06.-2
「…」
『…』
そんな険悪なムード―――ロンの一方的なものではあるが。
二人に挟まれながら作業をするハリーと名前は、二人だけで楽しくお喋りする雰囲気でもなく―――
この気まずい空気に身を縮こまらせ、ひたすら作業に集中している。
「スキャバーズはどう?」
「隠れてるよ。
僕のベッドの奥で、震えながらね。」
申し訳なく思っているらしいハーマイオニーは、莢から豆を押し出し桶に入れながら、おずおずと聞いた。
しかし、ロンはにべも無い。
作業する動作が乱雑になり、豆は桶に入らず床に散らばった。
「気を付けて、ウィーズリー。
気を付けなさい!」
先生に怒られてしまったが、その後もロンの態度は変わらないまま、次の授業―――
変身術の教室へと移動した。
教室の外に並んだ生徒の最後尾に、会話も少ないまま待っていると、何やら前方が騒がしい。
「どうしたんだろう?」
独り言のように呟くハリーをチラリと見て、名前は騒ぎの元を目で探した。
こういう時、長身の名前は役立つ。
こういう時ぐらいしか役立たない、とも言える。
『…ラベンダー・ブラウンが泣いている。』
「えっ?ラベンダーが?」
手で顔を覆うラベンダーを、パーバティが抱き抱えるようにして、
シェーマス・フィネガンとディーン・トーマスに何か話していた。
二人とも真面目な表情で聞いている。
騒ぎの輪に近付くハーマイオニー達に続き、名前もそちらに足を向けた。
「ラベンダー、どうしたの?」
ハーマイオニーが心配そうに聞いた。
泣いているラベンダーに代わり、パーバティが答える。
「今朝、お家から手紙が来たの。
ラベンダーの兎のビンキー、狐に殺されちゃったんだって。」
腕の中にいるラベンダーを気遣ってか、パーバティは小声でそう言った。
「まあ。ラベンダー、可哀想に。」
「私、迂闊だったわ!」
しゃくりあげながら、ラベンダーは悲鳴のような声音で言った。
「今日が何日か、知ってる?」
「えーっと」
「十月十六日よ!
『あなたの恐れている事は、十月十六日に起こりますよ!』
覚えてる?
先生は正しかったんだわ。正しかったのよ!」
教室が開くのを待っていた生徒達は、長い列を崩し、全員がラベンダーの周りに集まっていた。
悲しみに暮れるラベンダーを見つめたまま、ハーマイオニーは一瞬躊躇したが、口を開く。
「あなた―――
あなた、ビンキーが狐に殺される事をずっと恐れていたの?」
「ウウン、狐って限らないけど。
でも、ビンキーが死ぬ事をもちろんずっと恐れていたわ。そうでしょう?」
「あら。」
真っ赤に充血した瞳で、涙を流しながら、ラベンダーはハーマイオニーを見た。
ハーマイオニーはまた少し躊躇しながら、それから口を開く。
「ビンキーって年寄りの兎だった?」
「ち、違うわ!
あ、あの子、まだ赤ちゃんだった!」
「じゃあ、どうして死ぬ事なんか心配するの?」
ハーマイオニーは相手の気持ちを刺激しないよう、落ち着いた声音で聞いた。
しかしパーバティはギロリと睨み付けた。
「ねえ、論理的に考えてよ。」
その視線に気が付いてはいただろう。
けれどハーマイオニーは集まった皆に向かって言う。
「つまり、ビンキーは今日死んだわけでもない。でしょ?
ラベンダーはその知らせを今日受け取っただけだわ―――」
ラベンダーの泣き声が一際大きくなった。
それでもハーマイオニーは話を続ける。
「―――それに、ラベンダーがその事をずっと恐れていたはずがないわ。
だって、突然知ってショックだったんだもの―――」
「ラベンダー、ハーマイオニーの言う事なんか気にするな。」
突然、ロンは大声で言った。
ハーマイオニーの声に被せるように。
「人のペットの事なんて、どうでもいいやつなんだから。」
その時、教室の扉が開いた。
グッドタイミングである。
ハーマイオニーとロンは火花を散らし合い、いつ掴み合いになってもおかしくなかったからだ。
教室に入った二人はハリーと名前を挟んで座り、授業中ずっと口をきかなかった。
「ちょっとお待ちなさい!」
マクゴナガルが呼び止めた。
皆、何事かとマクゴナガルを見る。
終業のベルが鳴り、生徒達は片付けを終えて教室から出るところだった。
「皆さんは全員私の寮の生徒ですから、ホグズミード行きの許可証をハロウィーンまでに私に提出してください。
許可証がなければホグズミードも無しです。
忘れずに出すこと!」
「あのー、先生、
ぼ、僕、無くしちゃったみたい―――」
「ロングボトム、あなたのおばあさまが、私に直送なさいました。
その方が安全だと思われたのでしょう。
さあ、それだけです。帰ってよろしい。」
皆が教室から出ていく。
流れに沿い、名前は教室から出ていく。
次の授業に向かわなければならない。
『ホグズミードに行けない。』
「そうなんだよ。今日、言ってただろ?
マクゴナガルが授業の最後にさ、ホグズミード行きの許可証を提出しろって。」
『…』
「許可証にサインが無いから、相談したんだけどさ…。」
言い終わると、ロンは深い溜め息を吐いた。
授業後さっさと移動してしまった名前は、ちょっぴり申し訳なさそうにしている。
まあ、名前がいたところで、事態が好転するとは考えにくいが。
「仕方ないでしょう。規則なんだもの。」
「ハーマイオニー。ハリーのおじさん達が、そう簡単にサインすると思うかい。
まったく。何だよ、サインの一つや二つくらい…」
その後ロンは悪態をついたけれど、ハリーの顔を見て黙り込んだ。
皆が楽しそうに騒いでいるのを眺めるハリーの横顔は、何とも寂しげだ。
「…」
「…」
『…』
ロン、ハーマイオニー、名前の三人は顔を見合わせて、「どうしよう…」という無言の会話を、ハリーの見えないところで交わした。
エヘン。
わざとらしく咳払いをしてから、ロンは身を乗り出しハリーの側に寄る。
「ご馳走があるさ。
ね、ハロウィーンのご馳走が、その日の夜に。」
「ウン。素敵だよ。」
ハリーの声は言葉とは裏腹に、ちっとも嬉しそうじゃない。
皆は慰めようと言葉を探し、話題を差し出し、いくつかの解決法を提案したりした。
けれどどれもハリーの気持ちを晴らす事は出来なかったし、提案された解決法は危険大だった。
許可証に偽サインをするだとか、「透明マント」を使うだとか、危険を顧みない賭けのようなものだったからだ。
「ホグズミードの事を皆騒ぎ立てるけど、ハリー、僕が保証する。
評判ほどじゃない。」
あまりにもハリーが落ち込むので、逆に興味を取っ払おうと考えたらしい。
いつにない真顔でロンは続ける。
「いいかい。菓子の店はかなりいけるな。
しかし、ゾンコの『悪戯専門店』は、はっきり言って危険だ。
それに、そう、『叫びの屋敷』は一度行ってみる価値はあるな。
だけど、ハリー、
それ以外は、本当に大したものはないよ。」
『……』
真剣に話したロンには悪いが、逆効果でしかない。
結果的に、ハリーの気持ちを煽ってしまっている。
その事にロンは気付いてはいないようだった。
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