09.-1
瞬間、閃光が辺りを照らした。
次いで雷鳴がとどろく。
雨粒と風が窓を叩き付けている。
『…』
それでも呆れる事に、名前はいつも通りトレーニングを開始していた。
「禁じられた森」に前に立ち、折れそうなほど揺れ軋む木々を見上げる。
さすがにこの天気では、今日は犬は出てこないだろう。
最悪の天候だった。
皆頭を下げ、傘を持って競技場まで駆け抜けたが、荒れ狂う風に、折れる、吹き飛ばされる―――
傘など無意味だった。
その強風に雨粒が乗り、痛いほど肌に叩き付けてくる。
雷鳴が鳴り渡り、どんなに大きな声援も、全て掻き消されてしまい、選手の耳には届かない。
そんな最悪の天候の中。
試合は開始された。
「何にも見えやしないよ。」
「ハリーは大丈夫かしら?」
『…』
どしゃ降りの雨。
視界は最悪だ。
砂嵐がかかったかのように、数メートル先の景色も見えない。
「私、ちょっと行ってくるわ。」
「どこに?」
ホイッスルが鳴り響く。
ハーマイオニーが席を立ち上がった。
不思議そうにするロンを見て、ハーマイオニーはちょっと呆れたふうだった。
「ハリーのところよ!
こんな最悪の雨の上眼鏡なのよ。何も見えないでしょう。」
早口でそう言って、ハーマイオニーはグラウンドに向かって走っていった。
観衆を弾き飛ばす勢いである。
その勢いの凄まじさに、観衆自ら道を空けている。
「ハーマイオニーって、時々やけにアクティブだよな。」
『…そうだな。』
「君、びしょ濡れだけど大丈夫?
こんな雨だから仕方ないけどさ、また風邪ひくんじゃない?」
『…』
ロンはハーマイオニーの走り去る背中を見送ってから、急に名前に向き直ってそう言った。
いつの間にか病弱キャラに認定されていたらしい。
真っ直ぐ突き刺さるロンの視線。
名前はその視線から逃れるように目を背け、グラウンドの方へと向ける。
『…大丈夫。』
多分。
声にならない呟きを残した名前を見て、ロンは眉を寄せる。
呆れた風である。
「クィディッチが終わって寮に戻ったら、しっかり濡れたところを拭きなよ。それから着替えるんだ。」
『ああ。』
「いや、その前にシャワーでも浴びた方がいいかな。暖炉の前を陣取ってもいいから。」
『…うん。』
「それから、そうだ。早めに寝たらいい。その方が体が休まるよ。
君、いつも遅くまで本読んでるだろ?今日は早く寝なよ。」
『……分かった。』
やけに過保護なアドバイスをしてくるロンに、名前はひたすら頷き返し続けた。
念を押すように繰り返される一方的な会話が途切れたのは、ハーマイオニーが戻ってきた頃だった。
(名前は密かに安堵の溜め息を吐いたが、生憎の風雨にその吐息を聞いた者はいない)
そして、試合は再開された。
ゴロゴロ…
稲妻が走り、一瞬、選手の姿が影絵のようにくっきり浮かび上がる。
それと同時に―――
遠くの方から、この競技場を囲むようにして、黒い布のようなものが、いくつも漂っているのが、名前の目に映った。
『…』
名前は空に目を向けたまま、何度も瞬く。
灰色の重たい雲、どしゃ降りの雨、荒れ狂う風―――
全てに掻き消されてしまう。
しかし、再び稲妻が走り、それが見間違いではない事を確信した。
『…吸魂鬼』
その時。
どしゃ降りの雨の中でも、はっきりと見えた。
空からグラウンドに向かって一直線に、何かが落っこちてきたのだ。
黒い塊にしか見えないが、あれは―――。
―――アレスト・モメンタム。
そう、聞こえた。
競技場に駆け込んできたダンブルドアは、杖をハリーに向けて、そう唱えた。
辺りでは、悲鳴が轟いている。
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