07.-1
土曜の朝。
名前は朝食を摂りに大広間に向かった。
今日は一回目のホグズミード行きとハロウィーンのイベントがあるせいか。
大広間は普段より騒がしい気がする。
『おはよう。』
「おはよう。ナマエ。…」
挨拶をしながら、名前はハリー達の側の空席に腰掛けた。
朝食を摂っていた三人は、名前の登場にチラリと顔を上げる。
「…」
「…」
「…」
顔を上げた三人は、そのまままじまじと名前を見詰め続けた。
そして互いに目配せをして、頷いたり首を捻ったりしている。
三人の中で何やら会話が成り立っているらしい。
挙動不審な彼らの様子に、名前でも気が付いた。
『どうしたんだ。』
「ナマエ、今日は何だか顔色悪そうだけど…大丈夫?」
『………』
心配されていたらしい。
ハリー、ロン、ハーマイオニーは朝食の手を止めて、名前をじっと見つめている。
確かに、名前の顔色は悪い、というより、むしろ生きた者の顔色ではなかった。
当初不思議そうに瞬きを繰り返していた名前だが、やがて納得したように一人頷く。
『吸血鬼。』
突拍子もなく出てきた言葉に、ハリー達は首を捻っている。
「ナマエ。どういうことなの?」
『ハロウィーンだから。』
名前は淡々とシンプルに答えた。
三人は思い当たったらしい。
「兄貴達だな…。」
頷き、
『今年は吸血鬼。』
「衣装も、ほら」とでも言うように、名前はローブをめくって見せた。
早朝。
いつも通り目を覚ますと、枕元には恒例となりつつある置き手紙と、今回は衣装も置いてあったらしい。
それを素直に着る名前も名前だが、いい加減慣れた様子である。
「毎年やる気なのかしらね。」
呆れた口調である。
ハーマイオニーはさっさと朝食を再開した。
「でも、吸血鬼って事はさ。
十字架と太陽光と、ニンニクと…ダメなものはたくさんあるよね。」
「そうだ。ナマエ。
普通にご飯食べられるの?太陽光は大丈夫そうだけど…」
『…』
窓から差し込む朝日を浴びながら、名前は「たった今気が付きました」とばかりに息を呑み、固まった。
その様子に呆れ、ちょっと心配になる三人。
そして再び動き始めた名前は、いつも通りゴブレットにミルクを注ぎ、器にサラダを盛り付ける。
『いただきます。』
ミルクを一口。
それからフォークを掴み、レタスに刺した。
口に運ぶ。
パカッと開いた名前の口元から、鋭い牙が覗いた。
『いつも通りだ。』
ゆっくり咀嚼し、飲み込んで。
名前は少し安堵したように言った。
「ハニーデュークスからお菓子をたくさん持ってきてあげるわ。」
「ウン、たーくさん。」
「僕の事は気にしないで。
パーティで会おう。楽しんできて。」
朝食の後。
ハリーはそう言って玄関ホールまで見送りにきてくれたが、落ち込んでいるのは明らかだった。
ハリーただ一人。
きっと、三年生の中でただ一人。
ホグズミードに行けないのだ。
『………』
どう見たって落ち込んでいる友人を見つめて、名前は何か気の利いた台詞を言おうとでもしたのかかもしれない。
真一文字に閉ざされた口を僅かに開き、動かす素振りを見せたが、いつまで経っても言葉は出てこない。
ついにはハリーと別れてしまう。
口下手な名前に、気の利いた台詞など言えるはずがなかった。
「うわあ。すごい!」
「どこから見て回ろうかしら?」
『……』
まるで絵本の世界に入り込んだようだった。
ホグズミードは茅葺き屋根の小さな家や店がところせましと並んでおり、そのどれもが空想的で甘美なものだ。
菓子の店、悪戯の専門店、郵便局、居酒屋―――などなど、ありとあらゆる店が建ち並んでいた。
『……
ロン、ハーマイオニー。』
「何?」
「どうしたの?ナマエ。」
キョロキョロと辺りを夢中で見回しながら歩く二人は危なっかしく、いつしか何かとぶつかるか、転んで怪我でもしそうだった。
そんな二人の後を追い掛けつつ、名前は控え目に声を掛ける。
二人は辺りに向けていた目を名前に移して、不思議そうに見上げた。
『寄りたいところがある。…
だから、二人は好きなところを見て来てほしい。』
「別行動ってことかい?」
『ああ。』
「でも、ナマエ。
寄りたいところって、場所分かるの?」
『いや。…』
「なら、一緒に行って探そうか?
