03.






『どうしたんだ。』















朝食の時間、グリフィンドールのテーブルで、何かただならぬ雰囲気が漂っていた。































「「ナマエ!」」



「…ふん!」



『…』





スリザリン寮生のドラコ・マルフォイは持っていたガラス玉を名前の手に押し付けると、クラッブとゴイルを従えて大広間から出ていった。

名前は首を傾げ、掌に転がるガラス玉を見つめる。
ハリーとロンが名前のローブを引っ張り椅子に座らせた。





「来るの遅いよ、名前!朝御飯食べない気かい?」



『…寝癖を…』



「…ああ、そう。
でもなんか、妙にペッタリしてて違和感あるぜ…」



『…………

…さっきの、何。
……これ、どうする…』





ガラス玉を片手に、名前は首を傾げる。
ロンとハリーはぷりぷりと怒りながら成り行きを話した。

ネビル・ロングボトムに送られてきた『思いだし玉』を、ドラコが何も言わずに取り上げた。
らしい。





『………じゃあ、これはネビル・ロングボトムの。』



「そうだよ。返してあげなきゃ。」



『…。』
コク、と頷く。



「……アレ?ナマエ、思いだし玉が…」



『………
…壊した………』



「ううん、壊してないよ。こういうものなんだ。
何かを忘れていると赤くなるものなんだけど…ナマエ、何か忘れてる?」



『………わからない。
とにかく、返す。』



「…うん、そうだね。」





名前はハリーとロンに付き添ってもらい(誰がネビル・ロングボトムかわからないから)、『思いだし玉』をネビルに返した。

ネビルは強張った顔で名前から『思いだし玉』を受け取ったあと、小さく『ありがとう』と言い、そそくさと席に戻ってしまった。





『………』



「気を落とすなよ、ナマエ。
僕たちは君がどんなに優しくて大物かわかってるし、いずれ僕たち以外のやつにも、それが理解されるときがくるさ。」



「そういうロンも、最初は怖がってたけどね?」



「うるさいなぁ、ハリー。
それは昔の話だろ。」



「そうだったね。今は友達だ。」





少しふざけたようなハリーとロンの会話に耳を傾けながら、名前はゴブレットにミルクを注ぐ。

ゴブレットにつけた名前の口が僅かに引かれた。















『飛行訓練…』



「うん、今日は飛行訓練だよ。」



「スリザリンと合同でだけどね。

掲示板の『お知らせ』にあっただろ?」



『………』



「ナマエ、忘れてたのかい?」



『………。』



「…まぁ、忘れたくなるのも分かるけどね。
スリザリンと合同だもの。何でグリフィンドール寮生だけでやらないのかな。」





飛行訓練の授業を楽しみにしていたハリーは不満そうだった。

青々と茂る芝生のところまで来ると、見計らったように飛行訓練の授業の担当教師、マダム・フーチが現れる。

マクゴナガル先生とはまた違った厳しい雰囲気がある。





「みんな箒のそばに立って。さぁ、早く―――

右手を箒の上に突き出して―――

そして、『上がれ!』と言う。」





マダム・フーチの説明が終わった途端、皆一斉に『上がれ!』と叫んだ。
一回叫んだだけで箒が手に収まる者は極少数で、大抵の生徒がてこずった。

皆の箒が手に収まった頃、マダム・フーチは箒の乗り方、そしてそれを見て回った。
大口をたたいていたドラコの箒の握り方が間違っていたらしく、マダム・フーチに注意をされ、それを見たハリーとロンは顔を見合わせて笑ったのだった。





「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。
箒はぐらつかないように押さえ、2mぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。

一、二の」





生徒の群集がどよめく。

マダム・フーチが笛を吹く前に、ネビルが力任せに地面を蹴って、勢いよく空高く飛んでいってしまったのだ。

マダム・フーチが『戻ってきなさい』と大声で叫ぶも、パニックに陥った状態のネビルには聞こえるわけもなく、それ以前に乗り手のネビルが恐がっているままでは箒を操作できるわけがないのだ。

4m、6mと、ネビルはどんどん地面から遠ざかっていく。

恐怖に震える手がスルリと箒を離し、ネビルは飛んでいくときと同じように、勢いよく地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。

生徒たちから悲鳴が上がった。





「ナマエ!?」





名前は地面を思い切り蹴り、生徒の頭上を飛び上がり、ネビルの元へ向かって、風のように飛んでいった。

気付いた時には遅く、ハリーとロンは呆然と小さくなる名前を見つめていた。

名前は水面に落ちるカワセミのようにネビルへ突進し、長い腕を精一杯伸ばしてネビルの脇腹を引き寄せる。

助かるように見えた。

しかし使い古されたこの箒には、二人分の重みに耐えきれなかったのか、ボキリという嫌な音を立て、二人は箒から落ちてしまった。

落ちた二人から、ドサッ、ポキッという不吉な音が、遠くにいたハリーの耳にも届く。

マダム・フーチが真っ青になって、二人の元へ走っていった。















「まったく、なんて無茶をするんですか!あなたは!」



『…ごめんなさい。』





医務室では、マダム・ポンフリーが慌ただしく動いている。

名前はパイプ椅子に座りながら、少し項垂れる。





「ネビル・ロングボトムを庇って下敷きになるなんて…

高さがそれほどなくて、手首が折れただけで済んだからいいものの、首の骨を折っていたのかもしれないのですよ!?

