドでさえ認めたよ。」



「ウッドはどこ?」



「まだシャワー室の中さ。」
フレッドが答えた。
「きっと溺死するつもりだぜ。」





俯いたハリーは、そのまま顔を膝に埋めた。
そして頭を抱え、指先が白くなるほど強く髪を握り締めた。

自責の念にかられている。

フレッドはハリーの肩を掴むと、乱暴に揺すった。





「落ち込むなよ、ハリー。
これまで一度だってスニッチを逃した事はないんだ。」



「一度ぐらい取れない事があって当然さ。」
ジョージが続けた。



「これでおしまいってわけじゃない。」
フレッドが言った。



「僕達は一〇〇点差で負けた。いいか?だから、ハッフルパフがレイブンクローに負けて、僕達がレイブンクローとスリザリンを破れば……」



「ハッフルパフは少なくとも二〇〇点差で負けないといけない。」



「もし、ハッフルパフがレイブンクローを破ったら……」



「有り得ない。レイブンクローが強過ぎる。しかし、スリザリンがハッフルパフに負けたら……」



「どっちにしても点差の問題だな……一〇〇点差が決め手になる。」





ハリー黙り込み、何も反応を示さない。
そのままの状態で十分ほど経った頃、マダム・ポンフリーがやって来た。

ハリーの安静のため、チーム全員に出てくように告げた。





「また見舞いに来るからな。」
フレッドが言った。



「ハリー、自分を責めるなよ。君は今でもチーム始まって以来の最高のシーカーさ。」





選手達は医務室から出ていき、ハリーの側には、ロンとハーマイオニー、名前、そして
選手達の泥の足跡が残った。

マダム・ポンフリーが呆れた顔付きでドアを閉めに向かう。

途端、ロンとハーマイオニーがハリーのベッドに近寄った。





「ダンブルドアは本気で怒っていたわ。」
ハーマイオニーのは震えていた。
「あんなに怒っていらっしゃるのを見た事がない。
あなたが落ちた時、競技場に駆け込んで、杖を振って、そしたら、あなたが地面にぶつかる前に、少しスピードが遅くなったのよ。
それからダンブルドアは杖を吸魂鬼に向けて回したの。
あいつらに向かって何か銀色のものが飛び出したわ。
あいつら、すぐに競技場を出ていった……
ダンブルドアはあいつらが学校の敷地内に入って来た事でカンカンだったわ。
そう言っているのが聞こえた―――」



「それからダンブルドアは魔法で担架を出して君を乗せた。」
ロンが続けた。
「浮かぶ担架に付き添って、ダンブルドアが君を運んだんだ。
皆君が……」





段々と小さくロンの声は、話半ばで聞こえなくなってしまった。

聞き手であったハリーは、しかし気付いていない。
心此処に在らずといった様子で、そもそも話を聞いていなかったように見える。

ロンとハーマイオニーが心配そうに覗き込むと、ふとハリーは顔を上げて、そこでやっと二人の気遣わしげな様子に気づいた。





「誰か僕のニンバスを掴まえてくれた?」





その質問には答える者はいない。
名前、ロン、ハーマイオニーの三人は、チラリと顔を見合わせた。





「あの―――」



「どうしたの?」





ハリーは不思議そうに、何やらまごつく三人の顔をそれぞれ見る。





「あの……あなたが落ちた時、ニンバスは吹き飛んだの。」



「それで?」



「それで、ぶつかったの―――ぶつかったのよ―――ああ、ハリー―――
あの暴れ柳にぶつかったの。」





ハリーの顔色が変わった。

暴れ柳は他のものを寄せ付けない。

故に「暴れ柳」で、校庭の真ん中にポツンと一本だけ立っている。





「それで?」





不安そうに、ハリーは続きを促した。





「ほら、やっぱり暴れ柳の事だから。」
ロンが取り繕うように付け足した。
「あ、あれって、ぶつかられるのが嫌いだろ。」





二年生の時、車で体当たりした事を言っているのだろうか。

理由があろうと無かろうと、ぶつかられるのは誰だって嫌うだろう。





「フリットウィック先生が、あなたが気が付くちょっと前に持ってきて下さったわ。」





ハーマイオニーは言いながら、足元のバッグを持ち上げた。
逆さまにして、中身をベッドの上に空ける。

引き裂き、砕け散り、粉々になった木の切れ端。

ニンバスの残骸だった。

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