人手があった方が早く見つかるんじゃないかな。」
『…大丈夫。』
ゆるりと首を横に振った名前は、相変わらず抑揚の無い声で、珍しくはっきり言った。
名前と付き合いが長い(とは言っても三年間だが)ロンとハーマイオニーは、妙にはっきり言い切る名前に少なからず不信感を抱いてもおかしくはない。
しかし二人は何かおかしい名前の様子に気付く事はなく、少し心配そうにしながらも、別行動する事を納得したようだった。
二人が遠ざかり見えなくなったことを確認し、名前は早速行動を開始する。
『……』
暫く歩き回った名前は、目的の店を見つけた。
遠目からでもそこが目的の店だと分かる。
店の前にはカゴやケージが置かれており、様々な鳴き声が聞こえてきたからだ。
『………』
ペットショップ―――
そこが名前の目的だった。
早速入ってみると、カウンターには店主らしき魔法使いが、客である生徒に何かアドバイスをしているのが見えた。
壁沿いに梟、蛙、猫などが入ったケージがずらりと並んでいる。
天井からカゴが吊るされ、店内は非常に狭く圧迫感があった。
棚には餌やオヤツなどが置いてある。
『…』
名前の目は一点に注がれる。
犬用品である。
餌やオヤツ、それを容れるお皿、シャンプー、ブラシなどだ。
野生の犬に餌付けをしていると知られては、こっぴどく叱られるかもしれない―――
名前はそんな恐怖を抱きながらも、あの黒い犬を可愛がる事がやめられずにいる。
『………』
しかし、その種類が多い。
本を読んで多少なりとも知識を蓄えたのにも関わらず、何に使うか分からないものもある。
狭い店内。
商品の前に居座るデカイ客。
とてつもなく邪魔だろう。
暫くして。
悩みに悩んで選んだ品物を持って、名前はやっと会計に向かった。
「はい、どうぞ。」
『ありがとう。』
店主は会計を済ませ袋を渡しながら、ちょっぴり安堵した表情を浮かべた。
彼の心境を言葉にするならば、「やっと帰るぜこの客」というところだろうか。
しかし名前は店主のそんな表情にも気付かずに、袋を抱えて外に出る。
『…』
相変わらず無表情だが、袋を抱える手には力がこもっている。
あの黒い犬と再び会えると信じて止まない名前は、何やら使命感に燃えているようだった。
「ほーら。
持てるだけ持ってきたんだ。」
辺りが夕焼け色に染まった黄昏時。
ホグズミードから帰ってきた名前達は、談話室で寛いでいたハリーの元へ真っ直ぐ向かった。
そして少しの挨拶の後。
ロンは言いながら、ハリーの膝の上に色とりどりのお菓子を降り注いだのだ。
「ありがとう。」
身動ぎでもすれば、零れ落ちてしまいそうなほどある様々なお菓子。
膝の上にあるそれらを崩さないよう、ハリーはお菓子の入った小さな箱を慎重に摘み上げながら言った。
「ホグズミードって、どんなとこだった?どこに行ったの?」
「ハリー、郵便局ときたら!
二百羽くらい梟がいて、みんな棚に止まってるんだ。
郵便の配達速度によって、梟が色分けしてあるんだ!」
そんな風に、ロンが切り出して―――
ハーマイオニーもそれに続き―――
(名前は相変わらず聞き役だ)
話の内容からして、全部。
答えはそんな感じだった。
帰ってきたばかりの彼らは興奮覚め遣らぬ面持ちで、ホグズミードの感想文が書けそうなくらい事細かに話し続けた。
「ハニーデュークスに新商品のヌガーがあって、試食品をタダで配ってたんだ。少し入れといたよ。見て―――」
「私達、『人食い鬼』を見たような気がするわ。『三本の箒』には、全くあらゆるものが来るの―――」
「バタービールを持ってきてあげたかったなあ。体が芯から温まるんだ―――」
一通り話し終えたのか、ロンとハーマイオニーはそこで一息入れるように口を閉じた。
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