06.-1






十月になるとさすがに朝晩は冷え込み始め、日の出もだんだんと遅くなってきた。

名前の日課であるトレーニングに、それは些細な変化でしかない。

組まれた通りのトレーニングを、いつも通り行う。





『……。』





そして。

早朝、誰よりも早起きをしてトレーニングを行う。

最近はそれだけが早起きの理由では無くなっていた。





『ごめん。』





食べ物を運ぶ―――その為でもあった。

それは腐りにくく、犬の食べて良い、隠す事が可能な、少量ではあったけれど。

謝罪の意味を問うように、犬は首を傾げて名前を見上げた。





『ご飯。一日一回しかあげられないから。』





無表情のまま、とても申し訳なさそうには見えない顔で言う。

犬は「気にするな」とでも言うように、湿った鼻先を名前の掌に押し付けた。





『ありがとう。』





頭を撫でれば、犬は甘えるように名前の掌へ身を寄せた。

それから突然、思い出したように後ろ足で首の辺りを掻いた。

ブルブルと身を振るい、また忙しなく掻く。





『…』





名前はその様子をジーッと見つめた。

何かの病気か、もしかしたら蚤がいるのかもしれない。

痩せた体は少しましになったが、毛並みは相変わらずごわついている。





『…シャンプー。』





思い付いたように呟く。

犬は名前を見て、また首を傾げた。





『…苦手かな。』





水のいらないシャンプーをするべきか、濡れタオルで拭くべきか。

いや、そもそも。

犬の存在を隠しているのに、シャンプーなど大掛かりな事が出来るのだろうか。



名前の思考は深みにはまっていく。















『……』





夕食を終え、就寝までの自由時間。

図書館から戻ってきた名前は、普段より混雑した談話室を眺め、一人首を傾げた。

暖炉近くの席にロンとハーマイオニーの姿を見つけ、そちらへ足を向ける。





『人が多い。』





二人のいる席の近くに、名前は座りながらそう言った。

ロンとハーマイオニーは、天文学の星座図を仕上げる最中だったようだ。

星座図から顔を上げて、揃って名前の方を見た。





「ナマエ、掲示板を見た?」



『いや。』



「第一回目のホグズミード週末が張り出されていたのよ。」



「十月末。ハロウィーンさ。」



『……。』





それを聞いた名前は、ちっとも嬉しそうにせず、何とも薄い反応で。

頷きだけを返し、図書館から借りてきた本を開こうとしている。





「犬の飼い方?」





素っ頓狂な声が揚がった。

開いたページから声の主へ目を移すと、表紙を見つめたままポカンと口を開けたロンがいた。





『……』



「ナマエ、犬を飼うのかい?」



『…いや。』



「ならどうして犬の飼い方の本なんて読むの?」



『…』



「そういえば、ナマエはペットいないよね。」



「本を読むのはいいけど、ナマエ。」





純粋に不思議がっているのだろう。

悪意無い問い掛けに、名前は視線を泳がせながら黙っていた。

誰が見ても名前の反応は挙動不審なものだったが、幸い名前の背後に暖炉があったため逆光となり、細かな表情までは悟られずに済んだ。

そこにハーマイオニーの声が入り込み、名前は九死に一生を得たのである。





「星座図は終わったの?期限が近いわよ。」



『終わった。』



「そう。それならいいんだけれど。」





まだロンが話を聞き出そうとしている。

名前はまたしても視線を泳がせ、そこにハリーの姿を見つけた。

幸運続きである。

後々まとめて不運が訪れそうなくらい、名前にしては恐ろしいほど幸運である。





「何かあったの?」



「第一回目のホグズミード週末だ。」





談話室が騒がしい理由を尋ねているらしい。

先程と同じような会話が繰り返されている。





「十月末。ハロウィーンさ。」



「やったぜ。」





ハリーに続いて、肖像画の穴から出てきたのはフレッドだった。

話を聞いていたらしく、嬉しそうな表情である。





「ゾンコの店に行かなくちゃ。
『臭い玉』がほとんど底をついてる。」





一体何に使っているのか不明だが、尋ねればおそらく彼は答えるだろう。

何事かに巻き込まれそうではあるが。

話を聞いたハリーは、明らかに落ち込んだ様子でロンの側の椅子に座った。





「ハリー、この次にはきっと行けるわ。ブラックはすぐに捕まるに決まってる。
一度は目撃されてるし。」



「ホグズミードで何かをやらかすほど、ブラックは馬鹿じゃない。」





