08.-2
『そろそろ、行く。』
授業の時間が近付いてきた。
名前は立ち上がり、犬に別れの挨拶をする。
犬はとても賢いようで、別れを告げると去っていく。
名前は犬が茂みに消えていくのを見送ってから、学校を目指して歩いていくのだ。
次の授業は「闇の魔術に対する防衛術」のクラスだ。
『…』
教室に着くと殆どの生徒が既に着席していた。
机の上に授業の準備万端の状態で、後は先生を待つばかりである。
全ての授業で、皆がこうもやる気に満ちている事はない。
「闇の魔術に対する防衛術」のクラスを、皆一番楽しみにしているようだ。
皆のお喋りを聞くともなく聞きながら、名前は空いている後ろの隅の席に座り、授業の準備に取り掛かる。
―――バタン!
突然、勢い良く教室の扉が開かれた。
お喋りはピタリと止まり、皆そちらを見る。
スネイプだ。
黒い長いマントを翻しながら、大股で教壇までやって来た。
そして教壇の引き出しから出席簿を取り出すと、名前を呼び始めたではないか。
皆は戸惑い、顔を見合せながら、小さく返事をする。
「先生。」
どこからか声が揚がった。
名前を呼ぶ声はピタリと止み、じろり、視線がそちらへ向けられる。
「あのう、ここは「闇の魔術に対する防衛術」のクラスですよね?」
「さよう。聞くまでもない事だ。」
「ルーピン先生はどうなさったんです?」
「見ての通りルーピン先生は欠勤している。気分が悪く、教えられないとの事だ。
代理で我輩が諸君に教える事になった。が―――」
そこで言葉を切ったスネイプは、静かに出席簿を閉じる。
それから見下すように冷たい視線で、ぐるりと生徒達を見渡した。
「困った事に、ルーピン先生はこれまでどのような内容を教えたのか全く記録を残していない。」
真っ直ぐハーマイオニーの手が挙がった。
教わった内容を答えようとしているらしい。
けれどもスネイプはそれが見えないかのように、生徒達を冷たく見下ろしている。
「遅れてすみません。ルーピン先生、僕―――」
ハリーが教室に入ってきた。
スネイプを見たハリーは、途端その場に立ち尽くした。
授業が始まり、十分程経っていた。
遅れた理由は分からない。
クィディッチ関連の事かもしれないし、ハロウィーンの一件から監視する目が厳しくなったせいかもしれない。
何にしろ、嫌な事が重なってしまった。
「授業は十分前に始まったぞ、ポッター。であるからグリフィンドールは十点減点とする。
座れ。」
しかしハリーは動かない。
睨むようにスネイプを見詰めながら、迷う事なく言葉を返した。
「ルーピン先生は?」
「今日は気分が悪く、教えられないとの事だ。」
スネイプの口角が僅かに上がる。
意地悪そうな笑みである。
「座れと言ったはずだが?」
「どうなさったのですか?」
「命に別状はない。」
スネイプはギロリとハリーを睨み、吐き捨てるように答えた。
「グリフィンドール、さらに五点減点。もう一度我輩に『座れ』と言わせたら、五十点減点する。」
そこまで言われては何も返しようがない。
ハリーは重たそうな足取りで席へ向かった。
着席したのを見届け、それからスネイプは再び生徒達を見渡す。
「ポッターが邪魔する前に話していた事ではあるが、ルーピン先生はこれまでどのような内容を教えたのか、全く記録を残していないからして―――」
「先生、これまでやったのは、まね妖怪、赤帽鬼、河童、水魔です。」
一呼吸で、ハーマイオニーは答えた。
「これからやる予定だったのは―――」
「黙れ。」
冷たい声だ。
「教えてくれと言ったわけではない。
我輩はただ、ルーピン先生のだらしなさを指摘しただけである。」
「ルーピン先生はこれまでの『闇の魔術に対する防衛術』の先生の中で一番良い先生です。」
ディーン・トーマスの発言に、スネイプの眉間の皺が深くなる。
「点の甘いことよ。ルーピンは諸君に対して著しく厳しさに欠ける―――赤帽鬼や水魔など、一年坊主でも出来る事だろう。
我々が今日学ぶのは―――」
スネイプは教科書を開くと、どんどんページを捲っていく。
ついには一番後ろまで辿り着き、そこでやっと手を止めたのだった。
「―――人狼である。」
「でも、先生。」
再びハーマイオニーは発言した。
「まだ狼人間までやる予定ではありません。これからやる予定なのは、ヒンキーパンクで―――」
「Ms.グレンジャー。」
地を這う如く、スネイプの声はねっとりと静かに名前を呼んだ。
「この授業は我輩が教えているのであり、君ではないはずだが。
その我輩が、諸君に三九四ページを捲るようにと言っているのだ。」
スネイプはあの見下すような目で、もう一度生徒達を見回した。
「全員!今すぐだ!」
皆は大層不服そうにしながら、それでも黙って教科書を開き、言われたページを捲った。
「人狼と真の狼とをどうやって見分けるか、分かる者はいるか?」
直ぐ様ハーマイオニーが、いつものように勢い良く手を挙げた。
「誰かいるか?」
こちらもいつものように、スネイプはハーマイオニーを無視した。
馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「すると、何かね。
ルーピン先生は諸君に、基本的な両者の区別さえまだ教えていないと―――」
「お話ししたはずです。」
沈黙の中、パーバティは出し抜けに口を開いた。
「私達、まだ狼人間までいってません。今はまだ―――」
「黙れ!」
怒号が響き渡った。
「さて、さて、さて、
三年生にもなって、人狼に出会って見分けもつかない生徒に御目にかかろうとは、我輩は考えてもみなかった。
諸君の学習がどんなに遅れているか、ダンブルドア校長にしっかりお伝えしておこう。」
「先生。」
ハーマイオニーだ。
定規でも入れているかのように、まだ真っ直ぐ手を挙げていた。
「狼人間はいくつか細かいところで本当の狼と違っています。狼人間の鼻面は―――」
「勝手にしゃしゃり出てきたのはこれで二度目だ。
Ms.グレンジャー。」
ハーマイオニーの言葉を遮り、スネイプは残酷な程に冷然と言う。
「鼻持ちならない知ったかぶりで、グリフィンドールからさらに五点減点する。」
そろりと、ハーマイオニーは手を下ろした。
後方に座る名前からはハーマイオニーの様子は分からないが、俯く彼女が傷付いた事は誰にだって理解出来た。
きっと誰もが、一度はハーマイオニーの事を「知ったかぶり」と呼んでいる。
それなのに皆がスネイプを睨み付けた。
そして名前の記憶の中では、週に二回は「知ったかぶり」と面と向かって言うロンが、大声で言った。
「先生はクラスに質問を出したじゃないですか。ハーマイオニーが答えを知ってたんだ!
