部活開始前の体育館の一角。突き刺さる視線に、影山は眉間の皺を深めた。
無言で睨み付けるように視線を注がれるのは落ち着かないなんてものではなく、少々恐怖すら感じて。それをこの間まで自分がしていたのだと思えば反省の余地もあるというものだ。
いくら小さいとはいえ到底隠れきれもしないバレーコートの支柱に身を潜めてそちらに熱い視線を送る雛と、常の不遜さをどこへやらおどおどと挙動不審な天才セッター。いつの間にやら立場が逆転しているそれに、周囲はざわめいた。
見つめられている身としてはそちらを振り返るのが怖く、影山は近くにいた月島に仕方なく助けてくれるよう目で訴えかけるが、そこはやはり月島。鼻で笑うだけで動く気はないらしい。
ぐっと奥歯を噛み締めた影山は、次に烏野の良心である旭に目を向けたが、まるで野生の熊にでも遭遇したかのようにサッと顔を背けられた。
となればやはりここは菅原しかいないと、影山は背後の日向を視界に入れないように体育館を見回す。
しかし、どこにもその姿は見受けられず、まだ来ていないのかと肩を落としかけたその時、タイミングを見計らったかのようにガラリと体育館の扉が開かれた。
そこから差し込んだ光がまるで後光のように感じられるほど切羽詰まっていた影山は、渾身の力で体育館に入ってきた人物に助けを求める視線を送った。
けれど、必死すぎて凄みのある――助けを求めるというよりはむしろ今にも人を殺しそうな険しい表情で睨み付けてくる――影山に、来たばかりで状況を把握できていない菅原は思わず後退さる。
扉の近くにいた縁下にどうしたのかと目を向けたところ、同情を孕んだ眼差しで影山の背後を示した指の先を追って、菅原は目を瞠った。
影山ほどではないにしろ、不穏なオーラをその身から立ち上らせる日向がそちらに熱い視線を送っているのを認識して、再び影山に視線を戻す。
つまり、あれをどうにかしてくれと言っているのだなと察しがついて、けれど今の二人にはどちらとも近付きたくないなと、正直に思う。
体育館を見回してみれば、月島は素知らぬ顔で山口をいなしているし、最上級生である旭は菅原に向かってごめんと両手を合わせてみせた。
だいたいの状況を理解した菅原は、一つ息を吐き出して、重い足取りで一番の原因である日向のもとへ向かった。

「ひーなた」
「Σ※Δ×●□っ!!!!!」

ぽんと肩に手を置いて名前を呼べば、肩どころか全身を跳ねさせた日向が凡そ理解の出来ない言語の叫びを上げた。
勢いよく振り返った先にあった菅原の姿に、ハッとしたように居住まいを正す。
さすが体育会系、上級生に対する礼儀は身に染みているらしい。
日向から不穏なオーラが消え去ったことに安堵して、菅原は口を開いた。

「そんなに見つめて、影山に穴でも開ける気か?」
「ひぇっ!?ちち違いますよ!別にアイツのことなんて見てません」

力一杯否定する日向に、菅原は苦笑を漏らして、うーんと唸る。
どうしてそこで否定するのか。誰が見ても明らかなほどあからさまだったのに。本人にはその自覚がなかったらしい。

「何かあったんか?」

菅原は影山がそうだった時にしたように、優しく日向に問いかける。
視界の隅では、やっとそれから解放された影山が力が抜けたようにその場にしゃがみこんでしまっていた。
やれやれとそちらは他の部員に任せることにして、目を泳がせている素直な後輩に視線を落とした。

「ある人に、影山のことちゃんと見てみたらって言われて、そしたら何かわかるのかなって」
「何かわかった?」
「特に、何も…」
「それを日向に言った人は、ちゃんと日向のこと見てたんだな」
「え」

そのある人とやらがどうしてそんなことを言ったのか、理解できてしまう菅原は苦い気持ちで笑った。
わかるよ、俺も日向のこと見てたから、とは決して口にはせずに。
虚を突かれたように目を丸くした日向に、さてどうしたものかと思案する。
まだろっこしい二人を見ているのは時に微笑ましいというより苛立ちの方が勝ったりもするもので。直接的な言葉を投げつけたいのは山々だが、この年になっても気持ちの整理というのは存外難しい。まぁ、それも今更である。

「付き合ってた人に、別れようって言われたんです」
「え?」
「気持ちに決着がついたら、他の付き合ってる人たちにもちゃんとそれを伝えてやれって言われました」
「そっか…」

菅原はその相手の気持ちがわかるようで顔色を曇らせた。
それなら傷は浅い方がいいだろうと、早期解決に向かうべく可愛い後輩たちのために頭を捻った。

「あのさ、日向…」



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