慰めの言葉に直ぐ様反論し、ロンはハリーに向き直る。





「ハリー、マクゴナガルに聞けよ。今度行っていいかって。
次なんて永遠に来ないぜ―――」



「ロン!
ハリーは学校内にいなきゃいけないのよ―――」



「三年生でハリー一人だけを残しておくなんて、出来ないよ。」





感情面ではロンの言い分、安全面ではハーマイオニー言い分。

どちらの言い分もハリーを思っての事だろう。

しかし学校という機関の支配下にある名前達生徒の行動でどちらが正しいかと問われれば、それは「学校内にいる事」だろう。

規則に厳しいマクゴナガルが、そう易々と許可するはずがない。





「マクゴナガルに聞いてみろよ。
ハリー、やれよ―――」



「うん、やってみる。」





ハーマイオニーは二人の顔を見比べながら、何か言いたげにしている。

ついには口を開いたその時、クルックシャンクスが軽やかにハーマイオニーの膝に飛び乗った。

大きな蜘蛛の死骸をくわえている。





「わざわざ僕達の目の前でそれを食うわけ?」



「お利口さんね、クルックシャンクス。一人で捕まえたの?」





蜘蛛が嫌いだからか、クルックシャンクスが嫌いだからか、はたまた両方の理由かもしれないが―――
ロンは大袈裟に顔をしかめてクルックシャンクスを見た。

反対に、ハーマイオニーは正に猫撫で声で対応する。

飼い主の言葉にご満悦な様子で、ロンへの視線は小馬鹿にした様子で、クルックシャンクスはゆっくり蜘蛛を噛んだ。





「そいつをそこから動かすなよ。
スキャバーズが僕の鞄で寝てるんだから。」





ハリーが大きな欠伸をした。

十月に入り、一週間に三回クィディッチの練習が始まった。
天候気温に関係無く、きっちりみっちりと。
その疲れがあるのだろう。

それでも課題はこなさなければならない。
ハリーは星座図を仕上げるために、羊皮紙やらインクやらを取り出している。





「僕のを写していいよ。」





ロンは自信満々な様子で、自分の星座図をハリーへと手渡した。

それを見ていたハーマイオニーはまた何か言いたげな表情を浮かべたが、何も言わないまま、星座図の続きに取り掛かる。





「おい!」





唐突に、クルックシャンクスが跳んだ。

目にも留まらぬ早さで、ロンの鞄目指して。

鋭い爪で鞄を引っ掻いている。





「はなせ!この野郎!」





ロンはクルックシャンクスをわし掴んだ。

鞄から引き離そうと引っ張る。

しかしクルックシャンクスは鳥もちにくっついてしまったかのように離れない。





「ロン、乱暴しないで!」





物を扱うような手荒い所業に、ハーマイオニーが悲鳴を上げた。

談話室にいる生徒の思考が、今やホグズミードからこの騒ぎに切り替わっている。

ロンは鞄を振り回した。
離れない。
しまいにはスキャバーズの方が耐えきれず、中から飛び出してしまった。





「あの猫を捕まえろ!」





クルックシャンクスはスキャバーズを追って談話室を駆け巡った。
ネコ科特有の柔軟な動作で、スルリと人の合間をすり抜けていく。
捕まえる事など出来るわけがない。

スキャバーズが箪笥の下に潜り込み、クルックシャンクスもやっと止まった。
箪笥の下に手を突っ込み掻いている。

そこに飼い主二人が駆け付け、それぞれのペットを手こずりながらも手中に収めた。





「見ろよ!こんなに骨と皮になって!
その猫をスキャバーズに近付けるな!」



「クルックシャンクスはそれが悪い事だって分からないのよ!
ロン、猫は鼠を追っかけるもんだわ!」



「そのケダモノ、何かおかしいぜ!」





声量も野次馬が見ている事にも構わず、ロンは大声で怒鳴った。

怯えるスキャバーズを優しく宥め、ポケットに戻す。





「スキャバーズは僕の鞄の中だって言ったのを、そいつ聞いてたんだ!」



「馬鹿な事言わないで。
クルックシャンクスは臭いで分かるのよ、ロン。他にどうやって―――」



「その猫、スキャバーズに恨みがあるんだ!」





どこからかクスクスと笑い声がした。

それでもロンはお構い無しに続ける。





「いいか、スキャバーズの方が先輩なんだぜ。
その上、病気なんだ!」





この一件、ロンにとってはとても怒れるものだったらしい。

その後すぐに寝室に向かったロンは、翌日になっても激しい怒りを抱いていた。

植物学の授業中、いつものメンバーで「花咲か豆」の作業をしていたが、ロンはほとんどハーマイオニーと口をきかなかったのだ。

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