人助けは良いことですが、もっと自分を大切にしなさい!」



『…

……ロングボトムは………』



「大丈夫ですよ。
脳震盪を起こしただけです。安静にしていれば良くなります。」



『…そうですか。』



「さ、この薬を飲んでください。
そしてその後は安静にしていることです。

あなたの手首は複雑骨折をしています。
少し時間がかかりますが、明日の朝には治っているでしょう。」



『………』





ネビルが助かったらしいと、安堵したのも束の間。
マダム・ポンフリーから受け取った、正体不明の液体が入ったゴブレットを受け取って、名前は一層項垂れた。

息を吐くと、一気にゴブレットの中身を飲み干す。

一息で飲み込んだ名前は、しばらく微動だにしなかった。





「ナマエ、いいですか。今日一日は安静にしているのですよ。さもなくば、骨が治りにくくなります。

確か、もう授業の予定はありませんでしたね?」



『……。

…あ…………』



「何ですか?」



『…罰則…』



「罰則?何の罰則です?」



『魔法薬で、罰則が………』



「スネイプ先生の授業ですか…
……しかし、譲るわけにはいきませんからね。今日罰則を受けるのはおやめなさい。
私からスネイプ先生にお手紙を書きますから、訳をお話するついでに渡しに行ってください。そしてその後は、真っ直ぐここへ戻ってらっしゃい。
いいですね。」



『………はい。』





マダム・ポンフリーはせかせかと歩いて自分の机に向かうと、引き出しから何かの紙を取り出し、羽ペンでさらさらと内容を書いた。

そして書き終わると、またせかせかと歩いて戻ってきて、包帯をしていない方の名前の手に紙を渡した。

どうやらこの紙は、授業が受けられない状態のときに、理由を書いてその時の担当教師に渡す専用の紙らしく、もともと用意してあるものらしい。

まぁ魔法に失敗して怪我をしたり、飛行に失敗して怪我したりと、何かとこの学校は怪我が多いから、あっても不思議ではないのだが。





「それでは渡してきてください。」



『…。』
コク、頷く。



「ちゃんとここへ戻ってくるんですよ。寄り道はしないように。」



『…。』
また、頷く。





マダム・ポンフリーに念を押されて、名前は医務室のドアへ歩いて行った。
ドア付近のベッドで寝ていたネビルと、ふと目が合い、名前は立ち止まる。





『…大丈夫』



「…あ、うん、ちょっと頭がクラクラするけど、大丈夫だよ。
それより、ナマエこそ大丈夫なの?」



『俺は…、治る。』



「うん、でも…

ごめんね、ナマエ。
僕なんかのために、手首が…」



『…。

…気にする必要はないよ。』



「そんな………」



『………』



「………」



『………』



「………うん、わかったよ。でも…気にしちゃうよ。…
ごめんね…」





謝り続けるネビルに、名前は口を一文字に引き結ぶ。
やがてふっと視線をそらして、背を向けた。

小さくなっていく名前の背中に向かって、
ネビルは渾身の勇気を振り絞って『ありがとう』と言った。

名前は振り返らない。
代わりに、歩調がゆっくりとしたものに変わった。

ネビルは枕に頭を沈め、意識が闇に落ちるまで、それが何を意味するのか考えていた。















「………」



『………』





ところ変わって、薄暗い地下牢の教室。

動物のアルコール漬けの瓶がずらりと壁に並ぶここは、光りが少しも届かなくて肌寒い。
そのせいかこの教室で魔法薬を担当するスネイプの顔は青白くて、とても不健康そうに見える。

ジッと短い文章が書かれた紙を見つめていたスネイプは、
やっと紙から目を離し、ゆらりと名前の手首を見た。





「危険を顧みず仲間を救う。
勇敢なものだ。

正にグリフィンドールの生徒と言えよう。」



『………。』



「フリントの次はロングボトムかね。

君は余程人助けが好きらしい。
それが本心からなのか偽善からなのかは、我輩には分からんが。」



『………ごめんなさい。』



「何故謝るのだね?
君はロングボトムを助けたというのに。」





名前はじっと、スネイプの眉間にできた皺を見詰める。

しばらく沈黙が続き、またスネイプが口を開いた。





「確かに、今の状態では罰則は受けられん。」



『………。』



「そのため、一日罰則を伸ばすことにする。
それで良いかね?君に聞いたところで拒否権はないのだが。」



『…わかりました。ごめんなさい。…明日に、また受けに来ます。…』



「………」



『……失礼します。…』



「………ミョウジ、」



『…はい。』





ドアを開けたところで名前を呼ばれ、名前はゆっくりながらも振り返る。

スネイプは呼んだかと思うとさっさと教室の奥の扉へ入っていき、入ったかと思うと何かを持ってすぐに出てきた。

そして名前の前まで大股で来ると、怪我をしていない方の手に、半ば押し付けるように持ってきたものを渡す。
掌に収まるくらいの、小さな紙袋だ。
とても軽く、振るとさらさらと音がする。





「それは痛み止めだ。」



『…痛み止め、…。』



「明日は我輩の授業があるだろう。
痛みで寝不足になって授業に支障が出るようでは困るのでな。

もっとも君がロングボトムのように、そうでなくても問題を起こすようなら、解決にはならんだろうが。」



『……ありがとうございます。』





ぺこりと、小さく会釈をしながら、名前はお礼を言った。

スネイプの眉が、ピクリと動く。





『……それでは、失礼します。』



「………。」





名前は教室を出ていった。

スネイプは最後まで名前の姿を見送ることはなく、大股で自分の部屋へと戻って行った。

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