04.-2






「ドラコ、どう?
ひどく痛むの?」



「ああ。」





聞こえよがしにそんな会話が聞こえてきた。
パンジー・パーキンソンとドラコ・マルフォイの声だ。
二人とも授業中だというのを気にせず、声量もそのままに話している。





「座りたまえ、さあ。」





この授業―――「魔法薬学」の担当であるスネイプは、遅れてきたドラコを叱るわけでも私語を咎めるわけでもなく、ただ静かにそう促した。
ドラコはそれが当たり前のように、悠々と歩いて席に向かったのだ。
ハリーとロンの、すぐ隣の席にだ。

遠く離れた隅の席から、名前はチラリとその様子を見て、また「縮み薬」の材料を準備を再開する。





「先生」





ドラコがまた聞こえよがしにスネイプを呼ぶ。





「先生、僕、雛菊の根を刻むのを手伝ってもらわないと、
こんな腕なので―――」



「ウィーズリー、マルフォイの根を切ってやりたまえ。」





スネイプはチラリともロンを見ずに言い放ち、教室を見回る足を止めない。





「せんせーい。
ウィーズリーが僕の根をめった切りにしました。」





ドラコはわざとらしい声音でスネイプを呼んだ。

スネイプの足音はドラコの方へ向かっていく。





「ウィーズリー、君の根とマルフォイのとを取り替えたまえ。」



「先生、そんな―――!」



「今すぐだ。」



「先生、それから、僕、
この『萎び無花果』の皮を剥いてもらわないと。」



「ポッター、マルフォイの無花果を剥いてあげたまえ。」





ドラコの声は笑いを含んでいた。
悪意に満ちた声だと分かった。

けれどスネイプはその事を咎めはしないし、そもそも彼は自分の寮わ贔屓にするので、咎めるはずが無いのだ。





「オレンジ色か。ロングボトム。」





スネイプの足音はネビル方へと向かう。

自身の大鍋から顔を上げて、名前はチラリとそちらを見た。

ネビルの大鍋から柄杓で掬い上げられたそれは、鮮やかなオレンジ色だった。
本来ならば明るい黄緑色になるのだが。





「オレンジ色。

教えていただきたいものだが、君の分厚い頭蓋骨を突き抜けて入っていくものがあるのかね?
我輩ははっきり言ったはずだ。鼠の脾臓は一つでいいと。
聞こえなかったのか?ヒルの汁はほんの少しでいいと、明確に申し上げたつもりだが?

ロングボトム、一体我輩はどうすれば君に理解していただけるのかな?」





ねちねちと嫌味な言い方はスネイプの常である。

ネビルは黙り込んでいた。
ただ、鼻をすする音がする。





「先生、お願いです。」





ハーマイオニーの声だ。





「先生、私に手伝わせて下さい。
ネビルにちゃんと直させます―――」



「君にでしゃばるよう頼んだ覚えはないがね、Ms.グレンジャー。」





スネイプは冷淡に言った。

その後、ハーマイオニーは何も言わなかった。





「ロングボトム、
このクラスの最後に、この薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみる事にする。
そうすれば、多分君もまともにやろうという気になるだろう。」





言い放つと、マントを翻す音がした。

足音が動き始める。
また、教室を見回り始めたのだろう。





「材料はもう全部加えたはずだ。
この薬は服用する前に煮込まねばならぬ。
グツグツ煮えている間、後片付けをしておけ。後でロングボトムの薬を試す事にする……。」





しばらくして、スネイプはそう言った。

その声に従って生徒達が片付けを始め、名前も例外なく自分のテーブルを片付ける。

几帳面に―――神経質にさえ思わせる、丁寧な手付きで片付ける名前の側に、コツコツと足音が近付いてきた。





『…』



「…」





そしてピタリと、足音は名前の真後ろで止まった。

背後から迫るプレッシャーに、片付ける名前の手付きが怪しいものになる。





「ナイフの刃を持つな。」





低い声が肩辺りから聞こえた。

名前はビクリと肩を揺らすのとほとんど同時に、顔をそちらに向ける。

スネイプがいた。

思いの外、顔が近くにあった事にも驚いた名前だったが、
それと、スネイプの顔が肩辺り―――つまり、自身がスネイプの身長を越した事に気が付いた。





『…』



「ナイフの刃を、持つなと言ったのだ。聞こえなかったのかね?」





自分はいつの間に成長したのだろう―――
とでも思っていたのかは分からないが、名前はスネイプを見つめたままぼうっとした。
それから睨むスネイプに気が付き、我に返った名前は自身の手を見る。