答えて欲しくないんなら、何で質問したんですか?」
それは正論だ。誰もが思った事だろう。
しかし誰もが言わなかったのは、言ったところで解決などしないし、むしろ悪化すると予想していたからである。
「処罰だ。ウィーズリー。」
そして皆の予想通り。
スネイプは滑るようにロンに近付くと、キスでもしそうなくらい顔を寄せて、囁くように言い放った。
「さらに、我輩の教え方を君が批判するのが、再び我輩の耳に入った暁には、君は非常に後悔する事になるだろう。」
その後は皆ロボットにでもなったかのように、ただ黙々と教科書から狼人間に関しての事を写し書きをした。
その間、スネイプは机の間を動き回っている。
ルーピンが何を教えていたのかを調べているようだ。
「実に下手な説明だ……これは間違いだ。河童はむしろ蒙古によく見られる……ルーピン先生はこれで十点満点中八点も?我輩なら三点もやれん……」
『…』
わざとなのか無意識なのか、スネイプは独り言を呟いている。
独り言を聞いた名前は、誰にも気付かれない程度に首を傾げた。
河童は日本の水魔と、教科書の説明文は始まっている。
しかし、河童の事について追及する勇気は名前には無かった。
スネイプの神経を逆撫でするような事は出来ない。
「各自レポートを書き、我輩に提出するよう。
人狼の見分け方と殺し方についてだ。
羊皮紙二巻、月曜の朝までに提出したまえ。
このクラスは、そろそろ誰かが締めてかからねばならん。
ウィーズーリー、残りたまえ。
処罰の仕方を決めねばならん。」
暫くして終業のベルが鳴り響くと、スネイプは流れるような口調でそこまで言って、皆を解放した。
教室の外に出た彼らは声が届かないところまで来ると、スネイプへの怒りをぶちまけるようにお喋りをし出す。
「いくらあの授業の先生になりたいからといって、スネイプは他の『闇の魔術に対する防衛術』の先生にあんな風だった事はないよ。
一体ルーピンに何の恨みがあるんだろう?例の『まね妖怪』のせいだと思うかい?」
「分からないわ。」
ハリーの言葉に、ハーマイオニーは力無く首を横に振りながら答えた。
確かに、『まね妖怪』の一件はスネイプにとってとても怒れるものだっただろう。
瞬く間に広がった「スネイプの女装」という噂は本人の耳にも届いたらしく、特にネビルへの対応は鬼のようである。
「でも、ほんとに、早くルーピン先生がお元気になってほしい……」
五分ほど経った頃、ロンが追い付いてきた。
見るからに怒っている。
「聞いてくれよ。あの×××!」
「ロン!」
『……』
ロンが言った「×××」がスネイプを指している事は、名前は何となく感じ取った。
しかし如何せん教科書通りに英語を学んだ名前は、おそらく悪口であろう「×××」が理解出来ない。
よっぽど口汚い言葉なのだろうが。
『……ハリー、…』
「何?ナマエ。」
『×××って…』
「とっても悪い言い方だよ。」
『…意味は』
「悪口さ。」
『…』
「…ナマエの口から聞きたくなかった。」
『……』
何故だかハリーが肩を落としている。
答えにくい問い掛けをしてしまったようだ。
「×××が僕に何をさせると思う?医務室のおまるを磨かせられるんだ。魔法無しだぜ!」
ハーマイオニーに注意されたのにも関わらず、ロンは「×××」を躊躇なく叫んでいる。
「ブラックがスネイプの研究室に隠れててくれたらなぁ。な?
そしたらスネイプを始末してくれたかもしれないよ!」
魔法無しのおまる磨きがよっぽど嫌なのかもしれない。
ただの愚痴や文句というより、
「そうあればいい」願望が感じ取れる強い口調だった。
しかし物事は、そんな都合良くいかないものだ。
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