ナイフの刃が握り込まれていた。
後もう少し力を加えていれば、ザックリ切れていただろう。





『…ごめんなさい。』





スネイプの目は細められ、名前を睨むように見た。
それからフンと息を吐くと、また教室を見回る。

椅子に座った名前はしばらくぼうっと、大鍋を見つめていた。






「諸君、ここに集まりたまえ。」





ネビルの元で、スネイプが声を上げた。

グリフィンドール生は恐る恐る、スリザリン生は嬉しそうな顔を隠さずにやって来る。





「ロングボトムのヒキガエルがどうなるか、よく見たまえ。
何とか『縮み薬』が出来上がっていれば、ヒキガエルはおたまじゃくしになる。
もし、造り方を間違えていれば―――
我輩は間違いなくこっちの方だと思うが―――
ヒキガエルは毒にやられるはずだ。」





スネイプはヒキガエルのトレバーを摘み上げ、小さいスプーンで大鍋の中身を掬い上げた。

鮮やかなオレンジ色だった―――今は緑色に変化している薬を、トレバーの口へ流し入れる。

飲み込んだトレバーは、ポンと音を立てて、おたまじゃくしへと姿を変えた。





「グリフィンドール、五点減点。」





スネイプはポケットから取り出した小瓶の中身をトレバーに落とし、元のヒキガエルの姿に戻してから、不機嫌そうな顔で言い放った。
まあ、スネイプは元から不機嫌そうな顔付きではあるが。

喜び拍手を送るグリフィンドール生は、その一言にピシリと固まった。





「手伝うなと言ったはずだ、Ms.グレンジャー。授業終了。」





片付けは既に終えているので、生徒達は次々に教室を出て階段を上る。

ロンはスネイプに怒って愚痴を言っていたが、ハリーは何か考え事をしているようでほとんど返事をせず、返しても「ああ」「うん」程度だった。

誰もロンの話を真面目に聞いていない。

ロンの苛々がどこかしらに飛び火しかねないこの状況で、名前はいつもより熱心に聞き役に徹する。





「水薬がちゃんと出来たからって五点減点か!
ハーマイオニー、どうして嘘吐かなかったんだ?ネビルが自分でやりましたって、言えばよかったのに!」





言いながら、ロンは振り返った。
そこにハーマイオニーの姿は無い。
見えるのは他の生徒達ばかりだ。




「どこに行っちゃったんだ?」





ロンが目をキョロキョロさせて、階段を上ってくる生徒達の中から、ハーマイオニーを探している。





「すぐ後ろにいたのに。」





階段の一番上にいる名前達を、たくさんの生徒達が追い越し通り過ぎて大広間に向かって、
もうほとんどだろうという頃、やっとハーマイオニーの姿が見えた。





「あ、いた。」





ハリーが呟いた。

ハーマイオニーは息を切らしていて、階段を上るのが辛そうだ。





「どうやったんだい?」



「何を?」



「君、ついさっきは僕らのすぐ後ろにいたのに、次の瞬間、階段の一番下に戻ってた。」



「え?」





ハーマイオニーは一瞬不思議そうにして、それからちょっとしどろもどろになった。





「ああ―――私、忘れ物を取りに戻ったの。アッ、あーあ……」





見ると、ハーマイオニーの鞄の縫い目が破れていた。
鞄の形が変わるくらい分厚い本が何冊も入っているのだから、当然の事だろう。

ロンはそんな鞄を見つめて、不思議そうにしている。





「どうしてこんなにいっぱい持ち歩いてるんだ?」



「私がどんなにたくさんの学科をとってるか、知ってるわよね。
ちょっと、これ持ってくれない?」



『ああ。』



「でもさ―――」





ハーマイオニーが名前に渡した本を、横からロンが覗き込む。





「―――今日はこの科目はどれも授業ないよ。
『闇の魔術に対する防衛術』が午後あるだけだよ。」



「ええ、そうね。」





名前に持たせた本を含め、鞄の中の全ての本を、
ハーマイオニーは素早く詰め直した。





「お昼に美味しいものがあるといいわ。お腹ペコペコ。」





そう言うと、名前達を置いてきぼりに、
一人先に大広間の方へスタスタ歩いていってしまう。





「ハーマイオニーって、何か僕達に隠してると思わないか?」





どこか有耶無耶とした態度に、違和感を覚えたのだろう。

ハーマイオニーの後を追いながら、ロンはハリーと名前に尋ねた。

けれどもハリーに、ましてや名前にも、ロンに答えを教える事は出来るわけが無い。

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